暗殺者の手
アブラートは短剣を構え戦闘体勢をとった。
「きさまに敬意を表し、直々に相手をしてやろう」
そう言いながら短剣に魔力を流し、片手で魔術陣を発動した。
片手が淡く光を放ち魔力で何かやっているとジョーは魔力の放出を感じる
アブラートに何かを問い詰められてもジョーは無言だった。
蛇腹刀を水の剣の構えのままにして静かに力を抜いていた。
――何時、どのような時も動けるように。
「なんだ、声も出ない程、怯えているのか?」
「いや……。仕事中は無口で、決闘になったらベラベラと喋るヤツだと思ってな……そんな奴は大抵口先だけだ。ほら、来いよ。一撃で終わらせる」
ジョーは挑発するように余裕の笑みで笑う。
静かに心理戦で相手を乱そうとする生意気な口のきき方だった。
「生意気なヤツだ、若造が……思いあがるなよ。きさま程度の騎士など、これまでに43人殺している」
すると、ジョーの周囲に小型の球形魔術陣が無数に現れた、淡い光を放ち空中に漂っている。
(へぇ~、器用なヤツだな。魔術で攻撃範囲を狭めるヤツか?)
ジョーはそう思いながら真っ直ぐにアブラートを見ている。
小型、それも拳ほどの大きさの魔術陣に魔力が集まり速度も無くただフワフワと空中に漂っていることからそう判断する。
両者は対峙し、互いに動かない。
突然、アブラートは跳躍すると1つの球体魔術陣に足を乗っける。すると――「バンッッ!」――と激しい音と共に弾け高速移動を開始する。それも空中で器用に方向変換を繰り返しジョーの周りを飛び回り始めた。
激しい炸裂音がする中でアブラートは自身の必殺技とも言うべき『跳練籠陣』の中で冷静にジョーを観測する。
激しい運動をしているが、この動きには長く厳しい訓練で慣れている。
炸裂音で足音を鈍らせ前後左右上下を跳ね回る必殺技は、およそ暗殺向きではない。
その事を誰よりも理解している彼であるが――それでもこの技は、決闘という自分の趣味を満たす時に使う。
アブラートは闇ギルドに所属している。それも誘拐、恐喝、強盗、暗殺等の暗部を生業としている者だ。そこに至ったのは彼が幼い頃に何かあったと言う訳では無い。この世界で順調に育ち、挫折し、そして堕落していく内に、に殺人という快楽にほんのちょっと目覚めただけだ。
堕落の目的はカネであり、仕事に私情は挟まないようにしているが――このようにイレギュラーな事が起きた時に自慢の必殺技で向かってくる清廉潔白な騎士や腕に覚えのある冒険者を殺す事で多少の優越感を覚え、その死に顔を眺める事を趣味としている。
しかし、その趣味は本当に自分から起こさず、偶然が重なった時に限られていた。
アブラートは高速移動しながらジョーを眺めている。
(こいつは……強いヤツだ……)
そう分析する。それは勘だけでは無く、身体の動き、構えで大体の目安を自分の中で判断した結果だった。
そして、そこから相手の『刃圏』を正確に把握し、その外側を移動していた。
(だが……こいつは破れない。どんな奴も死角があるからな……)
アブラートの移動には相手の虚を突く事と音による結界。そして相手にとって不慣れな上部の攻撃も含まれ背後からも攻撃出来た。
(さぁ……。焦ったら、そこまでだ!!)
そのまま魔術陣を増やしていき、さらに動きを複雑化していくアブラートだった。
《刃圏》とは――剣による攻撃範囲。一刀足(移動+剣の長さ)の範囲で“間合い”とも言われる。
【ほう、面白い動きをするヤツだな】
「大道芸人にいそうだよ……。これで生活も出来るな」
【これじゃあ、ソコソコの腕しか無い。一発屋というヤツだな】
「無駄口は後にしろよ。“力”を貸せ。時間も迫ってる」
【あいよ……】
スネークと適当に会話をしてジョーに焦った様子は見られなかった。
ジョーは水の剣の構え(=中段)にしたまま動いていない。
器用に目を動かし、移動の気配を追っていた。
そして静かに『氣界』を張る。――《魔力の放出によって相手の探知する魔術に似ているが別物。ジョーの場合は、半径3,4メートルほどの薄く広い魔力を操作する》
アブラートはジョーの魔力の放出を感じる。それが無言の圧力である事も感じていた。
(ほう……なかなかの魔力練度だな……クククッ、久々の相手だ)
静かに気分を高揚させたアブラート。相手が死ぬ瞬間が最も興奮するときで、その時に感じる至福の快楽がある『相手より俺の方が強い』という原始的ともいえる野蛮な欲求が満たされる。
すると――ジョーは蛇腹刀を下げ、土の剣の構え(=下段)をとった。
その動きを見てアブラートは反応する。
チャンスだと――。
ジョーは焦り、動きを変えたのだと――。
アブラートにとってジョーの剣は厄介である。間合いの計れない剣とは間隔を狂わせる、特に近接攻撃を得意とする者からしたら間合いの誤差は死に直結するほどの大問題だ。
しかし、攻略法も見つけている。長く伸ばす事の出来る剣であるがゆえに、伸ばした時に隙も生まれる。
この紛れもない事実を掴んでいた。
そして――相手が剣を伸ばすしかない攻撃方法もアブラートには可能であった。
それは自身が持っている『幻惑幻夜の短剣』が可能にしてくれる。本物と同様の幻影を見せる魔剣(意思の無い魔導武器の事)だった。
ここまで切り札を隠し持つ彼は、ソレを発動する。
直前までコレを見せなかったのは長年の経験から勝負所を見極めての行動と言えた。
そのまま5人のアブラート(残像5名+本体1名)が薄らと形成され、瓜二つの姿をした幻影が出来あがる。そして、すぐに6方向から一斉に飛びかかった。
アブラートは考えていた。
(これなら剣を伸ばすしかない、それでは隙が出来る。そこに後ろから止めを刺す)
そして――思った通りに気配を消し、ジョーの後方さらに後ろ斜め35度から降下する。幻影いえばジョーから近寄って4体目という位置につけていた。
高速移動と炸裂音、気配を消し、そして幻影をみせて困惑しない者はいないと思っていた。
(殺った!!)
アブラートはそう思いなが近寄ると――ジョーが他の者達に目もくれず本体を看破しているような動きをみせて振りかえる。
その瞬間の刹那――目が合う。
交錯するとも言える瞳の交感に、アブラートは“どす黒い殺気と恐怖”が纏わりついた感覚を知る。
その時――アブラートはジョーと自分の力量差を計り間違えていたと感じた。
かつて――自身が若い頃に対決した大型の赤竜の瞳を彷彿とさせる異形の瞳でアブラートは見られていた。
その時の圧迫感と果てしない恐怖が身体を巡り縛り上げる感覚を思いだした直後。
意識はそのままに、身体は動けず――ジョーが下段からの斬り上げを行う動きを見た。
流麗な身体操術で間合いを詰められ、振られた大剣は切っ先をはしらせ、アブラートに向かっていた。
そして――そのままアブラートの腹部に薄らと魔力を纏った一筋の剣閃が通り過ぎる。
次の時には――アブラートは上半身、下半身が割かれ内臓と血を振らせ空中を舞った。
アブラート=ヤムチャ理論 ここに完成。
完全なやられ役です。




