↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移?! 月と魔法塔に選ばれし者  作者: 高梨美奈子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/34

月の導き

夜の村は、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。

二つの満月が夜空に並び、銀色の光が石畳をやさしく照らしている。


サラは店先まで美緒を見送りに来ると、優しく微笑んだ。


「約束、忘れちゃいけないよ」


「はい」


美緒は頷く。


「必ず帰ってきます」


「うん。

……気を付けて、行っておいで」


サラはそれ以上何も言わなかった。

ただ、送り出すようにぎゅっと抱きしめる。


そっと扉を閉めた美緒は、ひんやりとした夜気を吸い込んだ。


村はすでに眠りについている。

家々の窓から漏れていた灯りは消え、聞こえるのは草を揺らす風と、遠くで鳴く夜鳥の声だけ。


足元で、黒猫のリクが振り返る。


『行こう。ミオ』


その落ち着いた声に、美緒は小さく頷いた。


「……うん」


美緒は小さく息を吸い込み、パン屋を振り返った。

サラはきっと、「気をつけて」と言ったあの優しい笑顔のまま、帰りを待っていてくれるのだろう。


「……行こう」


小さくつぶやくと、足元にいたリクが静かに歩き出した。

黒い毛並みは夜の闇に溶け込みそうなのに、その姿だけは不思議とはっきり見える。

美緒はその背中を追い、村をあとにした。


見上げれば、二つの満月。

白い月と、淡い蒼い月が、寄り添うように並んで夜空を照らしていた。


「……きれい……」


思わずこぼれた言葉に、リクは少しだけ歩みを緩めた。


『今日は特別な夜だからな』


「特別?」


『ああ』


それ以上は語らず、また歩き始める。

道は次第に細くなり、やがて森の入り口へとたどり着く。


*


昼間に見れば穏やかな木立も、夜になると別世界だった。

風が吹くたび葉が擦れ合い、誰かが囁いているような音が響く。


森の奥は深い闇に包まれ、その先は何も見えない。

美緒の足が、ぴたりと止まった。


「……」


知らず知らずのうちに、拳を握りしめている。

胸の奥がきゅっと縮む。


あの日。

この森に迷い込み、何かに追われるように、道も分からずひたすら走り続けた、恐怖の記憶がよみがえった。


そんな美緒に気づいたのか、少し先を歩いていたリクが立ち止まり、静かに振り返る。

金色の瞳が、月明かりを受けて優しく輝く。


『大丈夫だ』


短い言葉。

リクは穏やかに目を細める。


『俺がいる』


その一言は、なぜか不思議なほど美緒を安心させた。

胸を締めつけていた不安が、少しずつほどけていく。


「……うん。

ありがとう、リク」


美緒は深く息を吸い込み、一歩、森の中へ足を踏み入れる。

落ち葉を踏む音が静かな夜に溶け、二人はゆっくりと奥へ進んでいった。


リクの歩みには迷いがなかった。

枝を避け、草をかき分け、まるで見えない道がそこにあることを知っているかのように進んでいく。


どれほど歩いただろう。

ふいに視界が開けた。


「……あ」


思わず声が漏れる。

森の奥に、小さな広場があった。


木々が円を描くように途切れ、その中心だけが、ぽっかりと空へ向かって開いている。


丸く切り取られたような空間に、二つの月の光が降り注いでいる。

見上げれば、満月はちょうど真上にあった。


風が止み、森は静寂に包まれる。


そのときだった。

月光の柱が、ふわりと揺らいだ。

その光は、次第に濃さを増していく。


「……!」


美緒は息をのんだ。


淡い光は人の形を結び、やがて一人の女性の姿となった。


長く流れる白銀の髪。

夜空を映したような深い蒼の衣。


透き通るような白い肌は月の光のように輝き、その姿には言葉では言い表せない、神聖さが宿っていた。


女性は美緒を見つめ、穏やかに微笑む。


『ようやく、会えましたね。ミオ』 


澄んだ声が、やさしく、美緒の心へまっすぐに届いた。


「あ……あなたは……?」


震える声で問いかける。

女性は静かに一礼した。


『私は、女神リーナ』


その名が告げられた瞬間、森の空気がわずかに震えたような気がした。


『この国を、そしてこの世界を見守る者です』


「め、女神、様‥‥‥っ?!」


美緒は目を大きく見開く。

物語の中でしか聞いたことのない存在が、今、目の前で静かに微笑んでいる。


夢を見ているのではないかと思うほど、その姿は神々しく、美しかった。


『ええ』


リーナは優しく頷く。

慈しむような眼差しが、美緒を包み込む。


『――ミオ。あなたが、なぜこの世界へ来たのか』


静かな声が夜風に溶ける。


『なぜ、リクの声を聞くことができるのか』


隣にいるリクは静かに目を閉じ、この瞬間をずっと待っていたかのように座っていた。


リーナは月明かりの中で微笑む。


『――そのすべてを、お話ししましょう』


美緒の鼓動が高鳴る。

異世界へ迷い込んだ日から、胸に抱え続けてきた疑問。


運命の歯車が、静かに音を立てて動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。