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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第七章 陰謀
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第八十五話 <北の辺境>

大地の緑が濃い。

ついこの間まで、枯葉枯草ばかりの茶色い大地であった。

しかし、今は緑が芽吹き、濃い緑と生命の息使いを感じる。

冬が終わり、草花も動物も目を覚ます春がやって来たのだ。


ヒーナがこの世界に降ろされ、そろそろ一年が経とうとしている。

馬での移動にも随分と慣れた。

こうして、休憩しながらも朝から夜まで一日走ると、疲れて股はガクガクいうのだが、それがそんなに辛い事だとは思わないくらいにはなっていた。

他に慣れたことは、野外で寝る事だろうか。


「ヒーナ様!今日はあそこで眠りましょう!」

やけに張り切っているのは、新しく近衛隊長代理に任命されたウォルドであった。


ヒーナより少し年上のこの青年は、降ろされた直後、帰ると言ったヒーナに抗議した元義勇兵の班長であった。

その後、大怪我を負った際にヒーナに近衛隊になって戻って来いと命令され、実際に近衛隊長代理にまでなった。


その少年近衛隊長代理が向かうのは、細い街道の脇に建っている大きな三階建ての建物である。

一階部分が一番広く、上階になるにつれて街道側が奥に少しづつ引っ込み、階段のようである。

その街道側は、剥げ落ちてボロボロの白かったのであろう面影を残す木造のテラスになっており、街道と反対側、建物の裏側は石が積まれた高い石壁になっていた。

造り自体が古いからか、その階段のようなたたずまいのせいか、建物自体が傾いているように見える。


「随分と古い宿だこと…」

随行しているヒーナ付きの給仕係ソフィアが、馬車から顔を出してそうつぶやいた。

すると、その隣の窓から顔を出しているジュリアも、

「カントアのホテルとはえらい違いだわ…」

と、なげいた。

馬車の横に馬を付けたヒーナは、そんな二人をなだめる。

「まぁいいじゃない?野宿するよりは屋根と壁がある方がいくらかマシよ…」




街道側の中央についている両開きの扉を開けると、

「ようこそ階段亭へ」

と、最初から愛想のいい亭主が出迎える。


「一番いい部屋は空いているか?」

ウォルドが交渉を始めたその隣で、階段亭という宿の中を見渡した。


一階部分はレストラン兼酒場だろう。

まだ夕食には早いという時間でも飲んでいる男が、カウンターやらテーブルやらにまばらに数人居る。


街道の正面中央に入口、入ってすぐ左手にカウンターがあって、ウォルドが今交渉中である。おそらく、会計はここだ。

カウンターは壁沿いに折れ曲がって続いていて、その先には調理場らしき扉のない大きな部屋につながっている。

そのカウンターの反対側、入って右手に木製で幅の広い、手すりの付いた階段がある。

が、ここからでは、階段の上の階の様子をうかがい知る事はできない。

珍しいのは、ランプを壁に掛けている革の紐だろうか。

階段のマークと共に、細かなオリーブのレリーフが象(かたど)られている。

宿泊の交渉が終わると、ヒーナ達は取り合えず三階のテラスの付いた南側の角部屋に通された。

部屋の中の壁も白く塗られていたのだろうが、こちらも所々剥げ落ち、残った所も日に焼けて白くはない。

八人は席に着けるテーブルが部屋の真ん中に置かれ、壁沿いに四つのベッドが並んでいた。

ベッドのシーツも煤(すす)けていたり、茶色い染みがついていたり、所々に小さな穴が空いていたりしていて決して綺麗なとは形容できない部屋である。

だが、今まで野宿だったり、もっと酷い宿であったせいで、それでも随分とマシに思える。

ヒーナは、荷物を置いてすぐに食事をし、湯で身体を洗った。

その後ベッドに腰掛けた途端に瞼(まぶた)が下がってきた。

ここ数日間の移動の疲れが出たのだろうか。

小汚ないベッドで深い眠りに付いた。




翌朝は晴れていたおかげて、ヒーナは三階の部屋のテラスで朝食をとる事ができた。

最上階のテラスだけあって景色はいい。

ところどころ低木の生える草地が大地の隆起に伴って、鮮やかな緑や深緑、うぐいす色、黄緑、青緑、薄緑など様々な緑色に広がる。

パンをかじりながら見下ろすと、街道に農具を担いで農作業に向かう人や、早くから宿を発つ行商人の姿がぱらぱらと見える。


階段亭の出す食事はそれほど悪くない。

朝には焼きたてのパンとじゃがいものクリームスープが出て、ヒーナは部屋の窓から出たところに設置されているテラスのテーブルで、スープにパンを浸けながらアクビをしていた。

丁度その時、部屋に伝令隊長のガモがやってきて、テラスに出てヒーナの隣までやってきた。

「アドリアンさんは見つかりましたか?」


ヒーナがたずねると、ガモはうなずきながら、

「えぇ。ここから宿の裏手、東側に一時間ほど馬を走らせた山間の村に居ました…」

と答える。


「見付かってよかったわ…」

と少しほっとするヒーナに、

「それが…いい噂は聞きませんよ?」

とガモ。


「それは、どんな?」

少し不安そうなヒーナに対して、ガモは自分が周辺の住民をたずねた時の状況を語った。


その昔、エリーゼが御使い降ろしで降臨する前に居たフランのミツカイ。

一人は第二師団を率いる緑のレーリン。

もう一人が、突撃師団長の異名を取るリュリュという少女であった。

その傍(かたわ)らに何時も居て、ミツカイをよく助けた青年兵がいた。

アドリアン、彼の名はそういった。

今では四十にさしかかろう。

当時は長身でがっしりした体つきの、両方の腰に手斧をぶら下げ、背中に長い鉄棒をかけた軽装の青年であった。

彼はリュリュの師団で、一般の兵士から副師団長まで登りつめたほどの男である。

弓矢の雨を走り抜け、手斧を投げては岩を砕き、鉄棒で頭を割るといわれていたのは、すでに二十年近く前の事だ。

その彼は、リュリュの死と共に忽然(こつぜん)と姿を消した。

第四師団長はそれ以降、誰も任命されず、兵士達は他の師団へ配属された。


そのアドリアンらしき姿を見たという情報は、失踪当初はちらほらとあったが、確認しに行った者はいずれも発見することが叶わずに戻り、やがて忘れられて今に至る。


その彼の今の噂というのが、「飲んだくれの酔っぱらい」であった。

嫁もとらず、働きもせず、ブラブラと徘徊しては賭事をして酒を恵んでもらい、時々家畜や畑のモノを盗んでは食べていると近所の者は言う。


偉大な副師団長殿だということと、相手がいつも酔っぱらっているということ、被害がそれほど大きくないということで、村人達は見て見ぬふりをしているというのが現状である。


「今さら何かさせるのは不適合かと…」

珍しくガモが自分の意見を言う。


「そうね…でも、ちゃんと会って決めるわ…」

ヒーナは少し困った顔でそう返事をした。


その時、北隣の部屋で寝泊まりしたセナがテラスに出てきて「おはよう御座います」と挨拶した。

今回、セナは近衛隊見習いとして隊列に加わっている。

セナ本人が兵士になる事を望んだのだ。

それを反対したヒーナに対して少年は、「大切な人が災厄に見舞われるのを、何も出来ないで見ているだけというのはもう堪えられない」と、近衛隊になる事を切望したので、ヒーナも渋々承諾したという経緯がある。


「おはようセナ。近衛隊はどう?」

ヒーナがそう声をかけると、セナは照れ臭そうに、

「早くモノになるように今は努力です」

と、答える。


そこに、セナよりまだ年上の少年近衛隊長代理のウォルドが顔を出した。

「これから二班に別れ、交代でここの周りを走ります。巡回と訓練を兼ねてですが、今日はいつ頃出立ですか?」


千切って口に入れる寸前のパンを持ったまま、ヒーナは少し考えて、

「そうね、朝食後すぐに出るけど、今日はまたここで寝泊まりするわ」

と答えて、また大きなアクビをした。


朝日は南向きのテラスにはまだ当たらなくて、少し寒い。

ヒーナは早く日の当たる場所へ行きたくて、パンとスープを頬張り、そのままマントを羽織って階段を下りた。


「ヒーナ様、お早う御座います!」

一階まで下りたところで、愛想のいい主人がカウンター越しに声をかけた。


「お早う御座います…」

と、少し驚きながら返すヒーナに、主人は少しくぐもった声で、

「ミツカイ様がこんな辺境まで来られるのは、あの飲んだくれの事ですかな?」

と、たずねた。

その顔からは、既に愛想のよさは消えていた。


「えぇ…。会って話しをしたくて…」

少し戸惑いながらも、そう返すヒーナに、主人は苦い顔で首を横に降った。


「そう言って出て行って、今まで会えた人は居ません…」


「以前にも…?」


「えぇ。もう十年近く前でしょうかね、あの男に会いに来た最後の客は。その時も、あの飲んだくれは姿をくらましたんですよ…」


「事前に誰か来るのが分かってた…と?」

ヒーナが小首を傾げると、主人も同じように首を傾げて、

「さぁ…でも、そうとしか思えないですな…」

と言った。


そこで、ヒーナは外へ出て、日の当たる街道を眺めながら日向ぼっこした。


温かい陽の光の中、人々の日常生活を覗き見しているような感を覚える。

朝食をとりに階段亭に来る老女、宿を出入りする行商人、それに農夫。


ヒーナはふと、

「ねぇ、ここはフラン国の北の端に近い場所よね?」

とたずねた。


後ろから付いてきていたガモが答える。

「えぇ。それが?」


このルーゴという地域は、首都プリスから北西に馬車で十日ほど行った場所で、近くに大きな町などない。

ずっと南に行くと、あの山賊に襲われた町ブルアがある。


「北は山の王、東には私が降ろされた時にいた神殿でしょ?あの荷馬車、荷物もあまりないけど何だと思う?」

ヒーナの問いに、ガモは少しばかり首を傾げながら、

「行商人では?」

と答えた。


「そうよね…じゃ、あの人は?」

と、ヒーナは続けて質問した。

ヒーナの視線の先には、背負い袋に山盛りの荷物をくくりつけて歩く中年男の姿があった。


「あれも行商人ですな…」


それでヒーナはガモを見た。

「さっき、テラスで朝食を食べてる時も、あんな格好の人がいたわ。ちょっと多過ぎない?」


「この辺りは革細工が名産品で、職人のいる村が西に少し行ったところにあります。そこへの行商人では?」


ヒーナはふんふんとうなずきながら、

「もしかしたら、それかもね…」

と、つぶやいた。


「それ…ですか?」

ガモがきき返したその時、

「近衛隊、揃いました」

と、騎馬のウォルドが、ヒーナの馬を引きながら報告に来た。


その馬にまたがりながら、少女は言う。

「とにかく西の革細工職人の所へ向かいましょう」


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