7.ディモスの回想
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「 …っ…ごほ…っ……がは…っ……」
赤い絨毯に蹲ったまま、オティリオは血の混じった唾液を吐き出した。切れたくちびるから、血の味がした。
「 …っ……アンナリーザ……」
壁に寄りかかるようにして立ち上がり、よろよろと足をもつれさせながらも歩き出す。
『お前、邪魔だよ 』
長い脚で腹を蹴られ、そのまま顔面を殴られた。抵抗する間もないことだった。オティリオが一瞬気を失っていた隙に、アンナリーザもダンテと名乗ったあの男も、姿を消していた。
「 ……?なんだ…?」
大広間までたどり着き、鈍い痛みに顔を顰めながら扉の前で立ちすくんだ。
音がしない。
鳴り響く音楽も、男女の笑い声も、何もかもが聞こえない。
なにか焦りに似た恐怖を感じて、慌てて扉を押し開く。
「…これは 」
思わず息を呑んでいた。
大理石の床には、グラスや食器が割れて散乱していた。楽団がいたのであろう場所には、楽器がそのままにして放置されていた。それだけではなく、ところどころに血痕が飛んでいる。
「坊ちゃま……!! 」
「 マルロ…!!」
影にでも隠れていたのだろうか、老齢の男がばたばたと姿を現した。オティリオの父であるシルヴェリオに仕える執事のマルロである。
マルロは皺だらけの顔に安堵の表情を乗せ、それからオティリオの怪我に気がつくと眉間に皺を寄せた。
「 坊ちゃま、そちらの怪我は…」
「 これは…いや、それよりここの話だ。生誕祭は、どうしたんだ」
マルロは視線を彷徨わせると、オティリオの手を引く。
「 ともかく、お屋敷へ帰りましょう。馬車のなかでお話いたしますから」
がたがたと馬車が揺れる。マルロに手渡された手拭いで頬を拭いながら、オティリオはくちびるを噛む。
「 …そうか、セノフォンテが……」
ファミリーの一つであるセノフォンテ家が、生誕祭の最中に突如として侵入し、銃で周囲を襲撃。辺りは混乱状態に陥ったものの、駆けつけた衛兵たちによって侵入者たちは捕らえられたという。
「 ベルテ子爵令嬢、それからキナッリャ伯爵、ドミニチ男爵夫人が重傷を負い、他にも多くの貴族や使用人が怪我を…」
「…そうか、わかった 」
「陛下が此度の生誕祭は即時中止とし、貴族の皆様方もすぐに帰路につかれました。私めはお坊ちゃまを探しておりましたゆえ、見つけられてほんとうに良うございました 」
セノフォンテといえば、革命派筆頭とも呼べるファミリーである。当主ロメオを中心として、過激な襲撃を繰り返しながらも平民ーー特に貧困層での支持を広げていると聞く。
「 ………マルロ」
「はい、なんでしょうか、お坊ちゃま 」
「 ダンテ、という名前に聞き覚えはあるか?」
マルロは少しだけ考えるように白い髭を撫でると、頷いた。
「 ダンテ…ダンテ=アヴォレード、でございましょうか。アヴォレード家の現当主であると聞いていますが」
やはり、そうか。
襲撃を行ったのはセノフォンテ家で間違いないというから、当主であるダンテが一人でアンナリーザのもとまで赴いたのか?それとももともとセノフォンテと共謀していた?
いや、ファミリーはファミリー同士での結束を第一とし、他を受け入れないはずだから、それはあり得ない。
であれば、ダンテは単独で訪れた、ということだろうか。
「 マルロ。屋敷に帰ったら、至急ロレンツォ侯爵家まで連絡してくれ」
オティリオは静かに顔を上げた。
青灰色の瞳に決意を乗せる。
「 ロレンツォ侯爵令嬢であるアンナリーザが、アヴォレード家の当主たるダンテに脇腹を撃たれ、そのまま誘拐されたと。」
「 ……なんですって?」
「 私の眼の前で、アンナリーザは攫われた。そんなこと、許せるはずがない」
アンナリーザは、オティリオの獲物だった。目の前でみすみす傷つけられて、そのままにしておけるほど、オティリオは甘くない。
「 アンナリーザ……貴女のドゥリオンは私だ」
地平線をなぞるように見つめた。
登ってきた太陽が、目を焼く。
まるで、妹神たるサグラティウィルーナを狩りの神ディモスに犯されて、怒りのあまりにディモスの目を焼いた光の女神エドゥアルシーナのように。




