第35話 もう一度蒼い鳥に頼ってみます?
カフェに入店してきたマーガレット嬢。王都では清楚な令嬢だったのに、アサリオン村に染まったらしい。今日は編み上げブーツ、黒皮のパンツ、白シャツというスタイルで右手には鳥籠。首には望遠鏡があり、蒼い鳥を探していた事は一目瞭然だった。
「はあ、疲れた。今日も蒼い鳥はいやしない。コレット店長、アイスコーヒーでもください」
カウンター席でクッキーをボリボリしつつ、コレット店長に絡むマーガレット嬢。初対面のエドモンド編集長とも話していたが、やさぐれていた。クリスがホテルの買収を成功させてしまった為、元々経営陣だったマーガレット嬢の一族は混乱にあるらしい。
「クリス様。あなた、本当に極悪ですね」
クリスにも絡んでいたマーガレット嬢だが、清楚な令嬢の姿が蒸発してる。恋愛を拗らせている雰囲気も消えていた。憑き物が取れたようにマーガレット嬢の雰囲気がさっぱりとし、これにはエメもコレット店長も大笑い。
「いいわよ、今のマーガレット嬢」
「エメの言う通りよ。もう残念なイケメンなんて追いかけるのはやめなさい。アンナ嬢にはかなり残念な姿よ? 追うなら蒼い鳥だけがいいわ」
エメとコレット店長に励まされ、マーガレット嬢は強く頷く。
「ええ。どうせ実家でも居心地悪そうだし、この村で野鳥観察家でもなろうかしら」
「えー、どういう事?」
マーガレット嬢の発言に、今度はパウラが食いついた。何でもマーガレット嬢、蒼い鳥を追ううちに野鳥に興味をもち、今は図書館で色々と調べたりしているそう。
「いいじゃない、マーガレット! 私も野鳥すき。一緒に蒼い鳥探そう!」
「パウラの言う通りです。野鳥観察も案外、奥が深いものですよ!」
パウラとじいやにも歓迎され、ますますマーガレット嬢は野鳥観察にやる気を見せていた。こんな姿のマーガレット嬢。クリスも距離が取れて、ほっとしている様子だ。確かに一方的に片思いされるのも辛いはず。私もクリスに妙なアプローチをされ続け、確かに戸惑う。
恋愛偏差値ゼロの私だったけれど、アサリオン村に滞在し、少しは恋が見えてきた。恋愛小説のプロット帳を取り出し、主人公の貧乏令嬢はとある伯爵家のイケメンに片思いしている設定を付け加え、彼に振られる所から物語をスタートさせよう。
「編集長、こっちのプロットはどうですか?」
「お、こっちはいいぞ。失恋から始めるっていいじゃないか。おお、失恋の痛みで風俗に入ろうとしたヒロインを極悪経営者が助けるのか。いいぞ、この路線でいけ」
書き直したプロットエドモンド編集長から太鼓判を押されてしまった。アサリオン村での体験から作ったプロットだったが、私の恋愛偏差値もゼロから微妙にあがった?
そんな事を考えている時だった。窓辺で野鳥観察をしているじいやが「あ!」と声を上げた。普段、滅多に大声を出さないじいや。皆が窓の外へ注目すると、前方の木々に蒼い鳥がいた?
間違いない。手のひらサイズの小さな鳥だったが、羽根は青空のような色。しかも、鳴き声も美しい。天使の子守唄みたいだ。
「いくわよ!」
これにマーガレット嬢も血相を変え、カフェを飛び出していく。
私達もマーガレット嬢に続く。エドモンド編集長は「興味ねぇ」と呟き、一人カフェで店番してくれる事になったが。
普段、蒼い鳥を探し続けたマーガレット嬢。一番、脚も早く、飛ぶように森の中に入っていく。
森に入ると、また死体があるような気はしたが、みんなで蒼い鳥を追いかけていると、すぐに忘れた。みんなと一生懸命走っていると、それだけで楽しくなってきた。
蒼い鳥、そのものが幸せを運ぶわけでは無いらしい。たぶん、こんな風にみんなと一緒に探しているから、楽しいんだ。それに簡単に蒼い鳥が手に入ってもつまらない。簡単に手に入ったものは、簡単に出ていく。だから、今はみんなと走る事、そのものを楽しんでも悪く無いはず。
これは推理も恋愛小説執筆も同じかもしれない。そう思ったら、肩の力も抜ける。私も笑顔になってきた。
その時、先頭を走っているマーガレット嬢が大声を上げた。
「やった! 捕まえたわ!」
マーガレット嬢はちょうど地面で水を飲んでいた蒼い鳥を、素手で捕まえ、鳥籠に入れた。一瞬の事だった。
「ピチッィ !」
捕獲された癖に、蒼い鳥は呑気に鳴いていた。その鳴き声は確かに可愛らしかったが。
「本当にこの子、蒼い鳥?」
私は鳥籠を見つめながら、困惑。私だけでなく、みんな戸惑っていた。
「ピッピ!」
蒼い鳥(?)だけが呑気に鳴いていた。




