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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第六章 喪失
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第七十四話 <西から東へ>

ヒーナ率いるフラン軍第八師団は、クワイ国南東端の主要都市チチェンに進軍、到着後すぐに白金の力で門の南側の壁を消し去り、二日目の朝に門の北側を押し流した。

これで、チチェンの町の東門が倒壊し、門の開閉が意味の無いものにした。

その後、弓による攻防が少しばかりあったが、三日目の朝、チチェンの東門前からフラン軍の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。


それを報告に来た伝令兵に対して、ガンリョは屋根の上に寝転びながら、面倒臭そうに「ご苦労さん」と返事をし、手をひらひらさせて追い返すしていた。

寝ている場所は、軍の事務施設が集まる建物の、四階の屋根の上である。

この凸型の建物は、チチェンの町の真ん中にあって、東西南北の町並みが見渡せるし、陽当たりもいい。

春の柔らかい陽がやる気のないガンリョの眠気を誘っていた。


伝令兵と入れ違いに軍師テムがやって来た。

屋根の上を危なっかしい足取りで、ふらふら歩いて来る。

「こんなトコで寝ているのか…」

テムは半ば呆れながらつぶやいた。


「首の治療中だぞ~」

白々しくガンリョが答える。


それにテムは、鼻から溜め息をついた。

「岩落としのミラ様が本気でひっぱたいたら、治療なぞしなくても良かったのになぁ…」


「テム!」

諌めるような口調で語気を強めるガンリョは、むくっと上半身を起こして、「最近…俺に似てきてないか?」と皮肉に微笑んだ。


「決して願望じゃあない。ただの仮定の話ですよ、軍団長様」

そう言って真顔になったテムは、

「それより…」

と話を切り替えた。


「あの白金のミツカイ…あの力は恐ろしいな…」

テムは関心しながらそう言うと、ガンリョの隣に腰を下ろした。


「銀のミツカイ、雪の侵略を退け、砦に籠った雪を倒したんだぞ…さもありなん、だ…」

ガンリョはそう言ってまた寝転び、片腕を目の上に置いた。

二人の間を春の突風が吹き抜ける。


「あの小娘の裏をかいて追撃するか?」

テムがふと、思い付いたようにガンリョにきいた。


「ダメだ、行かせてやれ…」

そう言うとガンリョは寝転んでいる足を組んだ。

そして、

「俺達が葬儀に参加出来ないのは、処罰の一つなんだから…」

と不貞腐れたようにつぶやく。


「やはりあの小娘はレーリンの国葬に出る、と?」

テムはそうたずねてガンリョを見た。


ガンリョは相変わらず寝転んで目の上に腕を乗せているので、表情はわからない。

だが、その態度のままだが、返答はする。

「その為の準備が、チチェンの門を壊すこと、なんだろう?」


テムはそんな態度を気にするわけでもなく返答した。

「あの凄まじい力で門まで開けておいて、何故に何もせずに帰るのか…」


「テム…常識人のお前は、軍を動かすという事は何かを奪おうとするか、敵の暴力に対抗しようという事だという、その常識に囚われ過ぎだ…」

寝ころんだまま顔も見ずにガンリョが放言する。


少しムッとした顔のテムは、

「じゃあ、何を目的に軍を動かしたと言うんだ?」

ときいた。


「結果からいうと、目的を達成する為、壁に穴を開けに来たんだよ、あの娘は…」


「この町を奪いに来た訳でなく?」

テムは解せない顔でガンリョを見る。


「そうだ、俺のしようとしていた事を考えろ…」

相変わらず腕を日除け代わりに顔にのせて寝転んだまま、口だけを動かすガンリョを見ていると、まるで重病人である。

だが、言っている事は重病人のそれではない。

少なくとも脳ミソは軍師以上に目まぐるしく動いているようだ。


「まさか…あの小娘はそれを読んでいたと?」

テムは少し驚いてきき返す。


「そう考えれば合点がいく。だから壁だけ壊しておけばいいんだよ」

ガンリョが隠している目を凝視したテムは、「うーん」とうなった。


フラン国が今回活発に軍事活動をしたのは、何を目的にしていたかも分かっている。

シュルベルの泉周辺の奪還はついでであった。

フラン国の西に主力である二人のミツカイを送り込んだのも大きな陽動作戦だ。

作戦の本質はフラン国の東、ポード国のへの侵攻である。

蒸気船とかいう最新の船を使い、沿岸部の制海権を握り、それを軸に内陸部を攻める。

そうしてまずはポード国をつぶして、天下三分を実現しようというのであろう。


しかし現在、現実問題として、二国のミツカイが同時に亡くなったという事実がある。

少なくとも、現在最も大きな国であるクワイ国がジルの国葬を盛大に行うという事までは推測を越える揺ぎ無い事実だ。

そうなればもう一方のミツカイの死も含めて、全ての国に二人のミツカイの死が知られてしまう。

当然、レーリンの死を各国に知られたくなかろうが、フラン国はそれを隠す事が出来ない。

そうなればフラン国も時期を遅らせたりせず、すぐ国葬を執り行う事になる。

しかも、早くても遅くても不味(まず)い。

軍事的、政治的理由から国葬はなるべく二国共に同時期がいい。


かつて世界四ミツカイと言われた高名な緑のレーリンが死んだ。

彼女はこの世界で一番長く居るミツカイだとも言われていた。

その国葬ともなれば、沢山の弔問客が国中から集まり、首都プリスはまるでお祭り騒ぎになるであろう。

それだけの国民が集まり、それだけの規模のものならば、国の顔とも言えるミツカイは、最低でもどちらかが出席せねば精彩を欠く。

エリーゼの場合は東方面に侵攻中で、ネストの町を陥落させたという情報もある。


レーリンの死を知ったポード国は必ず攻勢に出るであろう。

例え雪を失ったという噂が本当だとしても、フラン国内の軍の再編成を行う必要がある不安定な時期に、動かない手はない。

それを防ぐためにエリーゼは東に残る可能性が高く、葬儀の出席は難しいだろう。

だとすれば、ヒーナが葬儀に出る。


葬儀の前には当然、ヒーナはプリスへ移動する。

白金の力と、軍師のような戦略眼を持った恐ろしい相手がここから居なくなるのだ。

前の戦闘で多数の兵士を失い、クワイ軍にとって軍を動かすのは苦しい。

しかし、フラン軍もそう思っている筈で、そこに司令官が不在という事も相まって、大きな隙が生じる。

シュルベルのみならず、デキャルトの町を攻略する機会到来ではないか。


そう考えて、ヒーナがプリスへ移動した後に出撃しようと準備を命じていた。

そこへ、逆にヒーナは攻めて来たのだ。


「チチェンの町の門や壁を壊して置けば、そのまま出撃できず、それを修復しなければならない…」

テムはつぶやいた。


「もう一つ…何もせずに退いたのだ。門を壊しておいて、あのヒーナが、だ。普通は、どこかに潜んでいて、追撃に出たところ、チチェンの町に入る、とか考えるだろ?」

ガンリョの口調はこの状況を茶化しているようにも聞こえる。


「それくらいは、私でも思い付く…つまり、時間稼ぎか!」


ガンリョは、顔の上に乗せていない方の手の人指し指でテムを指差し、「ご名答~」と言った。


テムはまた鼻からため息をついて、

「そこまで分かっていて、じゃあ何故出撃しない?」

とたずねた。


「テム…俺の考えを読んだヒーナが、全部読まれた上で追撃するかも知れない、と考えてないとでも思うのか?」


テムはその言葉に反論しようとした。

でも、ガンリョの言う通り、確かにその可能性もある。

両腕を組んでうなることしか出来なかった。


「あいつは金貨の袋の中に偽物を一枚入れた。そのおかげでどれが本物かわからなくなったんだよ。そんな時は、買い物をするのを辞めて、じっとしていればいい…」

ガンリョはそう言うと、大きなあくびをした。


初春の陽射しは少し暑いくらい暖かく、強い風も少し温(ぬる)くなって心地いい。

間もなく、二人の男の頭脳は考える事を停止して、春の気持ちよさに身を任せる事にした。




ヒーナはシュルベルの泉の防衛に元第五師団のゴルド兵を中心にした第八師団の一千名を置き、指揮を私兵団長のヴァンサンに任せた。

そして、近衛隊長のマルクや、第二師団の近衛兵達を引き連れて、急いでデキャルトの町まで引き返した。


デキャルトの町では、第八師団副長ヤードや、ロウ、ファーゼ、リンドといった元海賊の隊長を中心に守備を任せて、ベッヘル遊撃隊、後詰めのセルド、馬面のラグンといった元々のフラン兵を従え、第二師団であった兵士、隊長達を引き連れてプリスへと急いだ。


先行したヒーナがプリスへ戻ったのは、国葬の予定日が一カ月後に決まったその日であった。


「なぜ…」

ヒーナは絶句した。


色とりどりのガラスがはめ込まれた窓があるせいで、謁見の間の入り口付近は幻想的な様相を呈している。

その奥の中央にある豪華な椅子に座する女神フランは、暗い灰色のドレスを着て暗い顔をしていた。


ヒーナの言葉に、女神の隣にいた第一執政のシャロンという老婆が答える。

「我等は戻って来るよう要請をだしたのですよ、ヒーナ殿…。それを拒み、ポード国侵攻を望んだのはエリーゼ殿自身なのです…」


少し眉の両端を下げたヒーナは、

「ではせめて、ポード国侵攻が終わるまで国葬を待てませんか?」

とたずねた。


「それはできません」

キッパリと答えたのはシャロンではなくフランであった。

フランはそのままヒーナの足元あたりを見るように視線を下げた。


第一執政がフランの言葉を継ぎ足す。

「クワイ国が国葬をすれば、いずれレーリン殿の死も各国に知れ渡る。その時にこちらも葬儀をしていないと、国としての体裁を保てないのだ…。つまり、戦争中であるにも関わらず、大義礼節を知らない国だと言われ他国から総攻撃に合う危険、反乱分子の活発化、住民の反発を強める危険など、いろいろな弊害があるのだ。特に、ポード国であった町を支配下に治めたばかりのこの時期、暴動などの可能性もある…」


ヒーナは何となくは分かっていたが、そう言われてちゃんと理解できた。

「なら、エリーゼを連れ戻して来れば、国葬に参列しても構いませんか?」


「それはもちろんです」

フランはヒーナの質問が終わるのを待っていたかのようにすぐに答えた。




その日の夜、久しぶりに自分の部屋へ戻ったヒーナは、そこへベッヘルとセルド、ラグンを呼んだ。

四人は狭い部屋の中で、小さな机を挟んで密談をし、翌日の昼にはベッヘル遊撃隊三百、セルド、ラグンの率いる騎兵二百と共に、プリスを出発。

小雨の降る中、一団は東のポード国へ向けて馬を走らせた。


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