選政官2
部屋の外から音がしてジョーは静かに腰を上げた。
くつろぎの時間が終わったのでこれからは使者として礼のカタチをとる。
カタチと言っても数ある礼節の中から王国式ではなく、獣人国の形式に則った礼節のカタチをとった。こんな事もあろうかとパポンに聞いたやり方だ。
ちなみにイアが言っていた“やり方”は一般的な礼節とかけ離れた非常に危険なやり方だったのでジョーは記憶から消している。
両膝を床について待っていた。
扉が開き入ってきたのは補佐官である、コツ、クゥ、リンの3名だった。
ココまではジョーの予想どうり、視線を床に向けて直接は見ないように気を付ける。
「選政官である、 ゾラ・ポポロン・オビ・チャーガマ様がいらっしゃいます」
(ん?)
ジョーは聞きなれないが、どこかで聞いたような文字の発音に気が付く。パポンの正式な本名がゾラ・ポポロン~で始っている事を思い出した。
疑問はあるが質問は出来ない、スグに顔合わせがあるし、傍にきているようだ。
両膝を床について姿勢をただし、両手は包掌の形で獣人国の礼儀に合わせておく。
すると、扉が開いた。
異様に大きい体躯。特に顔は毛深く獰猛な獣、恐ろしい程に見開く目と鼻筋も大きい、顔の周りのたてがみも立派なライオン型の獣人が鎧のような武装を纏い、剣を携えて入ってきた。
どうみても武人のような格好にジョーは驚くが表情には出さない。
“そのようなもの”だと納得させるしかない。
例え、ジョーを見つめる目に殺気が入ったとしても彼は動かなかった。
ジョーは静かに待っている。
しかし、そのライオン型獣人の周りが騒がしい、コツ、クゥ、リンと何やら言い合いをしているように聴こえた。
(どうしたんだ?)
ジョーは少し会見場に不穏な空気を感じる。
客の前で見せるにはいけない醜態だからだ。
不仲な様子のままライオン型獣人は鬱陶しそうにコツ、クゥ、リンの話も聞かず会見場に入って辺りを見回すと後ろに合図を送った。
(おかしいな……)
ジョーは横目で確認しながら見るとライオン型の獣人の後ろに二回りくらい小さな獣人が杖をついて歩いてきた。
顔は確認できないが、ゆっくりとした動作から老いた人物だと想像できる。
(あぁ、あの方が選政官なのか……、つまり、先に出て来たのは護衛か?)
ジョーの知っている会見と少し違ったので不思議に思ったが“お国柄”だと思ってそれ以上は気にしなかった。
しかし、老いた獣人が入り口付近で停まる。
(………)
――ジョーは静かに同じ格好を続ける。
(………………)
――ゆっくりと顔を動かし横目で入り口付近を見るが先ほどと変わっていない。
つまり老いた獣人は動いていなかった。
(…………………あれ? 往生しちゃったのか?)
不謹慎な事を思うが、それくらい動いていない。
入り口に姿を見せて数十秒以上、その場に立ち尽くす選政官に、まわりの者達も焦り出した。
これは演出では無くてハプニングの類だろう。
補佐官のコツ、クゥ、リンも焦りの色を見せて老いた獣人に駆け寄り、何やら言っているのが聴こえた。
暫くして、ゆっくりのったりと選政官は動き出す。
ジョーを見つめたまま、ジョーと対面する位置について静かにジョーと一緒の“包掌”をとった。
コツ、クゥ、リンが進行役をかってくれた事もあり、始まりは静かだった。
「《この度は、初めて、会いまみれ、とてもうれしく、思います》」
慣れない敬語の獣人語でジョーは挨拶を行った。
通訳など洒落た同行者などいないし整っても居ない場所だ。
むしろ、他国に出かけて仕事をするなら言語の壁は必ず訪れる問題だ。
しかし、片言だろうとその国の言葉で話せば伝わるし、なにより非礼にはならない。
「楽になされ、お若い方。 言葉も大陸共通語でかまわないですぞ」
目の前にいる選政官から優しい声が聴こえた。
ジョーはゆっくりと顔をあげて「お気遣い、感謝します」とだけ述べた。
目の前にいる選政官チャーガマは顔はタヌキ顔、それに所々白髪が目立つ毛並み、服装はゆったりとした奥行きの深い色の民族衣装、そして弱った足腰を支える艶のある杖を握っている。
だが、その中で最も印象的なのは瞳だ。
前髪の隙間から見える白い瞳。
見透かすように刺さる視線はジョーの全てを包むように捉えていると感じる。
「堅苦しい挨拶はここまでて止めにしないかぁ? こっちは足腰も弱って辛いんだ。すまないが座らせてもらうと、ありがたい……」
チャーガマはそういうとゆっくりと用意された席に座ろうとしている。
本当に老人の座り方でどっしりと腰を下ろし、杖をその前に置いた。
その後で、ジョーに「さぁ、さぁ」と姿勢を崩すように促す。
(郷に入れば郷に従えか……)
ジョーは考えこんで、礼儀作法を止め、一礼し、元居た場所に座り、ゆっくりと前にいるチャーガマを見据えた。
王国式、帝国式などでの儀礼では床に座って話すという作法はない。
しかし、ここは獣人国、この国独自のやり方があり、礼儀がある。
まずは相手に合わせていく事選んだジョーにチャーガマは言葉を繋いだ。
「楽にしてほしい、堅苦しいのは中央の国々でやるので十分だろう」
そのような軽口を言ってチャーガマは笑った。
「その前に正式に名乗って無かったねぇ。私はチャーガマ。 ゾラ・ポポロン・オビ・チャーガマが正式な名前だけど。大陸のヒトには珍しいから『チャーガマ』でええよ。えっと……ジョー・カバライ君?」
「私の事はジョーで結構です。チャーガマ様」
「ええよ、ええよ。堅苦しいのはやめよ」
「しかし、私の故郷ではメウエの者を敬えと教えられ、育ってまいりました」
「ほ~~、そうなのか? 中央では?」
「いえ、私の故郷は大陸ではなく南部にある島国です」
「なるほど、我々には知らぬ国か……。それじゃあええよ。好きに話しなさい」
(強制も、規制もしないわけだね。本当に自由な国家だなぁ~)
ジョーの内心の焦りもどこかに、会談は始った。




