第36話 蒼い鳥は案外地味でした
「は? これが本当に蒼い鳥か?」
カフェにエドモンド編集長の声が響く。彼は太っているし、体格も良いので声も大きい。かなり響いていたおかげで、蒼い鳥(?)の鳴き声はかき消されてしまった。
籠の中にいる例の鳥。羽は茶色くくすみ、鳴き声も普通。確かに少しは可愛いが、先程一瞬見た時の鳥とは違う。
しかもこの鳥、鈍臭い。籠の中でもよくこけている。餌にも苦労していたと想像がつく。コレット店長が水や雑穀、青菜などを与えると、勢いよく食べていた。おそらく餌を見つけるのに苦労していた事だろう。
確かに光の加減で一部青く見える羽根もあったが、それも鳥籠の中で激突し、羽根を散らしている。やはり、どう考えても蒼い鳥に見えない。エメがカフェの野鳥図鑑を調べると、どこにでもいる種類だと発覚し、一同肩を落とす。どうやら、先程見た蒼い鳥は見間違いだったらしい。そういえばエドモンド編集長以外の面々は、村で事件があった為、緊張状態だった。見間違い、聞き違いが起きても仕方ない。
とりあえず、この鈍臭い鳥はカフェでしばらく面倒をみる事に決まった。この鈍臭さでは野鳥に帰っても不幸になりそう。勝手に捕まえた私たちのが、どう考えても責任がある。
その後、カフェにはがっかりムードが流れるが、鳥の鳴き声も響き、コレット店長がコーヒーやクッキーをみんなに振る舞い、みんなの笑顔も戻ってきた。
しばらくしてクリスやエドモンド編集長は仕事があると、ホテルの方に帰ってしまった。同時に、カウンター席にいたマーガレット嬢は、苦々しい声を出していた。
「蒼い鳥なんていなかったのかな?」
一番、蒼い鳥に執着していたマーガレット嬢。この結果には、目尻が涙で滲んでいるぐらいだ。想像以上に失望していたらしい。
「そか。悔しいよね」
パウラもマーガレット嬢の隣に座り、慰めていた。エメやじいやは例の鳥に青菜をあげ、意外と楽しんではいたが。
私もマーガレット嬢の隣に座り、一応「残念だったわ」と声をかけた。これ以上の言葉は思いつかない。
「恋もそうかもね。憧れている時は蒼い鳥に見えても、実際始めたら、地味な野鳥に見えるかもねー?」
コレット店長はカウンターの内で笑ってそう言う。恋に憧れがあったパウラやマーガレット嬢は、もう何も言えない様子だった。
「そうよ。恋なんてね、憧れている時が一番楽しいの。どうせ付き合ったり、結婚したら、それもいつか地味な日常になるからね」
エメもマーガレット嬢のそばにやってきて、励ましていた。
未亡人二人は人生経験のレベルが違う。マーガレット嬢やパウラの恋の悩みなど、米粒みたいに見えるのかもしれない。今日はエメの金色の髪の毛も、コレット店長の太ましい体型も、なんだか頼もしい。
「そうですよ。目の前に地味な野鳥しかいなくても、結局、毎日を楽しくするのは、自分ですよ。ねえ、マーガレットお嬢様?」
じいやもマーガレット嬢のそばにやってきた。じいやも人生のベテランだ。そんなじいやにも励まされ、マーガレット嬢の口角が少し上がっていた。
私も少し笑っていた。恋の謎が解けてきた気がするから。よく分からない恋だったけれど、どんな人と恋をするかより、自分が毎日楽しく、幸せでいるのが大事なのかもしれない。
「そうね。蒼い鳥がいなくても、野鳥の研究、やってみようかな。アンナ嬢も仕事楽しそうだしね」
マーガレット嬢はすくっと立ち上がり、あの野鳥に近づいた。青菜を与えながら声をける。
「あら、案外可愛いじゃない。こんな鈍臭い野鳥だけど、一生懸命、青菜を食べてくれるわ。ごめんね、勝手に捕まえて」
「ピチぃ!」
野鳥はマーガレット嬢の言葉がわかっていないだろうが、ご機嫌に鳴いていた。お腹いっぱいになり、野鳥も満足したのだろう。
その後、みんなで野鳥の名前を考えてみた。紅茶やクッキーを楽しみつつ、野鳥の名前の案を出し、一番呼びやすそうな名前に決まった。
野鳥の名前はピチ。ピチピチ鳴いているからとマーガレット嬢が案を出し、一同異論なく、これに決定。
「さて、ピチ。お前は今日からうちのカフェの看板鳥にもなって貰いますからね!」
「ピチッ!」
コレット店長の言葉もわからないはずだが、ピチは機嫌良く鳴き、みんなの笑い声が響く。地味な鳥でも悪くない。今、推理も仕事も進んでいないが、肩の力は抜けていた。




