8.侍女の混乱
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「どういうことです!!!? 」
「 侍女長……!!」
「 お嬢様がいらっしゃらないとは、どういうことなのですか!!?お嬢様はご無事なのですか!」
実の娘のように愛するアンナリーザを伴わず、別邸にやってきたファヴィオに、ゲルダの母であるヨハナは激しく動揺していた。
きっちりと結われた髪が解れるのも構わずに、侯爵であるファヴィオに突っかかったのだ。
母であるヨハナがそうしなければ、ゲルダがきっとそうしていた。
ヨハナが冷静さを欠いた様子を見て、ゲルダはなんとか理性を保っていた。
燻っている内心を抑え、低い声で言う。
「侍女長、落ち着いてください 」
ゲルダがヨハナの肩を掴めば、ヨハナは真っ赤な顔で抵抗するように身を捩った。
「私は!!お嬢様を貴方様に預けたのです!!父である貴方様なら、無事に送り返してくださると、そう信じて!! 」
「 侍女長!!」
「 黙りなさい、ゲルダ!!!貴方様がどれだけお嬢様にご興味がなくとも、奥さまの娘である以上、愛してくださっていると!!守ってくださると信じた私が馬鹿でした!!!」
「 お母様!!!」
ゲルダが咄嗟に叫べば、ヨハナはようやくはっとしたように息をつく。
ファヴィオは煩そうに眉を顰め、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「…… 明日、探索を出す。それでいいだろう」
「…… 」
ヨハナは息を呑み、そして吐いた。冷静さを幾分か取り戻した調子で、深々と腰を折る。
「 …申し訳ありません。侍女風情が反抗的な態度を取りました。」
「 大変申し訳ありません」
ゲルダと、ヨハナを止めるために集まっていた侍女たちも一斉に頭を下げる。
侯爵は深くため息をつくと、すぐに踵を返した。
「……ゲルダ 」
「 …はい、お母様」
「侍女長と呼びなさい 」
ヨハナは深々と息をつき、きっちりと腰の前で結ばれていた白のエプロンの紐を解く。
「じ、侍女長? 」
困惑しているゲルダに脱いだばかりの清潔なエプロンを押し付けると、素早く歩きはじめる。
「 しばらく、この家の侍女長代理はお前です、ゲルダ。私はお嬢様を探してまいります。」
周囲がざわめいた。もちろん、ゲルダも。
「 何をおっしゃっているのですか、侍女長!!」
「困ります、お一人で出ていかれるなんて!危ないですのに!」
「 侍女長がいないと…!!お嬢様のことは明日の探索を待ってからでも…」
ヨハナは静かに侍女たちを見回した。深緑のような、濃く溶けた緑の瞳がゲルダを見つめ、すぐに消える。
「仕事に戻りなさい。貴女たちの仕事は、お嬢様がお戻りになったときに快適な環境を整えること。ただそれだけです」
鋭い瞳と、有無を言わせない強い口調に、沈黙が流れた。
ヨハナはふいと視線をそらすと、自室に向かって歩き出す。その凛と伸びた背中が廊下の角へ消えていった途端に、侍女たちが口々に囁き始める。
「 いったいどうなさったの?あんなことをおっしゃるなんて…!」
「 侍女長はアンナリーザお嬢様の乳母代わりだったもの…でも、だからって…」
「ゲルダ、貴女、侍女長を説得してきて頂戴な。侍女長がいないと、困るわ!! 」
侍女の言葉に我に返って、ゲルダはがらんどうの廊下から慌てて視線をそらす。
「あ、えぇと…その、そうですよね!急いでお母さ、いえ、侍女長を説得してきます」
「 そうよ、貴女は侍女長の娘なんだから」
その言葉に急かされるように、ゲルダもヨハナの自室へと急いで足を向けた。
こんこん、と何度かヨハナの自室の扉を叩いた。木目の扉には汚れ一つない。
「侍女長 」
「 ……」
がたがたと物音がするから、中に人はいるのだろう。
「 侍女長」
「 ………」
「 侍女長、入りますよ」
問答無用でヨハナの部屋の扉を押し開いた。
必要最低限しか置かれていないその部屋で、母が机の上のものを鞄へと詰めていた。ヨハナの視線は鞄と手元に向いていて、ゲルダには向けられてさえいない。
「 侍女長…」
「 ……」
「 こんな夜遅くに、どちらに行かれるつもりですか」
「 ……」
くちびるを引き結んだまま、身支度を整えていくヨハナのもとまで、歩いていく。
木目をお仕着せの、革のブーツが叩いてコンコンと音を立てた。
「お母様、答えてください 」
「 ……」
小型のナイフ、手紙、それから数日分の食料に、いくらかの硬貨。次々と入れられていく品に、焦れったくなってゲルダは母の肩を掴んだ。
「 お母様!!!」
「…… 」
「 お母様、やめてください!!何をなさっているのですか!?」
「 …何を?お嬢様を探しに行くに決まっているでしょう」
「探しに行く?どこへですか?一人で探すなんて、無謀です!! 」
ヨハナはゲルダの手首を掴むと、そのまま力強く押し返した。軽くよろめいて、壁に手をつく。
「 お嬢様は…っ……私は、お嬢様を守ると、誓ったのです!!!奥さまと……!!お約束したのです!!」
ヨハナの瞳には、強い光が瞬いていた。
鮮烈で、激情を抑えるような、抑えきれずに零れた雫みたいな。
「 お嬢様は、特別なのです!!!!私が、守らなくては……!!」
「 お母様!!落ち着いてくださいませ!」
母の腰に抱きつくように、その身体にしがみついた。ヨハナが抵抗する。
視界が回る。
ガタンガタンと床が鳴る。
「 やめて……!!!」
母の手が、ゲルダの胸を強く押した。反動に負けて、ヨハナの寝台に倒れ込む。
ヨハナがぐしゃりと顔を歪めた。苦しげに眉を顰め、それからゲルダを見下ろす。
「 ごめんなさい、ゲルダ……っ。でも……!!」
視界がぐるぐると反転していた。
寝台の上に転がったおかげで痛みは少ないがーーー
母の足音が遠ざかっていく。
「 お母様…っ…ま、って……!!!」
寝台から転げ落ちるみたいにして慌てて立ち上がり、母を追いかけようと踏み出した。
「 ……っ……!!!!」
扉が、開かない。
「お母様!!開けて!!!待ってー!!! 」
この部屋の扉は内鍵のはずだ。だから、支え棒か何かを置かれたのか。物理的に塞がれたのだ。あの一瞬で。
「………っ……なんなのよ、もう……っ 」
腰から力が抜けていって、ふらふらと床に座り込んだ。
宵闇に月の光が傾き始める。
薄暗い世界が、恐ろしくてたまらなかった。
何かがおこる、予感みたいに。




