後日談4
ジョーが部屋を出て行って暫らく経過する。
その間、異様な静けさだけが、2人の間に流れていた。
「…それで、どうだね?」
静寂を破ったのはターン。先ほどの朗らかな表情とは打って変わって表情を変え、静かな瞳で隣にいるウォーズナーに尋ねた。
「問題ないかと、やはり……かなりの人物とお見受けします」
言葉の中に尊敬の念を含ませ彼は静かに返答した。
「それほどか!? 理由を聞いてもいいかな?」
ターンは眉をピクリと吊り上げて顔を少し崩した。
「はい、まず、基本に忠実な事です。確実に勝つ戦いが出来る事が高評価にあげられます」
「確実に勝つ戦い? それは当たり前の事では無いのか?」
「ターン様、この世の中、これまで大小あれど数多くの戦争がありました。そのどれもが両者とも勝つ事を前提として進めていますが、どちらかが負け、そして時には引き分ける事を繰り返しています。私は昔、恩人に尋ねた事がございます……。『戦で勝つためにはどうしたらよいのか?』と、その答えは単純でした。『敵の戦力を知り、その数の5倍から10倍の数を揃え、後方の補給も確実にこなし、指揮官は部下を完全に統率し、敵の油断している所を攻める』という答えです。このような戦の衝突であれば確実に勝てるという事です」
「確かに、間違いない戦い方だな」
「はい、ですが、多くの将は、このような準備も出来ずに負けるのです。その“当たり前”も出来ずに出陣した愚かな将の多い事は歴史が証明しています。逆に圧倒的不利な状況にも関わらず、それを覆してきた天才というのは後世に残るでしょうが、それは稀に起こりうる事です。『確実に勝つ』とは名将の評価の一部でしょう」
「……ウォーズナー殿の言う通りだ」
「彼を評価する上で、数を揃えうる手腕を発揮しただけでなく、内部に起こりえた反乱を潰したというのも大きな功です。さらに言えば目標の拠点の位置、数に時間、そして奇襲のかけ方など多くが我が隊でも見習わなくてはならないでしょう。そして最も評価すべき点は『未知の敵』に対して浮足立つ事なく冷静に味方との分断を図ってくれた事です」
「それは、盗賊の協力者として現れた全身鎧の大男の事か?」
ターンの指摘にウォーズナーは眉間にシワを寄せて頷いた。
苦虫と泥水を同時にかみ砕いたような、忸怩たる思いがあるのだろう。失態と言うには失敗は無かったがターンに報告した通り、自分の部隊が蹂躙されかけた事は恥ずべき事だとウォーズナーは隊を率いる者として考えている。
「……その通りです。正体不明の者でしたが、その戦闘力は脅威でした」
「報告を受けたが今でも信じらられなかった。魔術部隊でも無理だとは……」
「はい、その拙攻で部隊は混乱し、私も指示を誤ったと思いました。負傷者の大半はその時に出来たのですから」
「それで40名以上もか……、初めに聞かされた時は驚いたよ、何しろ負傷者の全てがその男に負わされたと聞いた時には」
「正直、接触はごく短い時間でしたが、次々に……」
「無事だったのは奇跡だな……」
「いいえ、ジョー殿は混乱した我が隊の代わりに、その者を引き離してくれました。あのまま戦闘となれば死者も多く出ていたでしょう」
「たった1人にそれ程とは……、すまない、戦闘分野に関しては疎いと思うが、人数差があって苦戦するモノだとは思って無くてな」
ウォーズナーの苦しむように刻まれた眉間のシワと表情から、報告以上の何かを感じ取ったターンはただただ驚くばかりだ。
「私も初めての経験でした。言いようのない恐怖で体が竦むほどの」
ウォーズナーも当時を思い出し深く頷く。
彼を信頼しているターンは彼の表情から察し言葉を詰まらせた。
「ンッ……、貴殿ほど長く騎士として過ごした男でも慄くとは……。しかし、どうやってジョー殿は切り抜けたのだろうか?」
「戦闘に関して詳しくは見ていませんが、本人に後で確認した所、『頭の無い相手だったので攻撃は単調。挑発にも乗る。そして、扱いやすい』という話です」
「ほう……それだけで」
「えぇ、実際に我々は男の戦闘能力にのみ注視し過ぎていたと反省しました。考えてみれば男の行動はチグハグで戦術的一貫性もありません。その事を見抜いたジョー殿の冷静さは素晴らしいでしょう」
「うむ……それで、あえて逃がしたと……判断した訳だ」
「そうです。男を本気で拘束するならばそれなりの被害が出ていた事は間違いありません。
そこで、これから受ける被害と得る利点を計りにかけて総合的な判断をしたのでしょうな。私では立場が違いますが、戦場の合理に対する判断なら同じことを思うでしょう」
「しかし、どうなのだ? 捕らえられた相手ではないのか? 相当弱っていたと聞いたが?」
悩むような表情でターンはウォーズナーに尋ねた。
意図的に逃がすよりも捕らえた方が世間体も良く、後の処理は楽だと判断したのだろう。
しかし、その意見にウォーズナーは首を振って否定した。
「これは彼の言葉ですが『どんな獲物も死ぬ間際は必死で抵抗する。その時が一番危険だ』という事です。私もかつてドレイク武錬会に参加しましたが、標的がもっとも凶暴になったのは死ぬ間際でした。だから、彼の言葉は素直に信じられたのです」
「なるほど……騎士である貴殿の意見だ。私には想像の域を超える事だろう、それが正解なのだな」
「はい、その時の最善の選択です」
ウォーズナーのキッパリとした言い方にターンも納得しこの件は飲み込んだ。
「そうか……なら。今回の件を詳細に報告し、国王に“推薦状”を書いた方がいいだろうな」
ターンは机に肘をつくと手合わせ、固い決意で述べた。
――この推薦状の意味をジョーが知るのは後になるが。
「私もその意見に同意します」とウォーズナーも納得顔だ。
「その前に……、賊討伐の後片付けをしっかりと済ませねば。貴殿の部隊も忙しくなるがよろしく頼みます」
「お任せを、粉骨砕身のわが身でここ一帯の治安を取り戻します」とウォーズナーは深く礼をとった。




