国境
国境――、それは国と国があれば必ずある境界線。
国境とは重要な場所であると同時に旅人にとっては1つの目印になる。
古来より分け隔てるのは川や山といったある程度の自然の分岐点が起点となって行われ、後に条約などの締結、実効支配などの隔て方を経て国境が決められる。
と、多くを語るが大多数の人にとって国境とは境目の移動に制限が掛けられ非常に面倒な場所の1つだ。
ジョー達は王領バクバを去って数日の後、ブリューシュ王国の東にある国境に到着した。
この場所は国から派遣された兵士が国境付近に建設された関所で出入りする越境者を調べ、国に入る者が害を及ぼさないか判断する場でもある。
その為に多くの馬車が列をなして検査待ちをしており、その周りでは商魂たくましい者が待ち人相手に商売を展開していた。
「やっぱり混んでるなぁ~」
目の前の馬車の列を目視して数を数えた。
「そうねぇ~、これって明日までは進めないんじゃない?」
隣に座るサリイアはジョーの顔を見ながら言う。
彼女の心配は1つ。国境警備兵は荷馬車を検査していく、当然、時間もかかるが陽が落ちると通行止め、そのまま近くで野宿する羽目になる事も多い、国境を超えるのはそれくらい大変だと、これまでの経験上の答えだからだ。
「安心しろ、俺たちは並ばなくていい」と腰鞄から巻紙を取り出した。
ジョーの持っているのは王領バクバの領主(仮)のターンからもらった通行書のようなものだ。
これがあれば並ぶことなく優先して検査を受けられる特権状のようなもの。
そんな会話をしていると、兵士達が飛んできてジョー達を列に並べようと誘導する声が響いた。
割り込みをしようと見えたらしい。
「オ――イ、兵士さん。これ読んでくれ!」と大声でジョーは叫んだ。
馬車を止め、ジョーの一団は停止する。
彼らは警戒を解いていない顔つきながら、ジョーの操作している馬車に歩み寄って巻紙を受け取る。
開くと目を流し書いてある内容を確認していく。
「読ませていただいた。貴公らの一団は4台で間違いないか?」
1人の警備兵士が告げる。
「あぁ、前1台、後ろ2台で間違いない」
「それならついてきて来て欲しい」と兵士は手で合図を送って前を歩いていく。
ジョーは手綱をピシャリとゆすり、合図を馬に伝えた。
馬車は再びゆっくりと動き出す。
「師匠、話は終わりましたか?」
後ろの荷台からカティアが顔を出した。
「うん、先に進めるぞ」
「で、でもいいんですか? 並ばなくて」
フィフィはキョロキョロと辺りを見渡しならが言った。
「問題ない、一般の仕事なら並ぶが、俺たちは特別に推薦状がある、これがあれば優先的に国境を越えられるんだよ」
ジョー達の馬車は羨望の中に嫉妬も孕んだ視線がいくつも過ぎるが、全てを無視して彼らは巨大な建造物の間に進んでいった。
***
巨大な門が1つ見えた。道路の境界面にそって見える門は開いていて、遠くには石畳が敷かれている。
手前には建造物を囲むように幾つもの家屋も見える。
その前で兵士達が列を造る馬車を誘導し順番に検査を続けていた。
「にゃんだ、アレ?」
奥に見える風景にイアは操縦席の後ろから乗り出してマザマザと見つめている。
「アレは橋だよ。この国と隣国のパンテンロ王国を繋ぐ橋だ」
「にゃ?、その手前のでっかいヤシキはニャンにゃ?」
「アレは防護塔、国境を守る門だからデカくて硬い家だと思えばいいよ、国境は柵とか色々建てるもんなんだよ」
「にゃー? そうにゃんか?」
「そうそう、まぁ、ほとんど建前だけど、おっと、検査官が来たようだからお前ら静かにしておけ」
ジョーは騒がしくなりそうだと後方の荷台にいる4人に注意を促す。
「「はーい」」と気のない返事がきた。
それを聞いたジョーは手綱を隣のサイリアに渡して馬車を降りる。
そのまま検査官を出迎えた。
「サイリア師匠。検査って何するんですか?」
こそっと話すようにカティアはサイリアに尋ねる。
「大抵の国境では荷物検査があるわ、検査官が色々尋ねてくるから丁寧に答えればいいの」
「どうやって調べるんですか?」
「あそこの検査官の横に犬がいるでしょ。あれで匂いとか嗅いで怪しいモノを運んでないか検査するの、あとは積み荷を開けたりして問題なければ終わりよ」
「ふむふむ、なるほどー」
「カティア達は、そのまま見て居ればいいから」
「わかりましたー」
気楽な返事が帰ってきて、そのままイアやフィフィ、それとパポンと雑談を交わしていく。
***
検査は1台10分程度のペースで進んでいく、途中でゾゾロとナワールが検査犬と吼え合戦を繰り返したが、おおむね問題なく済んだ。
ジョー達は再び馬車に乗り、ゆっくりと進んで城門のような荘厳な門を潜っていく。
陽の光が遮られ、再び上からまばゆい光が降り注ぐ。
視界が開けた、空は澄んでいて青くどこまでも眩しい。
「おぉ~、きたぁ~」
カティアは胸をワクワクさせながら声を出した。
「にゃ! でけーにゃん、ポンちゃんも見るニャン!」
イアはジョーにおおい被さるように身を乗り出す。
「師匠! ここを過ぎたって事は王国を出たんですよね!」
高揚するようにカティアは辺りを見回しながら言う。
「そうだな……っていうか痛いからイアは下がれ」
馬車を操作しているジョーは面倒そうに告げた。
「わぁ―――、初めて王国の外に出た!」
喜びの声を上げるカティア。
「わたしも初めて来たよ、キレイだねぇ~」
フィフィも同様だ。
「そうだねぇ~」
「景色はいつもと変わんないだろ」
ジョーが間に入ると、カティアはむくれて「師匠! 気持ちの問題です! ちょっとは考えて!」と声を張り上げる。
彼女にとって国外から初めて見る景色は、それほどにキラキラと輝いて見えたのだ。
「はいはい、わかったよ……、でも、言っておくぞ。違う国って事はココからは国法や風習も変わる、国を出るっていう危険がつきまとうから気を引き締めろよ」
ジョーは助言を送るが――カティア達ははしゃいでいて、それ所ではない。
「した、川にゃ!」、「かわー!」、「山ぁ!」、「にゃー!」とちょっとした事に反応している。
(こいつら、やっぱり聞いてないな)とジョーは思うが、サイリアがそっとジョーの肩に手を置いて「ジョー、いいじゃない。初めて違う国に行くのってワクワクするもの、しょうがないよ」と諭すように言った。
「そんなもんかぁ~」
旅慣れしているジョー達からすれば新鮮味も薄く、彼女達の感性とは隔たりが大きかった。
「あッ! 師匠、止めて下さい! 大事な事を忘れていた」
「なんだよ、カティア、慌てて!」
「はやく、はやく、いいから止めて下さい!」
しょうがなくジョーは“声音鈴”を鳴らし馬車を停止させる。
「よし、みんな行くわよ! 後ろにいるゾゾロちゃんとプミプミちゃんも呼んできて!」と馬車を降りてしまった。
「おい! カティア!」とジョーは叫ぶが彼女に続いてイアもフィフィも降りていく。
結局――彼女達は橋の真ん中付近で手をつなぎ横一列になっていた。
カティアの目的は橋の真ん中でみんなで超える事、それだけだ。
目的はない、動機は楽しそうだから。
「さぁいくよ、せーので国境を超えるの! せーの!」
カティアの合図でイア、パポン、ゾゾロ、プミプミ、フィフィは一斉に右足を踏み出して一歩を踏み込んだ。
「やったー! これで超えた!」、「やったにゃ!」、「国境を越えたんだよ」、「コキょウ?」、「よかったね」とそれぞれが騒ぎ出している。
騒がしくしている様子をジョーは腕を組んで見守り、サリイアは微笑んでいる。
「アレって意味あるのか? 国境はこの川であって橋の真ん中をさしているわけじゃないんだけど……」
「いいじゃない、思い出、思い出」
「そんなもんか?」
「そんなものよ」
(まぁ、いいか、本当に――長い時間を国境を渡った感覚だもんな、ここまで来るのになんでこんなに時間がかかったんだろう……、どうか獣人国まで無事に行けますように)
ベルンの町を出てからこれまでの事を逡巡し、寒々とした気持ちで、この旅の無事を願った。




