表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

6.危険な男

***



アンナリーザの後ろから歩いてきた男は、静かに笑った。


あまりに美しい男だった。


艶のある黒髪は、宵闇から這い出してきたようだった。彫刻のように整ったかんばせは美しく女性的なのに、薄いくちびるや高い鼻筋が、獣のような獰猛さを感じさせた。

血のような、真っ赤な瞳孔がアンナリーザを見つめて細められた。


一目で上質だとわかる黒の上衣に、銀の刺繍が施されたベスト。白のシャツは胸元が少しはだけ、男性らしい骨ばった首筋が覗いていた。


「 ……貴方は?」


オティリオが誰何するように、目を眇める。

貴族ではない。貴族同士の顔なんて、子供の頃から叩き込まれる社交の基礎だ。

こんな男、一度見たら忘れるはずがない。


「俺?俺はダンテ 」


「…ダンテ? 」


月光が淡く男の輪郭をぼかした。首筋に黒い影がかかり、真っ赤な瞳が血を吸ったように鮮やかに染まる。


「 ずいぶん面白い話をしてるんだね」


「……面白い話? 」


いつの間にか、アンナリーザとダンテとの距離が縮まっていた。後ずさるように一歩下がれば、オティリオの胸元にぶつかる。


「 そう。ファミリーがどうとか、皇帝陛下がどうとかーーそういうのって、俺に聞かれちゃって大丈夫?」


ダンテが笑った。声音はからかうようなのに、赤い瞳からは何の感情も伺えなかった。


「…衛兵!!! 」


オティリオがアンナリーザの腰を抱き、すぐさま自身の後ろへと引いた。慌ててアンナリーザもオティリオの背中越しに辺りを見回す。


けれど。


返ってきたのは静かな沈黙のみ。

静かだ。


誰も、訪れない。


「……どういうこと 」


ぽつん、と零れた声は、オティリオにも聞こえていた。


「分かりません。とにかく、大広間に戻りましょう 」


「…ええ 」


頷いて、素早く踵を返した瞬間。


乾いた銃声が、響いた。


「 ……っ……!!!!」


熱い鉄塊が、アンナリーザの脇腹を掠めて、壁に突き刺さる。脈が激しく跳ね動いているみたいな、激しく脈動する感覚に、目眩がした。


熱い。


「アンナリーザ!!!! 」


オティリオの手のひらが、アンナリーザを支えるように動く。


「 困るな、行かれちゃ。俺はその子に用があるんだから」


「…っ…、お前……!!何のつもりだーーー!! 」


熱い。


耳鳴りがする。

きぃん、と音が割れるように反響した。

視界が黒く塗りつぶされていくのに、身体中から熱い何かが零れ落ちていく。


咄嗟に手のひらで抑えた脇腹を、ぬるりとした熱い液体が濡らしていく。


「…アンナリーザ、血が…っ… 」


オティリオの声が、遠くに聞こえる。彼の指先が冷たい。


「 ほら、どいて?俺、お前には興味ないからさ」


「 彼女に触れるな…!!」


「だから邪魔だって」


冷たい指先が、離れていく。馬鹿になっていく耳に、オティリオのうめき声と打撲音が響いた。


「 …アンナリーザ…んー、アンナリーザか。アンナリーザ、俺の声、聞こえる?」


誰かに抱き起こされた。

その動きでさえも激しい痛みとなって身体を襲った。苦悶に顔が歪んだのがわかる。


「 ……っ、う……」


「 よかった、生きてた。でもおかしいな、聞いてた話と違うね」


男の言葉が頭に入ってこない。


熱い。


痛い。


くるしい。


「 ま、いっか。行こう、アンナリーザ」


視界が赤くなる。


身体中が燃えているみたいだった。

火に焼かれているみたいだ。血に染め上げられていくようで。


大嫌いな、赤。


それと同じ色。




******



「………ん… 」


微かに意識が浮上する。薬草のツンとした匂いが鼻を突いた。橙色の灯りが視界の端に映る。木目の天井と、木目の壁。


「あ、起きた 」


かつん、と床を叩く足音がする。質のいい革靴が木目を叩いた音だ。


聞こえた言葉を探すように、身体を動かそうとした瞬間。


「……っい……!! 」


太い針で刺されたみたいに脇腹が痛んで、寝台に倒れ込むように頭を預けた。


「ああ、ほら。駄目だよ、急に動いたら 」


「…っ…あ、なたは… 」


掠れた声で、どうにか紡いだ。


あの時と、一寸も違わない容貌で、ダンテが笑みを浮かべた。


「 俺はダンテ。ダンテ=アヴォレード」


「 …アヴォ、レード……」


そういうことか、と痛みの回った頭でなんとか理解した。アヴォレード家ーーー五大ファミリーと呼ばれるうちの一つの家門だ。この男に見覚えがなかったのも、銃を持っていたのもそのせいだ。


「そう。 ちょっといろいろ確認することがあってさ。撃っちゃってごめんね?」


「 ……撃った?」


アンナリーザの脇腹を撃ったのはこの男だったのかーーいや、状況的にそうしか有り得ないのだが。


すぐさま逃げなければならない。そう頭では理解している。けれども身体中は重石を下げたみたいに重く、痛みは歩くことさえままならないほど強かった。


痛みが思考をじんわりと鈍らせていく。


「痛い?ごめんね、女の子にはなるべく優しくしてあげたいんだけどさ。逃げられたらこまるから、痛み止めは打ってないんだ 」


ダンテの言葉が頭の中に堆積して、そのまま流れていく。


「 アンナリーザ…アンナリーザ=ディ=ロレンツォ」


ダンテが紅い瞳を細めて笑う。骨ばった指先がアンナリーザの髪を掬い、絡めるようにして指先に巻きつけた。


「 合ってる?」


「…… 」


分からない。


ただ、頷いていた。


なぜそうしたのかも分からない。痛みのせいで、上手く言葉を拾えなくなっているのだ。


「 そう、よかった。間違ってたら大変だからね」


「 ……」


「 ああ、駄目だよ。気を失う前にもう一個だけ聞いとかないと」


アンナリーザは虚ろな瞳でダンテを見上げた。


聞いとく?

なにを?


脇腹が燃えるように痛みを主張した。火がついたみたいに激しく痛んで、呻く。


「……俺と結婚しよう? 」


「 …は、………?」


理解できた言葉に、一瞬なにを言われているのか分からなくなった。


結婚?

ロレンツォ侯爵家の令嬢であるアンナリーザが、ファミリーと結婚するというのか。


「 ほら、答えて?うんって」


ダンテが笑う。

綺麗なかんばせが、獣を追い詰める獅子のように見えて。


結局、何と答えたのか覚えていない。


ただダンテが笑って、アンナリーザに痛み止めを打っただけ。


そこまでしか、覚えていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ