夜の帳が過ぎるまで…
「なんだよ、南部の話でも聞きたいのか?」
ジョーはカティアの質問を聞き返した。
「そうです、南部ってどんな所なんですか?」
「う~ん、南部は……大陸続きでなく、大小の島々が集まって出来た列島地帯なんだよ。それなりに広く、広大な土地を船で往来する習慣があり、港町が盛んで貿易も各地でしている。気候も安定している土地でもなく、季節が変われば雪も降り、場所によって暑い。島によって生活の仕方が違うんだ」
「へぇ~、島国ってことですか? 周りは全部海ってことですね」
「そうだ、南部まで行く航路はこの大陸だと2本しか無い。海獣や海の魔物の海域を安全に通行できる所が少ないからな……。隣国にある“飛空船”でも距離があり過ぎて行けないから必然的に船しか行く道がないんだよ。その為、“ある問題”を抱えている」
「ある問題?」
「ああ、海賊がいるんだよ。山賊の海版だな。海上で船同士逃げる事もままならない無法者達がいるんだよ」
「へぇ~海賊かぁ~」
カティアは眼を輝かせた。
「言っとくがカティアは海賊になろうとするなよ。あいつ等は、汚く、下品だ。それに捕まれば山賊同様に“縛り首”か“晒し首”になるかなら」
ジョーは強めに忠告を入れる。
「師匠、私は間違っても“賊”になど身をおとしません、信用して下さい。思い描いていたんです。海賊達を退治する私を……」
カティアは“英雄カティア”を頭の中で思い浮かべて満足していた。
(絵に描いた~なんちゃらだな)とジョーは思うが子供の夢を壊すような事は言わなかった。
「……カティア。知らないだろうけど船上の戦いは色々難しいからな。慣れてないヤツはすぐに死んじまうぞ」
「え~、私なら大丈夫です。任せて下さい」
(どっから来るんだ。その自信は……)
ジョーは自身満々なカティアを羨ましくもあり、歯がゆくもあり、複雑な心境だった。
【その前に、カティアは海賊達を退治出来るのか?】
ジョーの脇に立て掛けてあるスネークが尋ねた。
「勿論です、スネークさん。強くなってコテンパンにしてみせます」
【そうか……、カティアは簡単に考えているかもしれないが、それは『人を殺す』という事だぞ】
その、『人を殺す』という単語にカティアは止まった。
人を殺す。すなわち同種族を殺す行為。
この世界にある自衛権では山賊、海賊の撃退は罪にならない。賊に権利など無く、殺しても問題なく、反撃も許される。その為商人などはお抱えの冒険者や私兵を連れて目的地まで到達するのに雇い入れるのが常識だった。
しかし――スネークが問うのは『人を殺す覚悟の問題』の方だった。
「で、できるもん。ゴブリン退治と一緒でしょ?」
カティアは震える手で白湯を飲んだ。
「スネーク、まだ、その質問は早いんじゃないか?」
ジョーは焚火に薪を投げ入れ、間を遮った。
【そうか、お子様には早かったな】
「お、お子様じゃないから!」
カティアはすぐに反論する。
「カティア、みんな寝ているから。大きい声を出すな」
ジョーもすぐに注意した。
「ご、ごめんなさい」
カティアの言葉と共に、――しばらく焚火の音だけが空間に流れた。
カティアは俯き、白湯を飲み、ジョーは静かに時の流れを感じていた。
「し、師匠は、ひ、人殺しをした事あるの?」
カティアは突然に質問をした、おどろおどろしく。
「あるよ……」とジョーは素早く答えた。
その言葉にカティアはそっとジョーを見つめた。
ジョーは伺われていると知りつつも目線を逸らし、焚火の炎を見て話し始めた。
「初めて……殺した相手は“物狂いの剣士”だった。13の時だ。それから南部を出てカネを稼ぐために“傭兵組合”に入って戦場をまわった。ある国で騎士のような真似事もした。その時も戦に出ている」
「ど、どれくらい殺したの?」
「分かんないな……数えた事も無い。100や200じゃ足りない位だな。向かってくる者は敵として処理したよ……」
「そ、そう……」
カティアはそのまま押し黙った。
「カティア、冒険者をしていれば、そのうちに山賊とかに出くわす事もある。大抵の冒険者は多かれ少なかれ人を殺した事のあるヤツが多いだろう。俺みたいに傭兵崩れのヤツもいる。国の荒れていない平和なブリューシュ王国の方が少数だな。どこも国家間の問題は燻っている、戦禍を経験している奴も多い、それに種族対立や生活習慣の対立もある、本当に色々だ。殺し合う機会なんて1つ出てみればどこにでも転がっているもんさ。
……カティアはさっき魔物と同じだと言ったな。
だがな……経験から言わせてもらえば魔物退治と違った感覚がある。
ハッキリ言えば全然違う。人を殺す事で自分の感覚が変わってしまうんだ――」
――ジョーの言葉にカティアはゴクリと喉を鳴らす。――
「――いいか? 殺す事で、自責の念に苛まれ自ら死を選ぶ奴もいる……。殺される事で復讐心で変貌する奴もいる……。殺した後で快楽に取り込まれる奴もいる……。 そうだ、確実に何か変化するんだ。だから人を殺す時にはその覚悟をもってやるしかない」
ジョーはそこまで言って燃えている焚き木を火箸でずらした。
カティアはその間も押し黙っている。
ジョーが振り向くとカティアは少し身体を強張らせた。
「カティア、でもな……冒険者となったからには『命を取る覚悟と取られる覚悟』は必要だぞ、いいか? 魔物でも人でも対峙した相手と自分の『命は平等』だと思えよ。もし、そう思えなくなったら。そいつは、もう……何者としても生きられない」
ジョーはそのままカティアを見ていた。洞窟内に反射して映る顔は動揺の色が隠せない。
「……うん」と返事をするがそれが覚悟を持ってしている返事では無い事はジョーも理解している。
「そうか……」
ジョーはそう言ってカティアに近寄り、眉間の上におでこをグリグリと押した。
「なんですか、突然」とカティアは声を上げる。
「なに、怖くなってお漏らししないように安眠の“おまじない”だ」
ジョーははにかんだ笑顔を見せた。
「もう、子供じゃないですからいりません」
「怖くなって漏らされたら、たまったもんじゃないからな」
「漏らさないもん」
「分かんないぞ。急に怖くなるかもしれない」
「だ、だいじょうぶ」
「そうか、じゃあ、もう寝ろ」
ジョーは寝床を指した。
「わかりました……。でも、その前に、もう1回トイレに行ってきます」
カティアは再度ランプに火を灯し、外に駆けだした。
ジョーはカティアの行動を見て声を押し殺して笑った。
【やっぱり、カティアにはまだ早かったな】
「あぁ、でも……。いつか、選択を迫られる時がくるかもな……」
【そうなる前に守ってやれよ】
「わかってるよ」
【それならいい、お前はその事を理解しているから……】
「まかせとけ……」
ジョーはそのまま焚火の管理に戻った。
***
「おやすみ、師匠」とカティアは声をかけ。
ジョーも「あぁ、早く寝ろよ」返事を返し。
その後で再び本を読み始めた。
こうして、魔剣と共に夜の帳の静かな時間を過ごしていく。
今回の話は同種族を殺す覚悟の話と若干のジョーの過去をお送りしました。
同種族を殺す事。
アニマル的いえば繁殖期の戦い、自分の子孫の為に、他の種の子を殺す。などの『必要』な事で動物は行動しますが、他の時はそのような行動はしないそうです。つまり、種族的に無駄な殺生は避ける本能的行動をとるらしいのですが……。人間はどうなのでしょうね? と、すこし哲学的な内容です。




