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11.命令と誘い

******


ファヴィオがロレンツォの私兵を探索に出してから、三日が経っていた。アンナリーザは見つからず、手がかりも掴めていない。


ゆらり、と立ち上った蝋燭の炎を眺めながら、静かに視線を向けた。


「 …陛下」


ディヴァルディア皇帝。彼に与えられた名はそれしかなく、個人を表す名は知られていなかった。


皇帝は深々と息を吐き、皺の寄ったくちびるを引き結んだ。


「 …」


「 どうするおつもりですか」


ファヴィオは静かに尋ねる。


皇帝は老いた。正妻であるルクレツィア皇后はエルリカ皇女を産んですぐに彼らの関係は疎遠となった。男児のいなかった皇帝夫妻には子を望む圧力がかけられ、七年前にルクレツィア皇后は待望の男児クラウディオを産んだ。けれども互いに老齢だったこともあり、クラウディオ皇子は病弱だった。

病弱で幼い皇子一人と、老いた皇帝。


王権が弱まるのは、当然のことだった。


だからこそ、皇帝は焦っている。マフィアを中心として拡大する革命を、その動きを、止めようとしている。


「 生誕祭の出来事で、貴族連中は私に失望しただろうな」


皇帝は吐き出すようにそう言い、老いて落ち窪んだ眼窩を、なんとか持ち上げた。


「 クラウディオも病弱だ。それに、ルクレツィアは離宮に引きこもって出てはこん」


最後のひと言は、まるで愚痴のようだった。


皇帝とルクレツィアの仲は、結婚当初から酷いものだった。お互いに気が合わないのか、口もきかず、寝室だって別。


彼らの仲が冷え切っているのは一目瞭然だった。


「…実行役であった、セノフォンテ家の子飼いたちを処刑しましょう 」


ファヴィオは静かにそう切り出す。


「民衆の前で、華々しく。火あぶりにしても良い。とにかく、彼らが皇帝に害をなした逆賊だと印象づけるのがよいかと 」


ディヴァルディア帝国は栄えているのだ。それが、斜陽に向かいつつあるといっても、その事実は変わらない。豊かな民衆はまだそれほど、皇帝に目を背けていない。

今の段階ならまだ、手がつけられる。


皇帝は疲れたように視線を伏せると、ファヴィオを見上げる。


「 …ハルフリーダを呼んでくれ」


「 ……」


ハルフリーダ。ハルフリーダ=ディ=ヴィデーーーヴィデ男爵家の令嬢だったか。皇帝の最近のお気に入りで、儚げな美女。


ファヴィオは煙草の香りに残る呼気を吐き出すと、静かに立ち上がる。


「 …承知いたしました」




しばらくしてやってきたハルフリーダは、申し訳なさそうに周囲を見渡して、それからおずおずと皇帝の隣へと腰かけた。

淡い金髪が揺れ、不安げな青の瞳が盛んに瞬く。


「 ハルフリーダ…」


皇帝は彼女の腰を抱くと、疲れた様子で目を瞬き、ファヴィオを見つめる。


「ファヴィオ、お前の言う通り、セノフォンテのことは任せる 」


「…承知しました 」


「それから、離反する貴族連中の動きを見ておけ。場合によっては法に触れても構わない。 」


「 …」


ファヴィオは思わず沈黙する。

離反する貴族連中ーーーすなわち、皇帝批判をする派閥、ということだろうか。


「 マフィアを支援する貴族がいるらしい。ラインフェルトからの情報だがな」


「 マフィアの支援を?」


皇帝は低く笑い、それからテーブルの上のワインを煽る。皺だらけの喉が嚥下のために、蛇のように動いた。


「 反逆罪で捕らえて良い」


「 …承知しました。では、そのように」


ハルフリーダは不穏な会話に、不安げに視線を揺らしている。


ファヴィオは小さく彼女を見やると、静かに告げる。


「 ヴィデ男爵令嬢。ここでの会話は内密にお願いする。たとえ家族であっても、だ」


「はっ、はいっ!もちろんでございます 」


ハルフリーダは可哀想になるくらいに怯えた様子で頷く。男爵令嬢が皇帝の庇護下にあることで、ヴィデ男爵家もそれなりの恩恵を得ている。流石に皇帝の信用を失うようなことはしないだろうし、これだけ気が弱いのだから、大丈夫だろう。


ファヴィオはおもむろに立ち上がり、皇帝に一度礼をする。


「 …それでは、私はここで」


無性に煙草が吸いたい気分だった。


アンナリーザが見つからなくて、安堵している自分が、何処かにいた。


見つかってほしいのに、見つかってほしくはない。


皇城の窓から、月が覗く。愛する妻の、金色の瞳と同じ色。


アンナリーザは、ファヴィオにとって呪いだった。離れたいのに、突き離したいのにーーー離すことができない。そんな矛盾した、感情。


馬車に乗り込んだ。ゆっくりと走り出した馬車のなかで、煙草を取り出して火をつけた。

たなびく煙が、まるで逃げるように明け放った窓から外へと流れていく。空を目指して、逃げていく。


「 ーーっ!?」


がごん、と急激に馬車が揺れる。馬のいななきと、御者の悲鳴。急停止したせいで、身体が壁にぶつかった。


何事かと、痛む背中を押さえて、何とか外へと出る。


「こんばんは、おとーさん? 」


「…誰だ 」


黒髪の、男だった。満月を従えるみたいに、その男は立っていた。御者を長い脚で踏みつけ、こちらを向いて笑顔を浮かべる。


紅い瞳がまるで不気味な生き物のように蠢いて、ファヴィオを捕らえていた。


「 俺?俺はダンテ。ダンテ=アヴォレードだ」


「 …アヴォレード」


ファヴィオはちら、と御者の様子を確認してからダンテを見上げた。


アヴォレード、ラインフェルトのところの令息が言っていた。アンナリーザを攫ったのは、アヴォレード家の当主だと。


アヴォレード家に使いを出したが、当然すげなく追い返されたと聞く。


「 …使者さんが来てくれてたみたいなのに、俺が伝えてなかったからさ。追い返しちゃってごめんね?」


ダンテは軽薄に笑い、それから御者の上から足をどけると、楽しそうにこちらまで歩いてくる。


「アンナリーザのおとーさん、でしょ?」


「 …そうだ」


「 俺さ、アンナリーザが欲しいんだよね」


ダンテがファヴィオのネクタイを掴んで引っ張った。よろめいて、彼の前に膝をつく。


「 …欲しい?どういうことだ」


「 結婚したいってこと」


結婚、俯いたまま、思わず呟いていた。アヴォレード家がアンナリーザを攫って結婚することに、なんの利点がある?


「代わりにさ、皇帝派閥(そっち側)に付いてあげるよ 」


「…は? 」


目を見開く。男は優雅に微笑んでいた。彫刻のように整った顔立ち。けれども鼻筋は高く、唇の端から覗く牙のような八重歯が印象的だった。


「俺が、革命派全員殺してやるからさ 」


「… 」


「 アンナリーザを、俺に頂戴?」




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