第八十話 <巨大な剣>
リーエン国の春の名物といえば桜の花であろう。
梅の散った後、気候がいい日が続いてから一斉に花開き、強い香りもない桜は、リーエン国の首都キヨトを静かに淡い紅色に染めている。
青い空の下、側面も地面も桜色に染まったキヨトの大通りを、一頭の真っ黒な馬が行く。
その上に乗っているのは、青黒い板金を紫色の組紐でつなぎ合わせた鎧に身をまとった少女であった。
長くしなやかな濃い茶色の髪を後ろになびかせ、額に三日月を戴いた青黒い兜をかぶっている。
背中に長い銃を背負い、腰に片刃の曲刀を吊るし、馬の脇に鞘を被せた長い槍を付けている。
目につくのは、その黒馬の後ろに続く、四騎の騎馬が牽いている台車である。
台車には、巨大な剣がゴトゴト揺られながら乗ってる。
その長さは五メートル、幅は一メートル程で、重さはそうとうありそうなのは、軋む車輪からも想像できる。
こんな剣は振り回すどころか、到底持ち上げる事も困難であろう。
「これが…シーア様…」
桜並木に集まる民衆は、シーアの姿に息を飲んだ。
背の高いシーアは、遠目には立派な将軍のように見える。
そして間近で見ると、意志の強そうな太い眉と大きな薄い青色の瞳、鼻筋がすらっと通っていて尖ったアゴ、白い陶器のような肌に凛々しい表情は、強そうでいて美しく、ついつい見とれてしまう。
さらさらと吹く風に桜の花びら舞い散る中、颯爽と先頭を行く黒いミツカイ、シーアにリーエン国の民はため息をもらした。
「シーア率いるリーエン軍第三師団は、首都キヨトを出てこちらに向かっています!」
伝令兵からの報告にまったく見向きもせず、サーヤはゆっくりとキセルを吹かした。
その代わり、ハラルドが伝令兵にたずねる。
「第三師団は、確かカンとかいう将軍の率いている?」
「はい。カン将軍も、ソゴ、ジュウビ、デンといった隊長達も、面子はそのまま第三師団です」
伝令兵はハキハキと答える。
足を組み、その上に頬杖をついたままのサーヤは、ふうっと煙を吐いてたずねる。
「数は?」
伝令兵が恐縮して、「三千です」と答えた。
今まで穏やかにキセルを吹かしていたサーヤは、それで眉間にシワをよせる。
「少ないな…こちらをなめてるのか?」
「もう兵がいないのではないですかね?」
ハラルドはそう言ってサーヤに微笑みかけた。
そんな小男を無視して、サーヤは伝令兵にたずねる。
「何日かかる?」
「早くて三日、通常は五日ですが、しかし…」
伝令兵が口ごもった。
その段になって初めて伝令兵を見たサーヤは、
「しかし、何だ?」
と、問いただす。
「はい。巨大な剣を運んでいまして…」
と、伝令兵はうつむき加減で報告を続けた。
「重さは数百キロは有ろうかという巨大な剣です。それを台車に乗せて騎馬四頭で牽いています。そんなのがあれば、到着は一日、二日は遅れるかと…」
その報告にサーヤは細長い眉を片方だけ上げる。
「それを使うとしたら、新しい兵器か何かか?」
「いいえ、兵器というよりは、祭事か何かかと…この時期、リーエン国では花見といって、桜を愛でながら寄り合って飲食をします。その祭事に出掛けるついでに、戦勝を祈願してどこかの祭壇に祈りを捧げるのかも知れません…」
「なるほどな。その時に神に奉納する…ん?まて、神はリーエン自身だろう?」
サーヤは不思議そうな声をあげた。
「えぇ、この国の神はリーエンですが…何かの儀式で巨大な剣を…」
伝令兵の言葉をさえぎるように、サーヤは冷静にたずねる。
「そんな事が今まであったのか?」
「いえ、ありません。ですが、本当に人が振れるような剣ではないのです…」
「もういい、下がれ!」
サーヤは面倒臭そうにそう言って伝令兵を追いやってから、キセルに紅い唇をつけた。
遠征中であるからだろうか。
皆やけに楽観的な部分、悲観的な部分が突出してきているように思える。
今、マルグ軍は全戦全勝で侵攻している。
この勝ちに、ある者は臆病になり、ある者は調子づいているのであろう。
「危険だな…」
サーヤは煙を吐きながら呟いた。
春の陽射しは穏やかにサーヤを包み込む。
陶器のキセルからはまろやかな香りと甘い煙が立ち込める。
遠くには農民が、首からかける手拭いで汗をふきふき田畑を耕している影が見える。
緑の芽が吹き出て、ツクシが顔を出し、タンポポやスミレが色とりどりの花を咲かせ大地を喉かに染めている。
真冬の寒い時期から進軍し、もう暖かな季節となった。
ここからもう少し南西へ行けばセキの町があり、その町を落としたところで、一時侵攻を止め、夏まで待とうかと思う。
サーヤはキセルから上がる煙をぼうっと眺めた。
煙の向こう、青い空の彼方には、黒い雨雲が見える。
これから、春の嵐を呼び寄せるような戦いになるのかと思うと、サーヤは思わずニヤけずにはいられなかった。
セキの町の東、南の山地から北へ流れて海につながるトウム川の東側にマルグ軍は陣取った。
この川はほぼ真っ直ぐに海へ向かう、流れが急な川であり、曲がっていない分、余程の大雨でもない限り氾濫する事は少ない。
ただ、そうであるが故に橋をかけることが難しい。
流れが急であり強い為、増水時には丸太や岩、土砂や人やなどが勢いよく流されて来る。
橋脚にそれらが引っ掛かり、橋を破壊していってしまう。
そこでリーエンの人々はここに流される事を前提の質素な橋をかけた。
平時は勿論普通に橋として使える。
しかし出水時には、橋脚は基礎を残して壊され、全て流されてしまう木の橋である。
資材は予め雨季などの前に備蓄しておいて、流されればまた出水の少ない時期に再建する。
人々はこれを「流され橋」と呼んだ。
そんな橋の東側の小高い丘に本陣を置いたサーヤは、まだ見ぬ黒いミツカイの能力について考えていた。
シーアというミツカイは、紫の紐で編んだ青黒い鎧を着て、いろいろな武器を持ってやって来る。
最大の問題はその中の一つ、荷馬車で牽いてまで持って来る大きな剣である。
そんなものは常人には振れない。
ならば何故そんなものを、行軍を遅らせてまで持ってくるのか。
武器として使うなら、彼女の能力は何なのか。
人を転げさせ、大剣を振る、黒色のミツカイ。
サーヤが眼を閉じて考えにふけっていると、
「サーヤ様、お呼びですか?」
と、彼女のテントに伝令兵長が入ってきた。
片目を開けてその姿を確認したサーヤは、何かいつもと違う気がして、ふと何が違うのか探してしまった。
何も言わず品定めするように見るサーヤに対し、伝令隊長は恐縮して報告する。
「先程まで剣の稽古をしてまして…その…兜を斬り飛ばされまして…ですから、こんなモノしかなく…」
マルグ軍の伝令兵は、赤い羽根飾り付きの緑色に塗られた兜を、伝令兵の象徴としてかぶっている。
兵士達はその目印で伝令兵だと分かり、彼らの発言に耳を傾ける。
それが今、伝令隊長がかぶっているのは、黒色の鉄の兜であった。
「相談したいだけだ。そんな重そうなもの、無くても構わないぞ?」
サーヤはそう言って、サーヤの向かいのテーブル席に座るように伝令隊長に促した。
「それが…失礼ながら、私も歳でして…」
と言って、黒い兜を脱ぐと、少し髪が薄くなった頭が表れた。
サーヤはそれを見て兜を外すとかなり雰囲気が変わって、誰だか分からないなぁと思ったが、出来るだけ顔に出さないようにした。
「それに…こう見えて、あの緑の兜より重くは無いのですよ」
サーヤは不思議そうにその兜に手を伸ばした。
確かに、質素で飾り気のない兜なだけあって、鉄で出来ていてもそう重くはない。
「なんだ、色のせいか…」
サーヤは、そう納得して伝令隊長に自分の考えている作戦を伝えた。
そして、伝令隊長がテントを出ようと兜を持った瞬間、
「あぁ!」
と、大声を上げた。
ビクっとした伝令隊長は、思わずサーヤを見つめる。
「だとしたら…そうか…そういう事か!」
サーヤはそう言ってニヤニヤと笑った。
シーア率いる三千のリーエン軍は、夜中にセキの町を出て街道を東側に向かう。
東にはトウム川にかかる「流され橋」があり、その先にサーヤ率いるマルグ軍五千が陣を張る丘がある。
マルグ軍は三千が丘の上の本陣を守り、丘の麓、北側に右軍一千、南西に左軍の一千が陣取る。
「何故五千全てがあの丘にいないのですか?」
シーアは小さな炎がいたる所でチラチラと瞬く丘を指差してたずねた。
「理由は数ですな…本陣が正面からあたり、左右の軍が挟み込む。そうすればこちらは半分囲まれます」
カン将軍の説明に、シーアは「なるほど」と納得した。
そして、
「では、どこから攻めても同じですね?」
と返す。
「違います。この場合、右軍一千をまずは攻撃、撃破した後に左軍と、順に戦力を剥いで行くのが常道です」
カン将軍の言うことに、うんうんと頷きながらシーアは、
「ですが、一千対三千の段階で、敵軍が黙って見ていますか?」
ときく。
「必ず左軍は動くでしょう。本陣から二千を出してこちらを囲い込むやも知れません」
そこから先は、さっきまでセキの町で作戦会議をしていた内容であろう。
「では後は手筈通り、ですね…」
シーアの顔は険しくなった。




