ささやかな安息 ②
手の震えがマリー婆にばれないように、握った拳は後ろに隠した。
速く止まってほしい。今は和やかな会話の時間で、悔しさで体を強張らせていい場面じゃないんだから。
「そんなに前じゃないのに、あんた達がここに来た日が懐かしいねぇ。あの時は寝ていたところに、いきなりだったから、驚いたなんてもんじゃなかったさね」
「す、すみません。でも、あの時は本当に助かりました、感謝してます、マリーさん」
マリー婆も憎き人間の仲間だけど、感謝はしてる。
軍人だらけの魔界から逃げ出して、やっと辿り着いた人間界。勿論、魔界の住人の私達に身を寄せる場所なんて無い。けど、あの時は一晩中歩き通しでくたくただったのだ。もう何処でもいいから落ち着きたかった。魔王の体調だって不安だったし。本調子とは程遠い彼が、いつ倒れるかと気が気じゃなかった。あの時は彼も、そして私も限界だったのだ。
( もうあんな思いはしたくないな… )
そう思いながら、私はこの人間界での最初の出来事を思い出していた。
月がぼんやりと空に浮かぶ夜。
極限状態の中、暗闇の中にポツリと光を見つける。半ば無意識で誘蛾灯に集る虫の様にふらふらと近付くと、それは質素だけど整頓された家のポーチに点いた明かりだった。
体に伸し掛かる疲労に負け、玄関の戸を叩く時、なけなしの理性が頭をもたげ迷った。少なからず、というか、かなりの葛藤があった。
だってこの家の主は人間。私達が復讐したい人間の仲間でしょ。
じゃ、止める ? もっと人気の無い山の中にでも入って、休める場所を探す ?
「アンコどうしたのだ。この家の主を呼び出すのだろう」
ノックの形に固まった私の後ろから子供化した魔王が顔を出す。
「う、うん、まぁ・・・」
「分かった。ならば私も尽力しよう」
「は ? 何を ? 」
「だから、この家の主を亡き者にして、ここを乗っ取るのだろう ? 大丈夫だ、まかせろ」
手をワキワキさせ、きらめく赤い瞳。
「・・・・あんた、弱っててもやっぱ魔王なのね」
「 ? 」
さらっと黒い発言をした魔王が、何を当たり前のことを ? と首を傾げる。
なんでもないよ。私は笑って、低い位置にある頭を撫でてやった。また子供扱いかと不満げに目を据わらせてるけど、今の魔王は小さくなっているから撫でやすくて、つい手が伸びてしまう。
それにしても、大柄だった元の大人姿とはえらく差がある。細くて、身長なんか私の肩くらいまでしかない。でも、私を見る目の色は前と変わらず私を引きつける。紅く、何処までも紅く・・・・・その奥に揺らめいているのは、暗い・・・・・
「・・・・・・」
―――・・ああ、この色を見ていると、いつも何だか頭がぼや~としてくるんだよね……なんでだろう…………あ、まずい、今はぼやぼやしてる場合じゃないんだってば。
振り切るように目を逸らした。
「ふぅ、疲れたでしょ。あんた、目が真っ赤よ」
「それは元からだ。疲れたのはアンコの方だろう、本当にお前には苦労を掛け通しだな」
「はは、何言ってんの、そんなの今更じゃん」
おどけて言って、顔を見合わせ笑った。
「そうだな」
「そうだよ」
久し振りに魔王の笑い顔を見る気がする。
省エネタイプだっていう今の体になって、少しは魔力が溜まって来たからか、歩き通しだったというのに体調は良さそう。
確実に表情が増えている。今までは苦しげな顔とか、気だるげな顔とか、箪笥の角に足の小指をぶつけた可哀想な人みたいな顔とかばっかりだったから、笑った顔が凄く新鮮。
「あんたって、笑うと可愛いのねぇ。知らなかったわ」
「なっ、なにをっ、私はかっ、かわいくなどないっ。それは女子供に向ける言葉だっ」
私は子供ではないと魔王が不快そうな顔をしたと思ったら、おもむろに体がゆらっと揺らいだ。不味い。大人の体に戻ろうとしているな。
まてまてまて、それはマジで困るし。
「駄目だって、せっかく動けるようになったんだから、もう少しそのままでいてよ」
それに子供の姿なら追って来た人間への目晦ましになる。まさかあいつらも、泣く子も黙る魔界の長が、こんな子供になっているとは露とも思わないだろうし。
覆い被さるように細い体を抱きこんだ。
「アンコ、放せ。私は元の姿に戻るのだ。そして私がいかに大人か見せてやるぞっ」
「駄目駄目駄目。ってか、見せてやるって何を見せる気だ、何を。そんな事より、あんた――あったかい。凄いじゃない ! こんなに体温があるなんて ! 」
いつもは蛇や蜥蜴みたいにひんやりしているのに。今は温もりを感じることが出来る。
・・・・何だか感動だ。
病気がちだった息子が、立派に成人した姿を見た母の気分ってこんなんか。涙出そう。
くすぐったいと嫌がる魔王の首筋に、すりすりしながら溜め息を吐いた。もちろん安堵の溜め息を。
「っつ ! ア、アンコ、ここは人間の巣穴の入り口だぞっ」
私の息が耳元にあたったようで細い体をびくびくと振るわせる魔王が、咎める口調で焦る。そんなリアクションも新鮮で楽しい。
「うん、分かってる。でも、ちょっと待って、もうちょっと、ね」
もう少し堪能したいんだ。
魔王が温かい。魔王が動いてる。魔王が喋ってる。――魔王は、ここで生きてるって。
「いつか全部終わったら、一日中こうしていたいわね。てか、するわ。宣言する」
「・・・・そうだな、全部終わったら、きっと」
「うん、きっとね」
その時は、当初の予定通り南の島がいい。白い砂浜でウハウハだ。でも、小洒落たコテージとか高望みはしないよ。とにかく明日の心配なんてしないで二人で居られればいいんだ。例え雪の秘境でも。
(・・・・雪国か、うん、それもいいな。南の島にはない楽しみがありそう。暖炉の前でいちゃいちゃ、とか。狭いかまくらの中でいちゃいちゃ、とか。・・・・ふ、ふ、ふふふふふふ、良いじゃない。それ良いんじゃない ! )
「 何が ? 」
「え、何がって、だからーーーーんっ ?! 」
いきなり投げ掛けられた第三者の声に、だんだんと爛れてきていた妄想が止まる。
思わず乗り突っ込みしておいてなんだけど、誰だあんたっ !
魔王を抱えたまま横を向くと、いつの間にか家の扉が開き、そこに人が居た。寝巻き姿の老婆が、ぼやぁーーーっと暗がりの中に浮かび上がる。はっきり言ってホラー。
「ひっ」
ば、化物っっ ! と、続けて出そうになって咄嗟に手で口を押さえた。
ふぅ、良かった。いくら私だって他人に面と向って化物発言は如何なものかと思うし。
「あんたら、こんな夜中に人ん家の前で何をちちくりあっているんだいっ。ん ? なんだ、一人は子供じゃないか。まさか、あんた・・・・」
誘拐犯か、または変態かと、私を見る目が明らかに胡乱になる老婆。
いや違うから。ロリコン違うから。子供に性的興奮覚えないから。頼むから私を犯罪者にしないで。
しょうがない、ここは当たり障りの無い言い訳でもしておくか。子供扱いされるのが嫌いな魔王は嫌がるだろうけど、背に腹は代えられん。
「 私達、兄弟です 」
よし、言った。これで変態扱いはされないだろう。案の定、やっぱり魔王の目が据わってるけどしかたない。
「そうかい、兄弟かい。しかし似ていない兄弟だねぇ。で、こんな夜中に何の用なんだい。言っとくけど家には金めの物なんて無いからね」
「すみません。私達、道に迷ってしまったんです。この辺りに宿はないですか ? 出来たら安価な所がいいんですが。なにぶん手持ちが余り無いもので・・・・」
「そうかい、迷ったかい。まぁ、ここいらは畑ばっかりで、どこを見ても同じ様な風景だからね。時々、迷う人もいるよ。でも、可哀想だけど、この村に宿はないよ。こんな辺鄙な村に来る旅人は中々いないからね。あんたたちは珍しいよ、何だってこんな寂れたとこに来たんだい ? 」
警戒が解け、不憫そうに言う老婆に考えてあった言い訳プランBを持ち出す事にする。
下を向いて息を止め、瞬きを繰り返し涙を誘発させる。これで準備OK。
「じ、実は私達、血の繋がらない父親に、酒代の形だと身売りされそうになったんですっ。だから着の身着のままで逃げ出してきたんです・・・・。私はいいけど弟が可哀想で不憫で、いてもたってもいられなくてっ」
涙を滲ませ、体を震わせる。
「なんだって ! 身売りだって ?! そりゃあんた、逃げて当然だよっ」
一気に私達を見る老婆の目が優しくなる。
しめしめ、引っ掛かったな。こういう、きっぷの良さそうな老人はこの手の話に弱いものだ。これで私達を受入れずにはいられまい !
「よし、分かった ! このマリー婆に任せときな。その鬼のような男から、かくまってやるさね ! 」
「あ、ありがとうございますっ」
「そうと決まったら、ほら、さっさとお入りよ。女子供が体を冷やすもんじゃないからね」
―――― ほら、ね。
私は内心でほくそ笑み、顔では棄てられた雨の日の子犬を演出。しめしめと家の中に入った。
戸を潜る時、魔王が一瞬体を強張らせたけど、手を引いて促すと素直について来た。大丈夫だよ、人間の手を借りるのは嫌かもしれないけど、利用してやるって思えばいい。
「じゃあ、自己紹介といこうかね。私はマリー、マリー婆やって呼ばれているよ。寂しい一人暮らしさ。あんた名前は ? 」
「え、ああ、私はあんーーーー・・・・」
「アン ? 」
やべ、ちょっと待て。ここで本名は不味いよな。
魔城に攻め込んだ兵隊が、私達の逃亡に気付くのは時間の問題。そうなれば、きっと追ってが放たれる。
私の存在を知っているアホの金髪王子が人間側にいる以上、実名を名乗るわけにはいかない。
じゃあ、なんと名乗る ?
アン、アン・・・・アンリ ? アンダルシア ? ええぇと、ええと・・・・アンジェ ? いや、違うな、私のガラじゃない。きもいな。そんなのは金髪碧眼じゃないと許されない名前だ。
「アン、何だって ? 」
婆が催促する。
ああ、待ってくれ。焦らせないでくれっ、ええっと、ええっと !
「どうしたのさ、アンなんだって ? 」
ええーーーい ! もう、ままよっ !!
「アンドゥレ、です ! そんでもって、こっちがオスカァル !! 」
私の周りに真っ赤なバラが飛び交う。ついでにマリーアントワネットも飛び交う。もうカオス。でも、言っちゃったもんは仕方ない。やり直しはきかないと諦め 自分のネーミングセンスに寒気を感じつつ、宜しくお願いしますと頭を下げた。
「そうかい、アンドゥレとオスカァルだね。こっちこそ宜しくお願いするよ ! 」
「はーい」
―――― これが人間界での最初の出来事、私達と、借り宿主のマリー婆との出会い。
ちなみにこの人が、人間界に来て初めて出会った人となった。実にお人好しの人間。でも、決して気を許したりなんかしないから。絆されたりなんかしないから。
だって人間は、私達の敵だもの。
回想です。どうでもいい話しですけど、入れた方が分かりやすいかなと。
このまま行くと、魔王がヤンデレそうです。でも私、ヤンデレはお腹壊しちゃうので頑張って立て直します。




