穏やかな日々の後ろ側 ③
メイドである私の食事は、当然だが、お使えする大奥様のお食事の後になる。
料理を配膳し、食後のお茶をお出ししてから下がらせてもらい、調理場の横にある使用人専用の食堂で頂くのだ。
今日も、いつもの様にコックのダーシーから皿を受け取り窓際の特等席に。
さて、今日の賄いは……(何かの)肉の煮込みが(たぶん)マッシュポテトの上に盛られた一皿と、野菜のスープ。それとジンジャークッキー(の筈だ)が二枚。これはオマケだ。ダーシーは「多く焼き過ぎたんだ」なんて言っていたけど、本当は「長く焼き過ぎた」なんだと思う。だって、端の方がやけに焦げているし。でも充分食べられる範囲だ。
(それに私、この茶色くなっているとこが好きなのよね、香ばしいし)
こんな失敗なら、どんどんして欲しいな。ダーシーには悪いけど。
「あっ、アンドーレ ! いたいた。ニースさん、アンドーレ食堂にいましたよっ」
「モリィ、私に用事 ? 」
食堂の扉から柔らかそうな前髪を揺らしながら顔を覗かせたモリィが、私に手を振り、今度は廊下に向って声を張り上げた。あまり御行儀が良いとは言えない。通りかかった使用人も苦笑している。
「ありがとう、モリィ。でも、お屋敷内での大声は感心しないわね。気をつけてちょうだい」
「はぁーい」
たいして気にしていないだろう声色で返事をしつつ、モリィがメイド長であるニースと食堂に入ってきた。
どうやら私に用があるのはニースの方らしい。何だろう、何か失敗しただろうか……。
ちょとドキドキしながら椅子から立ち上がろうとすると、手で制された。
「ああ、食事中に悪いわね。でも直ぐに終わるからそのままで結構よ」
「はい」
私の前の席に腰掛けた彼女は、この屋敷のメイド達を束ねるているメイド長。長い金髪をシニヨンに整えカバーで覆い、一部の空きも無く完璧にお仕着せを着込んだ使用人のプロ中のプロだ。
「やっだぁ~ホワイトブリムかっわいー」とか言っている、なんちゃってメイドとは次元が違う存在。堅苦しく取っ付き難い感はあるけど、私は嫌いじゃない。こういう人間は裏表が少ない気がするし。
でも、あくまでも人間にしては、だけど。
「ニースさんもお昼でしょう。私が持って来てあげるわね」
モリィが言い、料理が出されるカウンターに向う。横目で見て居ると、勝手知ったるなんとやらと言う感じで皿に料理を盛りテキパキとトレイに乗せてゆく。実に慣れている。まるで自分の家のようだ。こちらに帰って来る時には、口にクッキーまで咥えていた。
嫌だこれ苦いわ ! と顔を顰めているモリィに思わず苦笑する。あーあ、メイド長が見ているぞと思っていたら、意外にもニースは溜め息を一つ吐くだけで咎める事はしなかった。モリィがメイドではなくお針子だからだろう。
「ありがとう」
ニースがトレイを受け取とり、礼を言うと「どういたしまして」笑ってモリィが私の横に座る。ニースは受け取った食事に手を付ける事無く、トレイを横に寄せ話し出す。私もそれに習った。
「話と言うのは今度の花祭りのことです」
花祭りとは年に一度この地方である祭事。私が聞いた話しでは、町中に花を飾り祝うのだそうだ。出店も出て華やからしい。
でも、私の仕事には関係が無い筈だ。休みになるわけは無いし。むしろお客が来て、対応に忙しくなるのではないかと思う。
疑問が顔に出ていたのか、私にニースが頷く。そして姿勢を正し、
「貴方には、お出かけになるアレク様のお供に付いて行って欲しいの」
「大奥様ではなくて、アレク様のですか ? 」
「ええ。その日、このお屋敷は親戚の方々が何名かいらっしゃる予定で私達は忙しいの。困ったことに人手がたりないのよ」
そう言いながら溜め息を吐く。伏せた目に髪と同じ色の長い睫毛が濃く影を落とした。
なるほど、言いたい事は分かった。けど私でいいのだろうか。能力的な話しは置いておくとして、私はまだ新人だし。面子とか体裁とか、いろいろあるんじゃないだろうか。
それとなく言うと、ニースはゆっくり首を振る。
「大丈夫、大奥様の信頼も厚い貴方なら、なんの問題もないわ。それに安心して。あちらへ行ってしまえば、向こうのお屋敷の使用人が全部やってくれますから。だから貴方の仕事は荷物持ちと後ろに控えている事くらいかしら」
「なら、いいんですけど………。で、私の他には誰が行くのですか」
「いいえ、誰も。心細いだろうけど貴方一人よ」
「えっ私一人ですかっ ? 」
「そうよ。でも、さっきも言ったけれど、向こうの使用人が全てやってくけますから。お食事のお世話も、入浴の御仕度もね」
そっか、あっちの使用人が全部やってくれるのか。ならいいかな~~………ん ? 入浴 ? 今、入浴って言ったよな。
「あ、あのっ、入浴ってことは、もしかして日帰りではないのですか ? そのお出かけはっ」
「ええ違うわ、連泊よ。何日かなのかは知らされていないけれど」
「むっりっです。私には病弱な弟がいるんですっ、傍を離れられません」
あの魔王を一人にして外泊なんて出来るはずがない。だって怖い。私がいない間に何かあったらどうしてくれる。
私は別に仕事が好きなわけで働いているんじゃない。だから、仕事と私どっちが大事なの ?って聞かれたら、「魔王」に決まっている。
それに良く分からないけど、私が魔王の傍を離れるという考えには物凄い違和感がある。ボタンを掛け違えるとか、そんな生温いもんじゃなくって。もっと深く。本能的な怖さ。
絶対に無理だと言う私に、横から呑気な声があがる。
「えーー大丈夫じゃない ? だって、この間、会った時は、けっこう元気だったじゃないの。川から町まで普通に歩けていたし。あの感じなら問題ないんじゃないかしら」
「でも傍を離れるのはちょっと………」
言いよどむ。
すると今度は前に座るニースから声が。
「なら、一緒に連れて行けばいいわ。アレク様が招待されているのは、パスティーシュ様のお屋敷よ。あそこは御静養にも使われる美しい森の中にあるの。だから、貴方のご兄弟にも悪い話ではないと思うわよ」
パスティーシュ ? 誰だっけ ? ん ? いやまてよ。どっかで聞いたような気がするぞ。たしか、アレクの交友関係を調べまくっていた時に。
「まぁ ! アレク様はパスティーシュ様の御屋敷にいらっしゃるの。じゃあ、もしかするとアル王子にもお会いになるのかもしれないわね。アンドーレ、運が良ければ間じかで御尊顔を拝謁できるかもよ ! 」
「モリィ、声は小さく。でもそうね、お三名様は時々あの屋敷でお集りになっているようですし。それもありえなくは無い話し」
「…………………………」
私が記憶の引き出しを引っ掻き回す前に、あっさりとモリィが答えを出す。
大口で芋を食べながら、なんとも呑気な言葉だったけど私の心臓はばっくんばっくん。間違いなく血圧が急上昇。
(思い出したっ。パスティーシュ家の次男はアレクの学友。そして二人の学友で共通の友人である、あいつ。あの、憎き、金髪、―――アホ王子っ)
来た。やっと来た。
私は好きで毎日毎日、老人やら子供の世話やらをして、毎日毎日、のほほんと美味しい賄いを頂いていたわけじゃない。全てはあのアホに繋がる道だと思って、仕方なくやっていたのだっ。
「で、どうかしらアンドゥレ。行ってくれるかしら」
「そんなのっ」
勿論 ! と言いかけて口を噤む。
だって、罠だったらどうするんだ。こっちは(最近は多少マシになった)虚弱魔王と、何の力も無い人間の私しかいないんだから。慎重すぎるくらいでないと簡単に死ぬね。
かなりおしい話しだけど、今回はやっぱり見送った方が良いのかもしれない………。
「えっと、すみません。やっぱりーーーー」
「職務の選り好みとは、随分と偉くなったものだな、アンドーレ」
いきなり聞こえてきた男の声。はっとして顔を上げると向かいに座ったニースの後ろに、この屋敷の跡取りであるアレクの姿。胸の前で腕を組み、相変わらずの居丈高だ。
慌てたようにニースとモリィが立ち上がる。面倒くさいと思ってる顔を隠して私も後に続いた。
「アレク様、この様な場所にお出でにならなくとも、御用であればおっしゃって下されば」
ニースが言外に、使用人専用スペースには来るなと匂わせながら言う。
「ここは屋敷の中だ。私が入れない道理は無いだろう。そんなことよりアンドーレ、私の供に付きたくないとはどういうことだ」
ニースの進言は意に介せず、きつい眼光の双眸を私に向ける。はっきり言って、ちょっとびびる。でも負けてはいられない。
「いえっ、お供が嫌なんじゃなくって、そのっ」
「お前は時々抜けている時もあるが、仕事に関しては実直だと思っていた。そうか、私の過大評価だったようだな」
不味いな。別に、このボンボンにガッカリされても何の痛手でもないけど、回りまわって執事(上級使用人)の耳に入って給料が下がったら………泣く。絶対泣く。
――――よし。ここは何とか嘘でも何でも言って切り抜けよう。
そう思ったとき、横のモリィが口を開いた。
「アレク様、アンドーレは仕事をしたくないわけじゃないんです。ただ、体の弱い弟がいて、家を空けられないだけなんです。本当は、アレク様のお供に付いて行きたいと思っているはずです」
いやいや、思ってないよ ? なんて事は口が裂けても言えないから、神妙な顔を作って下を向いておく。
「なら、一緒に連れて行けば良い話だろう、先ほどニースが言っていたように」
「ええ、そうなんですけど、アンドーレは我慢してるんです。この子、遠慮深いから………」
止めて、止めて、モリィッ ! 私、我慢なんかしてないし、遠慮なんかしたことな――ほらっ、アレクが「何だ、そうだったのか」みたいな顔でこっち見てるしっ。
「馬鹿者。私がいいと言っているのだ、遠慮する必要などどこにも無いだろうに、おかしな奴だ」
「で、でも」
「アンドーレ、お受けしなさい。アレク様は貴方のご兄弟の事をご存知なのよ。だからパスティーシュ様の御屋敷に誘って下さっているのよ」
「ニース、余計な事を言うな」
アレクが慌てたように言う。
「でも、アンドォレをパスティーシュ様の御屋敷へのお供に、と最初に仰ったのはアレク様ではないですか。あそこは静養所や療養所が多くあるからと」
「え………」
私の(魔王の)ため ?
本当なのとアレクの顔を見上げると、何とうっすら耳が赤い。珍しいというか、この人のこんな顔、初めて見た。
その視線が嫌だったのか、彼は「うるさいっ」と言い捨て、踵を返すと食堂から出て行ってしまった。
「ふふふっ、まったく素直ではないのですから」
「アレク様って、お優しいところもあるんですねっ。ちょっと驚きました」
和やかにアレクの話をする二人。
実はアレクは小動物が好きだとか、隠しているが甘い物に目が無いとか。私も、へぇーーーそうなんだーーと思ったけど、そんなことよりもしかして、
――――これって、私、行く事になちゃってない ? パスティーシュ様の御屋敷とやらに。
どうしよう、行く先を考えると頭が痛い。でも、胸には正体不明の暖かいものがポワポワと消えずに宿り続けてる。
何だか落ち着かない、けど不快じゃない。
(ま、いっか。さっきの様子だと、私達の正体に勘付いた感じではなかったし)
その後に食べた食事は、すっかり冷えてしまっていたけれど、何でか美味しく感じた。
長いので別けました。




