離脱
「う~ん、しかし疑問です」
カティアは突然に悩ましい顔をしたまま、表情に合わせるかのように疑問を口にした。
「どうした?」
「いえ、あの男、落とされたなら崖を上がってくれば良かったのに……そう思いまして」
「なるほど……そうなれば戦いはもっと厳しいものだっただろう、でも言っておくが“あの男(=レットブロー)”はその技術は無い。崖登りの修行のような事は出来ないと断言できる」
「師匠? どうしてそのような事が言えるのですか?」
「実際に試したのさ。前回の戦闘でも、今回の戦闘でも木に登る事も段差のある場所も壊してすまそうとする傾向がある、同じ技術があるなら使えば速いが、相手はそれをしなかった。つまり使えないといった類だろう。解りやすく言えば大猪系統の魔物に近い。平面上は速く機動力もあるが、勾配のある崖を昇れない特性でそこが弱点になる。いままでそんな事をする必要が無かったんだろうな」
「なるほど……てきおう出来ないヤツだったと」
「そのとおり」
「あ、あの、ジョー師匠、いいですか?」
心配そうな瞳でフィフィはジョーに尋ねる。
「何だフィフィ?」
「あのですね……その、あの男の人は体重を操れるようなのですが、その、身体を軽くしたりして崖を登ったりするのかなって思って、そうだとしたら追って来るんじゃないかと思って……」
「あ~、そういう話か。安心しろフィフィ。あの男は重さを増やすことは出来ても減らすことは出来ない。いや、やれないと言った方がいいか?」
「どういう事ですか?」
「たぶん予想だが、自身の体重を1として10、100倍にというように増やす事は可能でも、逆に減らすという能力は習得してないか出来ないはずだ。可能性はあったかもしれないが事実、あの男はそのような能力の素振りも見せてはないし可能だったら今頃追ってくるだろう。実際には能力を使う時に標的から” 眼を切る(=視界から外す)”という悪い癖を見せても発動していたからな、相当魔力を消費するか力量不足という事だろう。隙だらけになりつつ発動する能力は非常に危険だ」
「えっと、つまりあの男の人はそこまで能力を使いこなせていなかったという事ですか?」
「そうなるな、よく観察すれば弱点は見えてくる。何度もいうが力量差があるような敵でも勝てない訳じゃない。どこかしら相手と勝っている部分もある。今回のように頑丈な事、
爆発的な攻撃を持っていたとしても、よくよく観察すれば相手の弱い所や致命的な弱点っていうのは見えてくるもんだ。闘いの基本は“自分にとって有利に相手にとって不利に”、それを守ればいいという事だ」
「そうですか、私だったら逃げ出しちゃいます」
フィフィが安心したようにハニカミながら告げるとジョーは彼女の頭を二度三度クシュクシュと撫でまわす。
「それは良い判断だと言う。絶望的な戦力差なら逃げるのもいい、一番無謀なのは勝てないと解っていて戦いを挑むことだ」
「なるほど……、それじゃあ師匠は確実に勝てると踏んで闘った、つまり楽勝ッ!」
カティアは元気に言葉を発する。
「それは過信というものだ。慢心ともいえる……」
呆れるようにジョーはカティアを振り返って見た。
「――いいか? 何度も言うが自分の能力を過分に評価することや低く考えすぎるのもだめだ。常に出来る事、出来ない事を考えて依頼をこなすようにと教えただろ? 相手と自分の能力を正確に計る事。どんな戦いにも楽勝という事は無い、戦いの勝敗は常にたゆっているという事、確実に勝てる、逆に確実に負けるという事は起こりえない、実力差があろうと無かろうとどんな相手であろうとそこに絶対は無い。敵も自分にも弱点はある。逆に1つの判断の失敗が敗北に繋がるという事はある。だから、どんな相手でも間違いは起こるから最後まで気を抜かない事、そういう自制心をもって平常心で臨めと教えた筈だぞ」
ジョーにそう言われカティアとフィフィは姿勢を正して「ハイッ」と返事をした。
過去の経験により思考の間違えての時に発するジョーの威圧感を肌で感じたからだ。
「うん、それじゃ戦うの準備の重要性と戦いの最中の戦略と観察の重要性は理解して貰てたようだな」
「心に刻みました」
カティアが返事をする。
「私も!」とフィフィが。
「ニャ―!」とイアが訳が解らず流れで返事をし、「にゃあ?」とパポンは同じように続いた。
「それじゃあ、最後に教えておくが、戦いが終わった後も準備が必要だ。能力の高い冒険者は自分が目標を終えた後、いかに安全に帰還か離脱かを考える必要がある。そのためにニコに子供達の相手をしてもらって、馬の世話をアンジーとミレイにしてもらっていた、だからいつでも逃げる算段はついているから、ここまで考えて冒険者として合格点という事だ」
ジョーは元からいた通商路に繋がる開けた場所に戻ってきた。
親指で合図を送り「さぁ、この場所から去るぞ」と彼は初めから終わりまで全て見通すように告げた。
***
ジョー達が馬車に乗って出発し、そこからかなり離れた下流の位置で――。
かなり広い滝つぼから水飛沫が上がり、それと同時に沸騰するような湯気が辺りに立ち込める。
「あのやろぉぉぉ……、あのやろお――――ッ!」
ぶつぶつと独り言を言い続けるレットブローが川から這い上がってきた。
「あのまま落とすとはなんてヤツだぁぁぁぁ―――――――ッ! 今度会ったらぶっ殺しだぁぁぁああああああ――ッ!!」
川の中の滝つぼの中心で恨み節を叫ぶレットブローの姿があった。
彼の恨みの咆哮は濁流押し寄せる川の音を上回った。




