第七十話 <銃の重さ>
トモイ山の斜面で二人のミツカイは、対峙していた。
一人は紫の鎧を着た背の低い色黒の少女、霞のケイ。
彼女が短銃の銃口を向けているのが、斜面の上側にいる赤い鎧兜のミツカイ、黄金のサーヤである。
「サーヤ…もう弾はないわ…」
ケイは唇を噛んでそう言うのだが、銃口をサーヤに向けたまま、下ろしはしない。
その状態でじわじわと後退りする。
サーヤも弾がさっきの一発だけなのか、まだあるのか確証が持てない。
霧の中で離れ見失わないように、ケイが下がった分、前に出て距離は保つが、詰める事は出来ないでいた。
「さすが交渉事は得意なだけあるな…残弾があるかないか、まるっきり分からない…」
サーヤはそう言い放ち、ニヤリと笑った。
「ある」と言い張って銃口を向けたまま、もしくは、「ない」と言って銃を下げたなら、サーヤは迷わず突っ込んだ。
だから、「ない」と言って銃を下げないという行動は、どちらがハッタリなのか分からないばかりか、その奥に秘策を臭わせる。
サーヤが突っ込めない理由はそれであった。
「その得意な交渉が、あなたにはいっさい通用しなくてよ?」
ケイは一筋の汗を流して下がり続けた。
慎重に間を詰めながら、サーヤはたずねる。
「わざわざ高い山に布陣せず、低い方で待っていたのは、霧に紛れる為だとして…あの使者に何の意味がある?」
後ろに下げた足で地面を確かめながらケイは、
「使者もなく、私達がここへ布陣していたら、貴方は何も気にせずに西進したでしょ?」
と答えた。
「その為に綺麗な顔をした男が一人、犠牲になったのか?」
サーヤはにんまりと笑った。
「怯えながら挑発する相手は、蹂躙したくならなくて?」
ケイは笑顔でたずねるも、目の奥は全く笑っていない。
「ここに誘い出す為に…あの男は余程運がないのだな」
「あんな顔して、結構な罪人なのよ」
「なるほどな、だから監視付きだったのか…あの黒い三人の内、一人はお前だな?」
サーヤは相変わらずにやけながらだすねる。
ケイは驚きを隠せなかった。
敵軍の大将であるミツカイが少数の護衛しか連れず目の前にいる。
この赤い鎧のミツカイは、それを知っていながら何も手を出さずに返したというのか。
「簡単に分かるさ。お前の事をたかが小娘などと侮る政治家は騙せても、少女の皮をかぶった詐欺師だと知っていれば騙されない…」
サーヤはそう言うと、「あっ!」と声を上げて、「だから霞…掴み所がないから霞、か…」と得心した。
その様子は白々しくも見える。
「それより貴方、四ミツカイと恐れられた内の一人、青龍のエミーを倒したのでしょう…嬉しい?」
ケイはそうたずねながらも、後退りを止めない。
サーヤは眉をしかめて、
「嬉しい?そんな訳ないだろ笑わせるな。目標の遥か手前だ」
と吐き捨てた。
そして、ケイを睨み付けながらフフッと笑って、
「そうか…青龍も大変だったんだなぁ…こんな戦下手のミツカイしか同僚がいないのだからな…」
と、つぶやいた。
さらに、
「外交もロクに出来ない、内政もロクなものではない。お前の能力はいったい何なんだ?」
と苦笑いしてたずねた。
「私は、…リーエンはバート国と良好な関係だったわ…私達の努力よ!」
ケイは足を止めて反論した。
「そのバート国は滅んだ。クワイ国にやられたんだ。だとしたら、何故クワイ国に媚びを売らない?クワイとマルグ、東西の両方を相手にするのか?」
サーヤは嘲笑う。
「バートの避難民を受け入れているのよ!クワイ国は彼等を虐殺しているの…」
ケイは足を前に踏み出して怒った。
「何故無視しない?自国民より他国民の方が大事なのか?」
「見過ごせないからに決まってるでしょ!避難民の受け入れが何故リーエン国民を大切にしない事になるのよ…」
前のめりに反論する。
サーヤはすごく冷たい目でケイを見下した。
「分からないのか?笑わせるな。避難民を入れれば治安は悪くなるだろ。新しい文化を認めると元の秩序が乱れる。元々生活に困っている難民の中には犯罪者も少なくないだろう。避難民と共に住む地域の人間はたまったものではないだろうな。みんな仲良く、平穏無事に済むとでも思っているのか?」
サーヤの言葉に、ケイは「ぐっ」と反論を飲み込んだ。
確かに、元の住民からは難民の評判は良くない。
さらにマルグのミツカイは追い討ちをかける。
「大国に媚びを売り、相手を飲み込める所、大きな痛手を負わせる所で手のひらを返す、なんてよくある話だろう?お前は外交にあたっていてそんな事も出来ないのか?」
呆れた顔のサーヤは悔しそうな顔のミツカイを下に見ながら、
「外交も失敗、内政も不安定にさせた。これは、お前の罪だな」
と、吐き捨てるように言った。
ケイは、白目を赤くし鼻に深いシワを刻んで、赤い鎧兜のミツカイをにらんだ。
パン!パパン!
すぐ近くで銃声が響く。
刹那、サーヤの目の前から、涙目で睨み付けるケイの姿が霧に溶けるように消え失せた。
「フッ」とサーヤが笑う。
あの怒り様では、逃げたとは考え難い。
必ずサーヤを襲うであろう。
釣り上げた。
そうほくそ笑んで、サーヤは近くの太い木の幹に背中をつける。
すぐにマントと兜を脱ぎ、ベルトに忍ばせている短剣を幹に突き刺して身を屈めた。
霞のケイの力は瞬間移動。
しかも見える範囲内での瞬間移動である。
ワザワザ霧の中でケイにぶつかったのは、サーヤが狙ってやった事だ。
勿論偶然や運に依るところも大きい。
だが望み通りの状況になると、すぐにサシでやり合えるように部下を動かした。
この状況は銃の有効性である射程距離をなくすと共に、ケイの瞬間移動の範囲も限定する事ができる。
瞬間移動はケイの見える範囲内でしか出来ないという情報は入手していた。
それは先程の戦い方を見ても間違いない事だろう。
いや、今なら、そんな能力の制限などどうでもいい。
霧の中、ケイは必ず見える距離にやって来る。
大木を背中にした今、表れる場所はサーヤの右斜め後ろから正面、そして左斜め後ろの範囲内であろう。
そして、枯れ葉の積もる足元、重さは消せない。
現れた瞬間に、必ず枯れ葉や枯れ草を踏む音がするはずだ。
問題は、この銃声や怒号、悲鳴の騒音の中で、その僅かな音を聞けるかどうか、である。
サーヤは耳に集中した。
ケイは、もうすぐ成人になろうという年なのに、ひどく内向的で人付き合いの苦手な少女であった。
幼い頃から厳格な父に虐待同然の躾を受けて育ったが為に、人の機嫌を見るのは得意であった。
その為に、友達がいない訳ではない。
内気で自分の気持ちを外に出すのを躊躇う分、人をよく観察し、他人の怒りや喜びを洞察する力を養い続けていた。
だから友達とでも、その力を使い続けて仲良くする事が出来ていたのだ。
よって、空気のような存在と言われ、除け者にされるでもなく、いじめられるでもなく、特別仲がいい友達と楽しくやるでもなく過ごしていた。
そんな気の休まらない日常での唯一の楽しみは、まだ見ぬ世界の事を記した書物を読み、新しい世界を知ること。
それで、世界中の人のいろいろな習慣や、思考の多様性を学んだ。
この世界に降ろされてそんなケイの才能は開花し、外交に内政に活躍する事が出来た。
同時に、感情を表に出す事の重要性、自分の意見をしっかり持ち、相手に伝える事の必要性を悟った。
当時、バート国が良質な火薬を精製する技術を持っていた。
青龍のエミーが銃を開発する為にその技術を欲しがり、バート国との交渉を任された。
バート国は技術の提供と引き換えに、リーエン国の西端の領土を欲っしたが、ケイは巧みな交渉をして、いくばくかの金品と交換までに値切った。
この時、彼女は自分の才能というものを自覚し、リーエンの為にその力を尽くす事を決意した。
青龍のエミーが亡くなり、国にたった一人のミツカイとなった今、マルグ軍の西侵を防ぐ為、久しぶりに軍の指揮を取る事になった。
もし、エミーが元の世界に帰ったならばと、以前から覚悟をしていた事である。
だが、自分の身体にぴったりであるにも関わらず、鎧は重くて着辛く、短銃の引き金に指をかけて銃口を人に向けるのも、とても重く感じる。
しかし、あの赤い女の暴言には怒り、身体が自然に打ち震えた。
ケイがどれだけリーエン国の為に粉骨砕身努力してきたか、どれだけクワイ国との外交に精力を注いで来たかを見も聞きもしない者が、結果だけでその存在を断じるなど許せない。
ケイは一旦霧の中に消え、銃の弾を込め、何回か瞬間移動をしてサーヤに近付いた。
うっすら霧のかかる向こう、木のような影の前に、赤い塊が見える。
あれは間違いなくサーヤだ。
赤いマントと兜であろうか、木にくっついているところを見ると、背後を木に預けて襲撃に備えているところか。
短銃を腰のホルダーにしまい、背中からもう一本の短銃を引き抜く。
念の為、もう一度瞬間移動をして近付くやいなや、木の赤い塊に向けて短銃を発射した。
パン!
乾いた音と硝煙の臭い。
直後に「パシッ!」という木の的に弾が当たった様な音。
ハッとしたケイは首を振って霧の中のサーヤを探した。
それとほぼ同時に、木の根元で何か黒い塊が動いた。
次の瞬間、身体の中に金属が入って来る冷たい感覚と鋭い痛みが襲う。
ケイの喉元にサーヤの短剣が刺さっていた。
「単純な囮にひっかかりやがって…」
サーヤはぼやきながら倒れるケイに歩み寄り、投げた短剣を引き抜く。
驚愕の表情をして涙を流す紫鎧の少女を見下した。
「言い残す事があるなら、聞いてやろうか?」
ケイは唇を動かしながら、霧が晴れつつある南の空を指さした。
「ん?」
何か罠ではないかと様子を確認してから、サーヤもその指先の空を見上げる。
霧が消え去り、青く晴れた空の彼方に上空から黒い柱が下りていた。
それは、すぐに消え去り、何もなかったかのような青空が残った。
サーヤは足元に転がる少女の、鎧の胸元を掴んで乱暴にゆすり、
「言え!どこのミツカイだ!」
と叫んだ。
ケイは黒い瞳をうるませ、フフと微笑みながら、かすかな声で、
「これで…リーエンはまだ…戦える…」
と囁き、小さな光の粒になっていった。
サーヤは軽くなった紫鎧を捨てて立ち上がると、黒い柱の立った空を見上げながら舌を鳴らして、
「…厄介な置き土産をしやがって…」
とつぶやいた。
その数時間後、マルグ軍はトモイ山を再占拠した。




