双月の塔と聖なる光
「ミオさん。いよいよ、塔に着きます」
「はい!」
エルファルの声に、美緒は窓の外へ身を乗り出した。
眼下には、夜の雲海が広がっている。
二つの月がその向こうから静かに世界を照らし、雲の切れ間から差し込む月光が、銀色の道のように続いていた。
その淡い光の下で、はるか前方に巨大な建造物がそびえている。
「わあ……」
塔の周囲には、淡い光の膜のようなものが広がっている。
美緒が息を呑んだ、そのときだった。
透明な水面を通り抜けるように、その膜を馬車が静かに越えていく。
一瞬、身体がふわりと浮いたような感覚がした。
――結界。
その瞬間。
景色が、一変した。
「……え?」
美緒は目を見開いた。
そこには、想像していたものとはまるで違う光景が広がっていた。
巨大な塔がひとつ建っているだけだと思っていた。
けれど、そこには――ひとつの街があった。
「わあっ……! すごい!!」
石造りの建物が幾重にも連なり、通りには淡い魔法の灯りが浮かんでいる。
空中をゆっくり飛んでいく小さな光の舟や、空を飛ぶ箒。
荷物を運ぶ小さな魔法生物。
店先で輝く色とりどりの薬瓶。
大きな鍋から湯気を立てる食堂。
遠くには、いくつもの尖塔が夜空へ伸びている。
『驚いたか? ミオ』
目を輝かせる美緒に、隣のリクが、どこか得意げに言う。
金色の瞳が、懐かしそうに街を見つめる。
エルファルも微笑んだ。
「ふふ。
ようこそ、双月の塔へ。
外から見れば一つの巨大な塔に見えますが――ここは、魔法使いたちの街なんです」
「魔法使いたちの……街?」
「はい」
エルファルは窓の外を見ながら、静かに頷いた。
「ここで修行を終えた者の多くは、それぞれの故郷へ戻っていきます。
けれど……」
その声には、少しだけ寂しさが混じった。
「中には魔法を恐れられ、迫害を受けた者もいる。
あるいは、故郷を失ったり……何らかの事情で帰れない者もおります」
「……」
「そういう者たちが、この場所に住み着くようになったのです。
そして長い年月をかけて、ひとつの街を形成していきました」
「そう……なんですね」
美緒は静かに街を見つめた。
笑い声が聞こえる。
店先で話をする人たちがいる。
誰かが誰かの帰りを待っている。
ここにある、魔法使いたちの暮らし。
小さく呟く美緒に、エルファルは微笑んだ。
「ミオさんには、これから属性検査などを受けていただいたあと、学園へご案内しますね」
「……え?」
美緒は振り返る。
「学園……ですか?」
「まあ」
エルファルがリクを見る。
「リクヴァイン様。
ミオさんにお話しされていないのですか?」
リクは何食わぬ顔で目を逸らした。
『ああ。
お前から話してもらったほうがいいと思ったのでな』
「ふふ……相変わらずですね」
エルファルは苦笑する。
そして、美緒へ視線を戻した。
「では、ミオさん。
改めてご説明しましょう」
街の中央を指差した。
「街の中央に見える、赤い尖塔のある建物が、魔法学園になります。
その隣にあるのが魔法省。さらに奥には神殿があります。
ほかにも図書館や研究棟、工房など……まあ、そのあたりは追って説明いたしましょう」
美緒は目を輝かせた。
胸が高鳴る。
「なんだか……夢みたいです。」
やがて馬車が静かに地面へ降りる。
扉が開いた。
「どうぞ」
エルファルに促され、美緒は馬車から降りた。
目の前に広がる景色を見上げる。
期待と緊張が入り混じった胸を押さえながら、美緒は一歩を踏み出した。




