塔からの使者
自分に宿るかもしれない聖属性の力。
それが、この国にかけられた古い呪いに対抗するためのものだというのなら――少しでも早く使えるようになりたかった。
とはいえ。
それがどういうものかわからない美緒は、まずは日常で目にする力から!と、ひとり黙々と試している。
「よし……。今日こそ!」
朝の仕事を終えた美緒は、誰もいない二階の部屋で、両手を胸の前に掲げると、意識を集中させる。
「暖炉の火よ! つけっ!!」
――しん。
何も起こらない。
「…………」
もう一度、今度は少しだけ力を込める。
「暖炉の火よっ! お願い、ついてっ!」
――しん……。
やはり、何も起こらない。
美緒は肩を落とした。
気を取り直して、今度は部屋の隅に立てかけてあった箒を指差す。
「さあ、ほうきよ! 掃除しなさいっ!」
――しーん。
箒は、微動だにしなかった。
「…………」
窓辺では、黒猫のリクが前足を舐めながら、いかにも興味がなさそうにこちらを眺めていた。
「ねえ、リク」
『ん?』
「本当に私、魔力あるの?」
『あるぞ?』
美緒は箒を見つめたまま、しょんぼりと尋ねる。
「毎日やってるのに、全然できないんだけど……」
リクは大きな欠伸をひとつした。
『だから言ってるだろ。
魔法ってのはな。使おうと思って使えるもんじゃない。
自然にできるもんなんだよ。もっとこう……自然に』
「むー……」
確かに、そんなに気負って使っているところを見たことはない。
美緒はぷくっと頬を膨らませた。
「じゃあ、お手本見せてよ」
『この姿じゃ無理だ』
「じゃあ、戻ってよ」
『無理だ』
「なんで?」
『俺の身体は――』
そこまで言って、リクはぴたりと口を閉じた。
美緒が不思議そうに見つめる。
「……身体は?」
『……なんでもない。
……まあ、とりあえず』
リクは視線を逸らした。
『そのうち、できるようになるだろ』
「えぇー……」
美緒は大きく息を吐く。
「でも、早く使えるようになりたいなぁ」
『どうしてだ?』
「だって……」
美緒は少しだけ笑った。
「少しでも、サラさんの役に立ちたいから」
その言葉に、リクは何も返さなかった。
金色の瞳が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
その時だった。
階下から、サラの明るい声が響く。
「ミオー! すまないけど、配達に行ってきておくれ!」
「はーいっ!」
美緒はぱっと立ち上がった。
「今行きます!」
魔法のことは、ひとまず置いておこう。
今、自分にできることをすればいい。
そう思うと、少しだけ足取りが軽くなった。
*
「うーんっ……と、よしっ!」
いくつかの家を回り、最後のパンを届け終えた美緒は、空を見上げて伸びをした。
仕事を終えた解放感に、足取りも軽くなる。
「配達、終わり!」
隣を歩くリクが、しっぽを揺らした。
『今日は随分と機嫌がいいな』
「だって、今日のパンも、みんな喜んでくれたし」
『良かったな』
「うん! 野菜もいっぱい頂いたしね!」
夕方の村には、穏やかな風が流れている。
笑いながら歩いていた、そのときだった。
リクが突然、足を止める。
毛が逆立つ。
金色の瞳が、鋭く細められた。
『――ミオ』
「ん?」
『……来るぞ!!』
「え?」
次の瞬間。
目の前で、風が渦を巻いた。




