壁はどのようにあるべきか?
「うぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。負けましぃ~たぁ~~……」
カティアは本当に悔しそうに――臓物を震わせて、絞り出すように“負け”を認めた。
集団戦闘訓練は本日5回目を迎え、最後は時間切れという事で勝負を終えた。
カティアの他にメリーダも息切れと泥にまみれ、フィフィはフラフラとマナ切れの兆候を起こし今にも倒れそうだった。
そんな弟子達を前にジョーは立ちはだかり―――。満足そうな笑みを浮かべていた。
「よし、よく負けを認めた……。さぁ、弟子達よ、その汚れた身体を洗っておいで」
ジョーそうに母親のような指令をする。
「ハイィ……」
カティアは本当に悔しそうにその場を去っていく。
***
カティア達は汚れた身体を洗うべく、普段、訓練の終わりに身体を洗う場所として使っている滝壺の周りに木の棒を立てて、周りを布で覆って区画を造り、そこで身体を洗い始めた。
一応、異性がいる為の処置として行われている。
「うぅ……、悔しいわ……」
カティアは全裸になりながら滝つぼで身体を洗っていた。
そして――泥まみれの顔のまま水面に飛び込んでいく。すこし深い所に潜り、また水面に勢いよく顔を出した。濡れる金色の髪に光が反射して綺麗な水しぶきが上がる。
「くやしいぃぃぃ~~~!」
そう、突然にカティアは声を上げる。先ほどの勝負が悔しいようだ。
「お嬢さま、そのような格好で叫ばなくても……、こちらにきて髪を洗いましょう」
メリーダは全裸に黒い髪を降ろし、桶をもって岩場に待っていた。
カティアはメリーダの声に従って川辺に歩いて来て、そのまま指定された岩場に座った。
まずは、カティアの頭にぬるま湯がかけられる。
サイリアが大きな樽に水を溜め、そして炎魔術で軽く沸騰させたものに温度調整した水をつけたしてつくった即席用の“ぬるま湯”だった。
それは身体を清潔にするときに使われ、訓練場に湯屋のような場所が無いので、普段から使われている冒険者というか、旅する者が広く全般的に使っている処置である。
綺麗な金髪が未発達の身体に張り付き、そのまま絵画のような、そんな光景にも見える場所で、カティアはメリーダに髪を洗われていた。
泡立つ頭に身体を綺麗にされ、カティアは上機嫌かと思いきや、そうでは無かった。
まだ不機嫌そうである。
「お嬢さま、背中も洗いますよ」
「うん……」
――背中にもぬるま湯がかけられ、メリーダは石鹸と布を擦り合せ、洗い始める。
「お嬢さま、どうなさいました?」
「メリーダ、ぜんぜんいい所なく終わっちゃったのよ……」
「仕方ありません、始めての訓練はそのような事が多いです」
「でも、でも、まるで“すべて読まれている”みたいにゴーレムが現れて。何も出来なくなっちゃう」
カティアは悔しそうに1回目から5回目の訓練全てを思い返した。
まるで進路を塞ぐように土人形達が現れ、そして周りを強固にしていく。奮戦するも回復の早い土人形達は時間が立てば復活し、攻撃を加えてもバラバラにしないと身体のどこかを掴んで押しつぶそうとする。動きは鈍いが連携がよく、獲物を狩るように追ってくるのだった。
「サイリア師匠。何がダメだったんですか?」
カティアはフィフィの頭と身体を洗っているサイリアに向かって質問した。
「エッ、なに?」
サイリアは全裸で無く服を着たまま袖をまくり、スカートの丈を短くし紐で縛った服装で眠そうなフィフィを丁寧に洗っていた。
「さっきの訓練です。なんにも出来無くて、動けなくて、いい所無かったから……。サイリア師匠からもアドバイスを下さい」
カティアはお願いするように言う。
「そ、そうね……」
サイリアは考え込む――不正で無いにしても、事前に情報を集め、作戦すべてが筒抜けだとはとても言えなかった。
(ごめんね、カティア……)――と思いつつ、自らも悪事とまでは呼べなくても、なんとなしの心の痛みを抑えつつ。
「やっぱり、連携が甘いのかしら……」と、ひどくありきたりな助言をした。
「やっぱりそうかもしれない……ですね」
「まぁ、落ち込む事は無いわ、高レベルの冒険者同士の連携も合わせるのに暫く訓練が必要になるし、各々が意見を言って動きのすり合わせを何度も行う必要があるのよ」
「そうですか……すぐに出来ると思ったんだけどな……」
サイリアの答えに落ち込んで答えるカティアの姿があった。
サイリアはその様子を見ながら、罪悪感に苛まれ、思わず答えを教えたくなってくるが――ジョーに『絶対に教えちゃダメだ。自分達で考えていく事をして、どうやって行動するか、そして他の人の動きを覚える訓練でもあるからな。乗り越える壁を低くさせちゃダメだからな』と強く念を押されていた。
サイリアは言葉を飲み込む。
その時――「うにゅ~」と変な声が聞こえてきた。
フィフィが寝むそうに身体を揺らしているのだ。
「フィフィ、おねむ(=眠たい)なの?」
「ふゃぁ~い」
フィフィは変な返事を返し、マナ欠乏症の症状である睡魔に襲われていた。
「仕方ないけど……身体洗っている時は起きてね。汚れたままだといけないから」
サイリアは急いで背中、腕、胸、脚とゴシゴシと身体を洗っていく。
まるで――幼い娘をもった母親のようだった。
***
着替えを済ませ、カティア、フィフィ、メリーダは臨時の風呂場から出てきた。
メリーダはカティアの手をとり、サイリアはフィフィの手をとって寝むそうにしている2人を引っ張っている。
やはり、温かいお湯と訓練の疲れで更なる睡魔に襲われていた。
洞窟まで持ちそうにないほどふらついている。
「よう、戻るのか?」
ジョーは巨石2つを両手に持ち上げ、筋力訓練を岩場の上で行っていた。
片足スクワットも同時にしている感じで効率よく、そして無茶な鍛え方をしている。
「うん、カティアとフィフィがマナ切れみたいだから」
サイリアが答えると――ジョーは岩場から降りて、その辺に石を投げ捨てた。
「仕方ないな、俺が運ぶよ、荷物とか洗濯物とか他に色々あるだろ?」
ジョーはそう提案した。
「お願い出来る?」
「まかせろ……」
ジョーはそう言って、近くにいるフィフィを“お姫様だっこ”しようとした。
すると――「ししょう、わたしも……」といってカティアがジョーの服を掴む。
眠そうだが、それでもお願いしていた。
「2人はムリだろ?」
――ジョーがそう言うと、カティアは首をふって「それでも……おねがいします」と短く返事をした。
「たく、仕方ねぇ……」
ジョーは疲れたような溜息を吐いていた。
***
「ししょう、なんか違う……」
カティアはフィフィと一緒にジョーに背負われていた。
大きめの麻袋を担ぐように右にカティア、左にフィフィをモノのように担ぐ。
カティアとしては想像していた“お姫様だっこ”とはかけ離れた現状に不満を覚えつつ、かなりの所まで睡魔が来ているので抵抗はしない。
「仕方ないだろ? 2人同時はこんな方法しかないぞ。ほら、早く寝ちゃえ」
ジョーはそう言って洞窟までの林の坂道を歩んでいった。




