↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移?! 月と魔法塔に選ばれし者  作者: 高梨美奈子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/34

村のぬくもり

異世界での暮らしは、思っていたよりずっと忙しかった。


夜明け前。

まだ空に二つの月の名残が淡く残るころ、美緒は厨房へ向かう。


「おはよう、ミオ」


「おはようございます、サラさん!」


粉を量り、水を混ぜ、何度も何度も生地をこねる。

最初は力加減もわからず腕が痛くなったが、毎日続けるうちに、少しずつコツがわかってきた。


「そうそう。焦らなくていいんだよ。

パンはね、人の気持ちが伝わるもんだから」


「はい!」


「ミオ、それにしても、上手くなったねえ」


「本当ですか?

ふふっ。サラさんのお陰ですね!」


サラに教わりながら、一つひとつ覚えていく。

彼女に褒められるたび、美緒は照れくさそうに笑った。


焼き上がったパンを並べ、店先を掃除し、配達へ向かう。

そんな毎日が続いていた。


*


サラは、美緒のことを、村の人たちには「遠くに住んでいる親戚の子」と紹介してくれていた。

誰も深く詮索しない。


「そうかい、サラの親戚か」


それだけで、村の人たちは温かく迎え入れてくれた。

その優しさが、美緒には嬉しかった。


朝から晩まで働く毎日。

忙しいのに、不思議と苦ではない。


むしろ、一日が終わるころには心地よい疲れと、小さな達成感が胸に残る。

いつの間にか、美緒の表情から不安は消え、笑顔が増えていた。


サラも、美緒を本当の家族のように接してくれる。


「本当に、親戚の子が遊びに来てくれてるような気分だよ」


そう言って笑うサラの顔は、とても優しかった。


元の世界へ帰りたいという気持ちが、なくなったわけではない。

けれど、この村で過ごす毎日は、不思議と心を穏やかにしてくれた。


*


パンが焼き上がるころには、村にも朝が訪れる。

香ばしい香りに誘われるように、人々が店へやって来た。


「おはよう、ミオちゃん」


「今日もいい匂いだねぇ」


配達へ出れば、さらにたくさんの人が声を掛けてくれる。


「おーい、ミオ!」


野菜を抱えたおじさんが大きく手を振る。


「帰りに寄ってくれ! サラに持って行ってくれな!」


「はーい!」


子どもたちも、元気いっぱいに駆け寄ってくる。


「ミオねえちゃーん!」


「この前のパン、すっごく美味しかったよ!

今日まだあるかな?」


「うん。まだ大丈夫だよ」


「やったー!」

 

美緒もつられて笑顔になる。


「ふふ。また後でね!」


*


ある日、美緒はサラに言う。


「サラさん、パンの中に、甘いクリームを入れてみませんか?」


サラは目を丸くした。


「え? クリーム? 中に入れるのかい?」


「はい!」


試行錯誤を重ね、ようやく完成したクリームパン。

ふわふわの生地の中に、とろりとした甘いクリームが詰まっている。


店に並べると、あっという間に大評判になった。


「これ、美味いな!」


「中から甘いのが出てきた!」


「こんなパン、初めて食べたぞ!」


「もう一個くれ!」


昼には売り切れ。

翌日は倍の数を焼いたのに、それでも午後には棚が空っぽだった。 


「すごいな、ミオ!」


常連のおじさんが豪快に笑う。


「お前が考えたんだってな?

天才か、お前!」


「そんなことないですよ!」


近くで聞いていた村人も大きくうなずいた。


「本当ね!」


「毎日食べても飽きないわ!」


美緒は慌てて手を振る。


「わわ! そんな、大げさですよ!」


けれど、頬は自然と緩んでしまう。

皆の笑顔を見るたび、美緒は胸がぽかぽかと温かくなるのだった。


*


閉店後。

片づけを終えた厨房には、静かな時間が流れていた。


(うーん‥‥‥)


美緒はノートを広げ、腕を組んで考え込んでいた。


「クリームパンときたら……やっぱり次は、アンパンだよね!」


想像しただけで笑みがこぼれる。

頭の中では次々に新しいパンが浮かぶ。


「ジャムパンもいいし、そのうちカレーパンも作ってみたいなぁ……。

きっとみんな喜んでくれると思う!」


思わず笑みが浮かぶ。


「よーし!」


袖をまくり、美緒は試作を始めた。


「まずは餡を作らないとねー!」


材料を並べながら、鼻歌まじりに棚の壷へ手を伸ばす。


「えっと、お砂糖、お砂糖……っと」

 

その瞬間だった。


『おい』


不意に、すぐ近くから声がした。


『お前な。それ、塩だぞ?』


「……あ、そっか!」


美緒は慌てて壺を戻す。


「あっぶなー! 危うくしょっぱい餡になるところだった!

お砂糖はこっち……」


そこまで言って――ぴたり、と動きを止めた。


「…………え?」


ゆっくりと、ぎこちない動きで振り返る。


窓辺では、一匹の黒猫が前足を揃えて座っていた。

黄金の瞳が、じっと美緒を見つめている。


「…………え?」


リクは小さくため息をついた。


『ああ、そっちが砂糖だ』


美緒の目が、大きく見開かれる。


「ええぇぇぇぇっ!?」


静かな夜に、美緒の驚きの声が響き渡った。


「リクが……」


黒猫を指差し、口をぱくぱくさせる。


「リクが……しゃべったぁぁぁっ?!」


黒猫はニッと笑うと、尻尾をひとつ揺らしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。