第八十四話 <新しい枠組み>
青地に白い線が体の横、縦向きに一本付けれている長袖、長ズボンの麻の服。
胸には小さな、白い三角の模様がデザインされている。
これはヒーナが降ろされたとき、寝間着代わりに着ていたジャージを模した服だ。
最初にわざわざ同じ様なモノが作られたので、こちらの世界でも戦闘時以外の寝間着代わりに愛用していた。
ヒーナはそんな姿で寒さに肩身を縮めながら、手の甲が隠れるくらいまで袖を伸ばした拳で、木の分厚い扉をノックした。
「どうぞ!」
短くも鋭い返事が返ってくる。
内側から扉が開くと、ニッコリとしたセレナの微笑みがあった。
入ってすぐに目につくのは、金髪碧眼の少女がデスクに向かって、羊皮紙と砂版になにやら忙しそうに書き込んでる姿である。
そのデスクの上では、砂版の細かい砂が所々にこぼれ飛び散り、また、インクの墨もテーブルの上にパラパラと黒い模様をつけている。
中では、小さな暖炉とランプが暗い部屋を照らしているにもかかわらず、デスクの上には三本の蝋燭が立った燭台まで掲げてある。
ヒーナはふと、窓の外へ目をやる。
流れ落ちる雨水でガラスが歪み、暗闇の向こうまでは見えない。
「寝るところだった?」
羊皮紙に書き込みながら、エリーゼが無造作に話しかけてきた。
ヒーナは、給仕のセレナから熱いハーブティーのカップを受け取りながら、
「いいえ、眠れなくて…」
と答えた。
夕食会議はとても重かった。
ヒーナはその場で色々とフラン国の未来を模索した。
しかし、皆が平和に暮らせる未来をなかなか探し出せない内に会議は終わってしまった。
その事を考えて、なかなか眠れずにぼうっとしているところへ、エリーゼの部屋に来いと使いが来たのだ。
「丁度、軍の再編成の原案を練ってるところよ。あなたの意見も聞きたいの…」
そう言いながら、ヒーナの方をちらっと見る。
ベッドに腰掛けようとしていたヒーナは、そのシーツを、カップを持っていない方の手で伸ばしていた。
エリーゼはとくに気にもとめず、今のフラン軍の状態を説明し出した。
第一師団と軍全体の指揮権はエリーゼが握っている。
第二師団はレーリンが率いていた。副長はパトリスという中肉中背の武人だ。
第三師団はモーリスという快活な初老の武人が率いる。副将はミゲルというあまり目立たないが堅実な若い男である。
第四師団はその昔、ミツカイが率いていたが、今はそのミツカイはいない。
第五師団はゴルドが率いていたがポード国の東侵で亡くなった。副長のヴァンサンも今はヒーナの指揮下である。
第六師団はモナリの町を守備していたが、モナリの町は雪に攻められて陥落。その時に師団は解体した。
第七師団はブランという軽装の中年の男が率いる。だが、兵数は最低の一千しかいない。それは、第七師団が技術開発部隊であるからである。
第八師団はいわずもがな、ヒーナが率いている。
「…という状況。これで何が言いたいかと言うと、今のフランには将が足りないのよ…それで、第八師団で師団長に相応しい人はいないかと聞きたいの…」
ヒーナが作戦を考え実行し勝ち続けてきたのは、当然、その下にいる隊長達にそれを実行出来る優秀な者がそろっているからである。
人数が少なかった結成当時、各師団から優秀な隊長を集めて第八師団になった。
当時からいる優秀な隊長とは、ヤード、セルド、それにラグンの三人。
兵学校を卒業したてで成績最優秀者のガモである。
さらに、何故かヒーナに興味を持っていつの間にか師団の隊長になったベッヘル。
この五人の中の誰かを差し出せと、エリーゼは言っているのであろう。
ヒーナは暗い顔で答えた。
「いつもヤードさんには私が抜けてしまう細かいところを任せていますし…セルドさんは後軍として私たちを支えてくれます。ラグンさんは右軍として絶妙な動きをしてくれます。ガモさんがいないと私の策は成り立ちません…まして、ベッヘルさんは遊隊として作戦の要を担う事が多いのです…この中の誰かを欠いたら、正直、うまく戦闘できるかどうか心配です…」
その話を聞いて、エリーゼは顔を傾けてヒーナをみつめた。
「あら?それじゃ、左軍を誰に任せているの?左軍って重要でしょ?」
「左軍は時々で変わります。ヴァンサンさんとか、ロウさんとか…」
「じゃあそのハゲ親父なんかはどうかしら?」
ヒーナはエリーゼの、その意外な提案に驚いた。
ロウは元海賊であった男である。
「ロウさん…確かに、度胸もあって懐深い、人間っぽい人ですが…」
ヒーナは、あの地下牢にロウとローグ親子が入れられた時の、女神フランの言葉を思い出していた。
エリーゼはそんなヒーナの考えている事を見透かしたかのような目で、黒髪の少女を見つめてたずねた。
「最新のフラン軍の兵器を知ってる?」
「確か…バート国からの亡命者が持ってきた火薬の技術で開発した大砲ですよね?」
「さすがは飛耳長目の部下をお持ちの師団長様ね」
エリーゼは感心しながらさらにたずねる。
「じゃ、その大砲の弱点は分かって?」
ヒーナは頬に人差し指を当てながら考えた。
「戦場で大切な事はその場、その時に必要な兵力が有るかという事です。大砲は大きすぎて移動が困難。防壁なんかに備え付けて防衛には使えても、運んで行って攻撃に使うには不便。しかも、大砲は攻撃にこそ役立つモノ…」
うんうんとうなずいていたエリーゼは、少し微笑みながら言う。
「その通りよ。で、その弱点を一番簡単に無くせる方法があるのよ」
ヒーナは「馬車に乗せる?」と言うと、エリーゼが今度は首を横に振った。
「確かに、馬車も考えたわ。でも、一番は最近完成した蒸気船に搭載するの。そうすれば移動も攻撃も完全よ!」
エリーゼは少し興奮気味にそう言って目を輝かせた。
ヒーナはそう言われて、大航海時代の帆船にも大砲が積まれているのを思い出していた。
蒸気船に搭載すれば黒船の完成である。
「この前の海戦では戦わずしてブランは敗走したのよ。蒸気船をポード国に拿捕されない為には、賢明な対処だったわ。そこへ、この大砲を積んだ蒸気船で再戦するの。しかも、海戦に慣れている元海賊を師団長にして戦えば負けないわ…」
エリーゼの目は闘志に満ちていた。
ヒーナがそれに苦言をていする。
「でも…元海賊を師団長にして、しかも最新兵器を与えるってのはどうかしら?」
「現在四隻の蒸気船があるわ。それを操作するにも補給するにも、やっぱり蒸気船団には一千人くらいの兵力は必要よ。そうなれば、やはり師団として動いてもらわないといけないわ」
エリーゼの目は依然として輝いていた。
ヒーナはそんな様子を見て、
「何か腹案があるのですね…」
と言って、ハーブティーを口元で傾ける。
「そうよ。まず、第七師団を解散して技術開発部を新設するの。と言っても名称だけで中身は同じ。ブランにはそこの長官をしてもらうわ。これで、蒸気船の操船方法や大砲の指導に、技術開発部として、戦闘する師団に随行して補助できるようになるわ…」
エリーゼはコーヒーをすすってさらに語った。
「それから、第五師団をヴァンサン、第六師団をラグン、第七師団をロウ、第八師団はヤードに任せるわ。第九師団にセルド、第十師団にベッヘルをって考えてるのよ。悪いけど、ヒーナは師団長から外れてもらうわ」
それで、ヒーナの両眉が上がる。
「え…?」
そこで、エリーゼは微笑んだ。
「師団をまとめる元帥という位を新設するの。あたなたはそれで、好きな師団長を選んで戦闘に臨めばいいわ、どう?」
「それは…すごい!」
ヒーナの目も輝いた。
エリーゼはニヤリと微笑みながら言う。
「元帥は私とあなた、それにモーリスのおじさんね。これで三人に減った師団長を補う事ができるわ…そして元帥に相応しい人物がもう一人…」
エリーゼはニッコリと笑ってから、ヒーナを見つめた。
「行ってくれるわね、元帥殿」
翌日、昼前まで寝ていたエリーゼは、まとめ上げた軍の再編成案をフランとシャロンに見せ、概ね認可をもらった。
その内容は次のようなものであった。
第一師団長を、現第一師団副長の小ブリュノ、第二師団長を、元第二師団副長のパトリス、第三師団長を、現第三師団副長のミゲル、第四師団長を、現第一師団隊長の大ブリュノ、第五師団長を、現第八師団隊長のヴァンサン、第六師団長を、現第八師団隊長のラグン、第七師団長を現第八師団隊長のロウ、第八師団長を、現第八師団副長のヤード、第九師団長を、現第八師団隊長のセルド、第十師団長を、現第八師団隊長のベッヘルに任命する。
現第一師団長エリーゼ、現第三師団長のモーリス、現第八師団長のヒーナを元帥に任命、元帥は師団を指揮する者とする。
さらに補給師団長と技術開発師団を新設する。
補給師団長としてマルク、技術開発師団長としてブランを任命する。
内定している者には、すぐに報せが届いた。
デキャントの町に駐留していた第八師団の隊長達にも、この再編成案は届けられた。
「白波が…師団長?!」
ロウの見つめる手紙を、肩越しに覗き見していたファーゼが驚いて声を上げた。
「こりゃ…まいったな…」
ハゲ頭をポリポリとかいて、ロウは嬉しいような困ったような、微妙な顔をしていた。
「第七師団は先の東征で蒸気船団を率いていた。あんたに海軍の元を作れ、って事なんじゃないか~師団長殿」
同室で報せを受けたベッヘルがそう言って笑った。
ベッヘルはヒーナやラグン、セルドより一足先にデキャントへ戻っていた。
ベッヘル遊撃隊の機動力訓練を兼ねて、である。
同時にこの報せを首都プリスから持ってきたのもベッヘルであった。
「ワシには荷が重い、だろ?」
そう言うロウに、ベッヘルは笑いながら、
「それじゃ、オレも師団長なんてガラじゃないぜ~」
と返した。
そこで、また同じように報せを受けたヤードが言う。
「ともかく、これは第八師団の再編成会議どころではなくなったな…」
ベッヘルはそれに応えて、
「いやいや、第八師団の再編成ってのは変わりないだろ~」
と笑った。
確かに、第八師団隊長の殆どが師団長になっている。
「それぞれの師団長が副長や隊長を選んでよい、とあるな…」
ロウは何気につぶやいた。
そこで、ハッとした顔で三人はお互いを見渡す。
「元海賊は第七師団だ、文句ないだろう?」
ロウが先んじて言いたい事を言う。
ベッヘルは納得出来ないという顔をしながらロウに向かって言った。
「あぁ、それは構わんが…リンド、月陰の懐刀はオレの師団で活躍させたいねぇ~」
「待て、リンドはウチで副長をしてもらう。あんたんトコには、既に副長になるべき人間がいるだろう!」
ロウは抗議した。
それに対してベッヘルはニヤケながら応える。
「いやいや、第七師団長殿。クワイ軍には軍師という戦の知恵を捻り出す役目があるそうな。我が第十師団はそれに倣って軍師を設置いたすのですよ~」
リンドは地味で目立たない男である。決して背は高くなく、髪の毛も少しまばらで小太り、ぼくとつとした話し方で、決して女性にモテるタイプではないし、一見有能そうでもない。
しかし、口には出さないまでも隊長達は、彼の能力を大変評価していた。
言い付けたられた事は、裏方にまで手を回しておいて完遂させるし、普通気付かないその後の手当てもしっかりする上に、知恵も回るのだ。
その風貌からはうかがい知れない、頼りになる男である。
ロウはリンドを他に取られないように反論した。
「元々海賊だったのさ、リンドだって海の臭いが恋しいだろうよ?」
ベッヘルは息を吸い込んで言う。
「ファーゼの火炎弾部隊を持っていくだけでも結構だぜぇハゲ親父~。アルガじいさんだっているだろうがよぉ」
ヤードは、加熱して立ち上がりそうな二人の様子を見て口を挟んだ。
「第八師団から出る師団長は、補給師団長になられるマルク殿も含めてあと四人もいるのだ。二人で取り合っても公平とは言えまい?」
「うーん」とうなったベッヘルとロウは、腕組みをして互いを睨んだ。
そこでヤードは、
「リンド自身は何処に行きたいのだ?」
とたずねた。
「そうだ、本人がいるなら本人にきこう。さぁ、どこの師団だ?」
「リンドが行きたい方だ、恨みっこなしだぜ?」
ベッヘルとロウは、冷や汗をかいているリンドに詰め寄った。
どうしても何か言わないと引き下がらない雰囲気に、リンドは恐る恐る口を開いた。
「アッシは…補給師団がいいかなぁ、と…」
それで二人は天を仰いだ。
「あぁ、なんだってそんな所に?!」
「まったく、才能の無駄遣いだぜ?!」
すぐさま二人が文句を言う。
それを見ていたファーゼが、
「案外二人は仲がいいのかもね…」
と、つぶやいた。
その隣に座っていたアルガが、ふうっと溜め息をついて、
「頭の中身が同じなんでしょうなぁ…」
と呆れた顔をした。




