帰還
サイリアは揺れる振動でゆっくりと目を覚ました。
優しい陽の光が揺れ、陰影が次第にハッキリとしてきて光景が目に入る。
サイリアはその姿に見覚えがあった。
ジョー=カバライの後ろ姿だ。
身体を起こそうとした、しかし、予想外に身体が重い、しかも頭も重く眠気で再び眠ってしまいそうな鈍重な意識の疎通。
声を出そうと、すると――「……あッ!」と一音だけ突拍子もなく口から出た。
ジョーは馬車の操作台から突如聞こえて来た声に振り返る。
「サイリア、起きたか…」と声をかけた。
「・・・…うん」
反応遅れながらサイリアは返事をした。
そうする事で鈍い意識が徐々に覚醒する事を彼女は感じる。
毛布の重み、車輪の振動、次第に鮮明になっていく。
「……どんな状況?」とサリイアが頭を上げようとするが、その前に「そのまま寝ておけ」とジョーが止めた。
重い体に無理と判断した彼女は体の力を抜いて、元の体勢に戻った。
「それで? あの後どうなったの?」
「そのまま戦闘は終了してウォーズナー隊長の指揮の元、隊を2つに分けて帰還している最中だ。拠点まで負傷兵や怪我人を運んでいる隊が俺達で他も、すぐに続いて来る。ここまでは理解できたか?」
「うん……被害は? みんなは無事? イアの友達はどうなったの?」
「重傷者もいたけど、みんな無事だ。イアの友達の『ポンちゃん』も、こっちで保護してミック達に付き添ってもらってる」
「そうなの……よかった」
そこで安堵の表情を浮かべたサイリア。「――……そうだ! あの奇妙な鎧男はどうなったの?」と思い出したように質問をぶつけた。
「逃げた……」とジョーは返答する。
正確には逃がしたのだが、そこの説明はあえて避けた。
現在、真実を知っているのはウォーズナーと副官の2人の合計4名のみ末端には伝えられない高度な事情の為、情報の隠ぺいを一時的に行っておいた。
もちろん、察する者は察しているのだが、あえて口を出す話でも無いので放置している。
「そう……部隊を2つに分けたってなんで?」
鈍くなった頭も徐々に回転してきて疑問が次々に浮かんでくる彼女は、前を向き馬車を操作するジョーに続けざまに訊く。
「あぁ……じゃあ、すこし詳しく説明すると――サイリアのように魔力切れか怪我が酷い負傷者を運ぶ隊とウォーズナー隊長のように領主に報告する為に帰還する隊が一緒に行動中で、それが1つの隊。もう1つは先の戦闘で荒れた土地の補修、森が燃えないかとか見回り、そして盗賊が住処にしていた場所の保管に50名程が残った。俺たち冒険者の隊からは鉄庸の団のオリとカチーナ、それに“蹄鉄馬”のイワノル3兄弟の五名が残ってくれた。後は帰還組というわけだ」
「結構、残ったね……」
「あぁ、死体の掘り返しとか周囲の復旧とか色々作業があったが……賊が住処にしていた洞窟の奥から“ヤバい物”が見つかったからな」
「やばいモノ?」
「端的に言えば禁薬の類だ。それも危険度の高い新薬らしい、それほど危ないモノだから専門部隊を派遣する為に保存が必要になった」
「えー~、どうして? そんなの賊が造れるの? 薬の生成だって知識と経験、それに道具だって……」
不思議がるサリイア。
「ニコとミックが洞窟の奥に入ったら、鎖に繋がれ老年の薬師のおじさんがいたらしい。どうやら賊に捕らえられて生き延びる為に禁薬の生成を手伝わされていたようだ、そいううのが何名かいた」
「それって他の村が襲われて連れ去られた人って事?」
「そう、結構な数がいたよ……いい意味でも悪い意味でもな」
「ジョー、それってどういう意味よ?」
「うん……一応、聞くに堪えない話だけど聞くか?」
ジョーは操作していた手綱を引いて馬車の速度を落とす、少し揺れる馬車の荷台。
「覚悟して聞けって事?」
「そういう話だ」
「それじゃあ、お願い」
ジョーはサイリアの同意に少しため息を吐いた。
聞かせたくない話を聞かせるから仕方ないのだろう。
「一応、その時に囚われている者たちは全て介抱して保護済みだ。それで……前にイアが言っていた内部の状況で魔術で囲まれて感知出来ない部屋ってあっただろ? あの中身がわかった。あの中は賊に囚われた村や集落の住人……それも若い女性が3名程捕まっていた。発見された女性は鎖で繋がれ、裸のまま、お腹は膨らみ、そして、酷い中毒症状でまともに会話が出来る状態では無かった。保護した訳だが……動かせる状況ではない――」
「ちょっと待って、それって……」
ジョーの話に割り込みサイリアは驚いた顔をしている。
「――つまりは、そういう事。 男賊の“処理部屋”として使われていて、女性は身ごもり、禁薬漬けで会話も成り立たない状態だから、その場で処置をしているって訳だ。扱いには困る話だが……誰も、どうにも出来ない、なってしまった事だから……」
言葉を濁しつつ、ジョーは結果を伝えた。
「そうなの……」
同じ女性として同情したのか、回復後の生活の事を思ってか、サイリアは悲痛な顔押し殺し、そのまま上を向いて腕で顔を隠した。
「間に合わなかったんじゃない、もう間に合って無かった。どうしようも無いから自分のせいだとか思うなよ」
ジョーは忠告のように彼女に聞こえるように話した。
気をもむ話だが気に病む話では無いと彼女に言っているようだ。
「……うん」と返事が返ってくる。
「そういう訳、話は理解したな。それじゃあ話は終わりだ、サイリアも魔力切れで疲れただろ? 拠点に着いたら起こすから寝てろよ」
わざと元気よくサイリア気遣うジョーは話を切った。
少しの沈黙、そしてサイリアはチラチラと彼を見つめて口を開く。
「……わかった……、それとさ、ジョー」
「……なんだよ」
「あの時さ、助けてくれて…ありがとね」
「……おう」とサイリアのお礼に少し遅れて返事をする彼は照れ臭かったのかサイリアの方を見る事はなかった。
「あーッ! そーいう甘ったるいのいいからさー、静かにしてよね」と馬車の奥から突然ラビスの声。
馬車の台数が少ないので出来るだけ人数を入れて運ぶのは当然の判断、よってサイリアの他に負傷しているミラーキャットの3名も寝ているのに不自然は無い。
周囲の気配に気が付かない魔力切れのサイリアが悪いのだ。
サイリアは突然の出来事と気恥ずかしさから「きゃー!」と声をあげた。
「もう、まるで2人しかいない空間だったぞ♡」とラビスは茶化し、ミレイは手を振って「ボンッ、ボンッ」と何かを表している。
「こら、茶化さないの、お前たちこそ静かにしてな……」と荷台の壁に背もたれをしながら休んでいるアンジーが注意をした。
【ほらな、人前で夫婦ごっこをやってるからだ】とスネークの声が響いて、ジョーは無言で、サイリアは再び毛布をかぶって寝てしまった。
そういえば、ステイホームも終わりました。
結果として感染者が増えてきているそうです。
マスク、手洗いは重要になってくるでしょう。みなさまも気を付けてください。




