↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第六章 喪失
PR
77/131

第七十七話 <ぶつかる二人>

エリーゼは淡々と日々の仕事をこなしていた。

補給された物資の報告や細かな戦況を聞きながら、次々と運ばれて来る負傷兵に淡々と処置を施していた。


その負傷兵が途切れ、コップの水をガブガブと仰ったエリーゼが、ふとテントの片隅に追いやっていた青年兵を見付けて声を掛けた。

「あんた…昼前からそこに居たわね…」


片耳を押さえ、流した血が顔に固まってこびりついている青年兵は、

「はい…ソコに座ってろと言われたもんで…」

と、少し嬉しそうに答えた。


新しいコップの水を飲みながら、エリーゼは青年兵に手招きする。


青年兵が歩み寄ると、エリーゼの青い瞳が白く輝きだす。

手をのかせて耳を見ると、半分取れかかっていた。


エリーゼは白い光に包まれた右手をその耳にかざす。

耳はたちまち元に戻った。


「待たせて悪かったわ…これはそのお詫びよ」

そう言うと、背伸びをしてその青年の頬にチュッと軽くキスをした。




「何だか楽しそうだな?」

最前線に戻った青年に同僚がたずねる。


「あぁ…」

ぽうっとしたままの青年は鼻の下が伸びていた。


「エリーゼ様はそんなに美しかったか?」

同僚の青年兵がすねたようにきく。


「あぁ…柔らかかった…」

鼻の下を伸ばしたままの青年は少し夢心地であった。


「医療テントのベッドはそんなに柔らかかったのかよ!」

そう言って皮肉な笑みを浮かべる。


「重傷者が先だと待たされたが、ベッドには寝ても座ってもない」

青年は少し嬉しそうにそう答えた。


「じゃあ何がそんなに楽しいんだ?」

怪訝な顔で同僚の青年がたずねる。


「エリーゼ様が『待たせてすまなかった』と、頬っぺたにキスしてくれたんだ…」


「何だと!」

隣で聞いていた青年の所属する班長が声を上げた。

「貴様…正直に答えろ、どっちの頬だ?」

ゆっくりとそうたずねる班長に、青年は気圧されながら、

「左です…」

と答えた。


すぐに青年は同僚達に取り押さえられ、頬っぺたにキスをされまくった。


丘の上から兵士達が騒ぐその様子を見ていた大ブリュノは、大鉈を地面に突き立て、その上に両手を置いたまま身動(みじろ)ぎもせず、表情も一切変える事なく、

「ワシも怪我しようかな…」

とつぶやいた。


隣にいた伝令兵が思わず、

「奥様に怒られますよ」

と声をかける。


大ブリュノはその格好のままで、頬だけ赤くなった。




消耗戦は夕方まで続いた。

夕食の時間になると、どちらというでもなく、お互いが戦場を引き上げる。


夜、眠る間際になって、やっと治療テントを出たエリーゼは、自分のテントに向かい、何か言おうというセリナの口の前に手のひらを見せ、倒れ込むようにベッドに突っ伏した。


「セリナ…お腹がすいた…」

そうつぶやいて、しばらくベッドに倒れていたエリーゼは、ふと、テントの中に見慣れない光景があった事に頭が巡り、ガバッとベッドから起きてその方向を見た。


そこには、エリーゼの事務デスクと立派な椅子があり、椅子の上にちょこんとヒーナが腰掛けていたのだった。

その横には、ベッヘルが立っている。


「お疲れ様です、エリーゼさん…」

目が点になっているエリーゼに、ヒーナが声をかける。


「…えぇ…疲れたわ…でも、何であなたがここにいるの?!」

最後には驚きの叫び声になっていたエリーゼは、ヒーナが答える前にベッドにきちんと座り直した。


「エリーゼさん、この戦、ここら辺りで引き上げましょう」

ヒーナはズバリ本題を切り出した。


エリーゼは思わず立ち上がる。

「何ですって?!」


「ここで引き上げましょう。そうしないと、エリーゼさんも、強いてはフラン軍自体が持ちません…」

ヒーナは暗い顔でそう語る。

しかし、しっかりとエリーゼの瞳を見つめていた。


エリーゼは真っ直ぐにそう言われて、最初はヒーナが何を言っているのか分からなかった。


しかし、その内容を理解するにつれて、徐々に顔が紅潮する。

「何を言うの!」

エリーゼは爆発した。

「あなた、ずっと勝ってきたからって少々図に乗ってるんじゃない?!」


ヒーナはそれに反論する。

「図に乗ってようが乗って無かろうが関係ない!」


エリーゼは真っ赤な顔のまま、

「関係ある!調子に乗って余計な事をしに来たのでしょ!生意気な小娘、あなた一人で勝ってきたような顔をして!」

と巻くし立てた。


「そんな事思ってません!だいたい軍を率いる者が冷静な判断が出来ない時点で退却すべきです!エリーゼの負けよ!素直に帰ってレーリンの葬儀に出なさい!」


「何よ生意気な!そんな偉そうな顔で偉そうな事を言って!レーリンだって、あなたに殺されたようなもんよ!」

プイと顔をそむけたエリーゼは、「しまった」と、思ったがもう手遅れである。


涙目で何かを堪(こら)えているヒーナは何も反論しなかった。

そして、足早にテントから出て行く。

先程から困った顔をしていたベッヘルも、ヒーナに着いて出て行った。


それで、エリーゼはヒーナが座っていた事務机まで行き、立派な椅子にお尻を下ろして、机の上に不機嫌な顔で両肘を付く。


食事を運んで来たセレナが、

「エリーゼ様、今の言葉は…」

と言ったところで、

「分かっている!」

と無愛想に返した。


事務机に食事を置いたセレナを、エリーゼは黙って見つめた。


「何ですか?」

セリナは分かっていながら、たずねる。

青い瞳を真っ赤にしたエリーゼは、

「お願い…」

と言いながら、セレナの顔を覗き込んだ。

両手を腰に置いたセレナは、鼻息を吐いてから、

「それじゃ、食事を食べておいて下さいね…」

と言い付けてテントを出て行った。




夜風に当たりながら、ヒーナは少し考えていた。

夜空に輝く星々は、レーリンを失ったあの時のように美しく瞬(またた)いている。

確かに、レーリンが襲われたあの時、敵の奇襲を予想できなかったと問われれば、出来ないはずはないと答える。

シュルベル砦には外へ通じる抜け穴があると既に分かっていたし、敵の側に立てば、軍を動員してそちら側に気を引き付けるという手口は王道である。

ただ、普通は軍が迫って来る事を隠すだろうし、砦を攻略するような兵士が多く出ている時にはやらず、平時に命を狙う。

それがワザワザ攻撃のタイミングに合わせたのが、ずっと謎のままである。


しかし、ヒーナの目の前で高名なミツカイが殺された。

しかもその直前、そのミツカイは軍の気の緩みを指摘し、注意していたのだ。

まるで、自分の運命を見透かしていたかのような言動であった。


「ヒーナ様…悩んだって悔やんだって、レーリン様は生き返らないですぜ~」

ベッヘルがヒーナの傍にやって来た。


ヒーナは少しべそをかきながら、

「だって…やっぱり外(ほか)から見たら、私の不注意でレーリンさんが死んだように見えるんじゃない…」

とぐずった。


こんな様子のヒーナは、あのプリス城の謁見の間の下での宴会以来か、とベッヘルは思っていた。


「じゃあ聞きたいのですが…ヒーナ様は我らの働きに不服で?」


ヒーナはうつむいたまま頭を左右に強く振った。

「そんな訳ありません!皆、本当に頑張ってもらっています…」


「では、エリーゼ様はあなたの活躍に不満だと思いますか?オレはそうは思いませんぜ。期待よりよく働いてくれていると、あなたを頼りにしてくれているのですよ…」

ベッヘルの言葉に、ヒーナは少しだけ頭を左右に振っていた。


「ならなぜ…」

そう言って泣き出しそうな顔のヒーナをベッヘルはじっと見つめた。

「あなたを頼りにしているからですよ」


ヒーナはベッヘルの言っている事が解らず混乱した。

驚きと戸惑いの目がベッヘルを見つめる。

「どういう…こと?」


「ヒーナ様が頼れるという事です…」

と言いながらも、ベッヘルは頭をかいた。

長年戦場で暮らし、女の子の気持ちにはそれほど詳しくはない。

直感でそうではないかと思ったが、うまく説明できずに困っていた。


そこへ、エリーゼ付きの給仕係セリナが追い掛けてきた。

ベッヘルは少し困った顔でセリナを見る。

話が聞こえていたセリナは、ニッコリと笑った。

「子供はうまくいかない事があったら、母親に八つ当たりするでしょう。それと同じですよ。子供は母親が憎くてやってるんじゃない。母親を信頼しているからこそ、どうしようもない苛立ちをぶつけられるのです」


「私は…」

そう反論しようとするヒーナに、セリナは真正面で腰を曲げ、ペコリと頭を下げた。

「すいません…エリーゼ様も、そんな風に考えてはいないのです。レーリン様の死を伝え聞いた時、『ヒーナ様は何をしていたのだ』と批判する者がいました。それを聞いたエリーゼ様は『ヒーナは全力を尽くしたがレーリンを守りきれなかったのだ。お前は日々全力を尽くしているのか!』と、烈火の如く怒っておられましたのよ…」


そう言いながらセリナは、二人を先導して元来た方へ歩いた。

連れて行った方向はヒーナが連れてきたベッヘル隊百名ほどのテントとは正反対であり、その先は第一師団本陣、エリーゼのテントに隣接しているテントであった。


エリーゼは、その隣で泣きながら食事をしていたのだが、そんな事を知る由(よし)もないヒーナは、べそをかきながら先導されるままにそのテントに入り、テーブルについた。

そして、「戦場なのでこんなものしかありませんが」と言いながら、セレナが食事を運んで来た。


深い木の皿に入っているのはトマトとベーコンのスープである。

ベーコンの塩味にピリリと胡椒が効いていて、その全体をトマトのまろやかさが包んでいる。

パンは、今朝焼いたというライ麦の香り豊かなパンである。


「では私も失礼して…」と言って、セレナも自分の食事を持って来て、ヒーナの横に座った。


丸いパンをちぎってはスープに付けて口に運ぶヒーナに、セレナは話しかける。

「エリーゼ様はヒーナ様に少し嫉妬しておられます。お気づきですか?」


ヒーナは驚いて食事の手を止めてしまった。

「嫉妬?第一師団長でフラン軍の総司令官が…?」


「えぇ、嫉妬です」

きっぱりとそう言いながらセレナはパンを口に運ぶ。

「ヒーナ様が活躍されているとき、エリーゼ様はプリスにいて運ばれて来る負傷兵を癒していました。最前線が東西にあるのなら、その中央の首都プリスで負傷兵を癒そうと決められたのはエリーゼ様ご自身です。でも、それは足枷(あしかせ)を自分にはめたのと同じ…ヒーナ様の活躍を聞き、ミツカイとしてこの世界に来た以上、やはり大局ばかりではなく、戦場で実際の采配を振るいたいと考えておられたのです…」


ヒーナは意外なエリーゼの一面を聞いた。

「それであんなに…」


「それは違います」

ヒーナの言葉にはベッヘルもセレナも首を横に振った。


スープを掬(すく)ったスプーンを口に入れてからセレナは続ける。

「連戦連勝のヒーナ様に負けたくない、ヒーナ様にいいところを見せたいという一心から言い争いになっただけです。エリーゼ様はああ見えて、とても負けず嫌いですのよ」


そう言ってほほ笑むセレナに、つられてヒーナも少し微笑む。

ああ見えても何も、最初から負けず嫌いにしか見えない。


「じゃあ退却する様に言ってもらえますか?」

ヒーナは少し不安そうにセレナに頼んだ。


それに笑顔を返してセレナは、

「きっと、もう退却するよう決断はされてますよ」

と答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。