ささやかな安息 ①
町の中心から離れ、畑が目立つ穏やかな田舎道。その農道をちょっと歩けば、水車小屋や放牧された家畜の姿がまず目に入る。
間違いなく、この村は人間より家畜の頭数の方が多いだろう。ここは、そんな面白味の無いへんぴな村だ。勿論、遊戯施設なんてないし日用品が売っている店だってかなり遠い。
けれど人目を避け身を隠すのにはもってこいの場所。
多少、勤め先の屋敷まで距離があるが、この場合、身の安全が優先されるべきだろう。なにせ、今や私達は逃亡者なのだし。
「ふぅ・・・・」
ああ、今日も一日、何事も無く終わる。ホッとしつつ、家路をのんびりと歩く私の頭上を、ゆっくりと白い雲が流れる。魔界では終ぞ見られなかった和みの風景。
私は一人で黙々と歩く、この時間が好きだった。時にはボーッと何も考えずにいる時間が、人間には必要なのだ。最近、色々あり過ぎたし。頭を休ませるのには、もってこいだ。
――――あー、それにしても、のどかだ・・・・。
風に棚引くタンポポもどき。のびのび育つ牛もどき。真っ赤な実を付ける林檎もどき。・・・・ん ? もどき、ばっかりだな。
でも別にいいや。今、良い気分だし、もう暫らくこのまま歩いていたいくらい・・・・・・
「あら、アンドゥレ、今帰りかい ? 今日もご苦労さんだね」
「っ ! 」
半ば、無の境地で家路を歩いていた私の前に、小柄だがふくよかな体をゆったりとした野良着で包んだ老婆が、うず高く積まれたわら山の陰からひょっこり現れた。
無防備なところにいきなり声を掛けられて、危うく悲鳴を上げるところだった。
「え、ええ。こ、こんにちは」
つやつやとした笑顔でされた挨拶に、返す返事が少しつまってしまった。
一日の仕事を終え、ぼやっとしていたせいで、自分の偽の名に反応できなかったんだ。危ない危ない。
この老婆は、私が棲家として借りている納屋の持ち主。今、私達の一番身近にいる人間の筆頭だ。だから迂闊な行動をして疑われでもしたら不味いのだ。
私は「私は女優。今回の役は新人メイドアンドゥレよ」と心の中で念仏の様に唱え、忘れかけていた笑顔の仮面を、どっこいしょ~っと装着する。
「マリーさんはヤギ・・・じゃなかった、パサンの世話ですか ? せいが出ますね。私に出来ることがあれば言って下さい。手伝いますから」
マリー婆が手に持っているフォーク形の農機具を見ながら言う。
パサンとはヤギに似た家畜の事。彼女はこのパサン一頭一頭に名前を付け可愛がっている。だいぶ前に亡くなったという子供の代わりなのだろうか。
私としては、この生き物が少々苦手だ。異世界トリップする前も、大きな動物とは無縁の街中で生活していたし。それに、このパサンはヤギに似ているがヤギじゃない。あくまでももどきだ。良く見ると尻尾が長かったり、耳が大きかったり形が違う。それが何だか気持ち悪い。
「ありがとよ。でも手は足りてるんだ、それに今日はもう終わりにしようと思っていたところさ。なぁ、ピピン」
「え」
彼女は人好きのする顔でそう言って、いつの間にか私の真横に来ていたヤギに似ている動物の首を撫でた。気持ち良さそうに目を細めるピピンを前に、私に戦慄が走る。
(このヤギもどき、全然気配を感じなかったぞっ・・・・・や、やるなっ。けど、負けるわけにはいかないっ)
穏形の術を見事使いこなしたヤギもどきに内心ビビッたのを隠し、挑戦的に見返してやった。
お前がどれだけ訓練を受けた手練であっても、所詮はヤギもどき。私と魔王のことを雇い主に伝える事など出来まいっ ! 何故ならヤギは「メェ~」としか鳴けないからだ !! ざまみろっ。
「 グポポ 」
「 !! 」
な、なんだとっ、グポポ、だとっ ?! メェェェ~じゃないのか、このヤギもどきっ !!
予想外の鳴き声に、撫でてやろうとして出した手が固まった。来ると思った所に来なかった、この気持ち悪さったらないっ !
それを見てマリー婆が肩を揺らし笑う。
「なんだい、まだピピンに触れないのかい。でも、傍に近寄れるだけ、アンドゥレも随分とここに慣れたもんだねぇ。最初はピピンだけじゃなくって、見るものは何でもおっかなびっくりだっただろう。この花は何だ。この食べ物は何だ。なになになになに。はははっ、まるで小さな子供だった ! 」
「・・・・はぁ、お恥ずかしいかぎりで」
悔しいが否定できない。マリー婆が言ったことは本当の事だからだ。あの頃の私はてんで挙動不審だった。自分でも笑ってしまうくらい。見るもの聞くもの全てが興味の対象だった。
だって、ずっと暮らしていた魔界とはあまりにも違っていたんだ。
この人間界は花が咲き乱れ、木には葉が生い茂る。空には太陽。夜には月。時々は大地を湿らす優しい雨。それが上がれば虹が出る。
正しく約束された季節が、目移りするほどの動植物を生み、呆れるほど穏やかな人間の生活を作ってる。
魔界とは、まるで真逆で驚きの連発だった。
そして、この世界を知れば知るほど人間達への憎しみは膨れ上がっていった。
だって、こんなに何でもある。何でも揃っているくせに。それなのに私達の魔界まで手に入れようとするなんて。
いや、正確には「聖女」か。確か、豊穣をもたらすなんとかかんとか ?
どこまでも目の前に広がるのは瑞々しい田畑。白煙を上げる家々の煙突。歌う小鳥達。
・・・・・・・・ねぇ、これ以上豊かさを求めてどうする ?
この世界の人間は、なんて欲深いのか。何でもかんでも欲しがってっ !
奪われた第二の故郷が脳裏に蘇り、拳が震えた。
これ、ジャンルは【恋愛】でしたっけ・・・・。




