第五十四話 <分かれ道>
十日後、故郷へ帰った兵士達が戻って来て、第八師団は全員が揃った。
そして、エリーゼ率いる第一師団四千、ヒーナ率いる第八師団三千は、首都プリスを発った。
二つの師団ともに進路は南。
歩兵と物資は、試走運転が終了した蒸気機関車に乗せ、騎馬兵はそのまま馬を走らせてガガリアへ向かう。
そのガガリアで第七師団と合流し、作戦会議後を行う。
何日間か滞在後、第一師団と第八師団は、第七師団と共に何艘もの大型船に乗り込んだ。
第一、第七師団が乗り込んだ五隻の大型船は蒸気船で、帆船とは比べ物にならないくらい速い速度で、しかも風向きに関係なく進める。
燃料は石炭や木炭、薪などを使っている。
黒い煙を上げて風に逆らって進むその黒い姿は、まるで海上を移動する巨大な砦であった。
ヒーナは帆船の甲板上でそれを眺めながら、二つの師団とは反対の、西へ向かった。
――― エリーゼさん、願い事を叶える事ができるような活躍を祈っています… ―――
ヒーナは煙を吹く巨大な蒸気船の一団を見送った。
今回のヒーナの任務、それは緑のミツカイが率いる第二師団と合流し、旧領シュルベルを奪還するというものだ。
レーリンの駐留するデキャルトの町はフラン国領の最西端にある。
そこからさらに西へ二日程行軍した距離に、シュルベルの泉という綺麗な湧き水を湛えた泉があり、周辺には村がある。
そこはかつて、フラン国領であったが、今はクワイ国に占領されてしまっている。
これを奪還する事が、長い間フラン国の持つ命題の一つであった。
船で西へ三日ほど航行し、港町サンチェルに到着。
船酔いを癒す為にサンチェルで二泊し、陸路で北西方向へ三日かけてデキャルトの町にたどり着いた。
ツタが這い茂る緑色の外壁。
デキャルトの町の姿が他の町と全く違う所は、この緑の壁に覆われている事である。
緑のミツカイ、レーリンは植物を意のままに操れる。
その彼女が守る町の壁が植物に覆われているという事自体が、侵略者にとっては脅威になるし、威嚇にもなる。
だが、一歩町の中入ると、その賑わいに目を奪われる。
中央通りは石畳に覆われ、左右には街路樹が植えられており、銀杏の並木道になっている。
その並木の下を大勢の人や馬車が通り過ぎ、雑踏が喋り声をかき消す。
街路樹の向こうに商店があるのだが、木のおかげで見え辛い。
そのせいか、夜になると大通りの真ん中に露店が出て、毎夜、祭りのように賑わうそうだ。
ヒーナの到来に、立ち並ぶ銀杏の間にびっしりと人が押し寄せた。
両脇で白金のミツカイへ歓声を送る民衆の大通りを通って、町の中央にある広場へと行軍する。
広場には、数十名の兵士と共に、ミルクコーヒー色の肌をした背の高い少女が待ち構えていた。
彼女は中央に緑色の宝石をはめ込んだ冠を戴いた様な兜をかぶり、緑色のマントを羽織っている。
遠目にもそれが緑のミツカイ、レーリンであろう事がうかがい知れる。
「ようこそ、デキャルトの町へ。私は第二師団長のレーリンです」
その緑のミツカイはそう言ってヒーナを兵士の宿舎へ招き入れた。
厩舎へ馬を連れていき、宿舎への兵士の部屋割り、自室への荷物の運び入れや整理をしていると、あっという間に辺りが赤く染まり、陽が落ちた。
開けっぱなしのドアをノックしながらチュニックに着替えたレーリンがヒーナの部屋を訪れた。
「とりあえず、もうすぐ夕食の時間だけど…あなたの給仕係はまだ調理場の確認もできてないようだし、一緒に夜店に行かない?」
後ろで長い黒髪をくくった背の高いチュニック姿は、少年にも見える。
「夜店…見てみたいです!」
ヒーナは目を輝かせた。
「よかったわ、じゃあお勧めのお店があるのよ」
両手を合わせて小躍りするレーリンに、ヒーナは思わず微笑んだ。
「じゃあ私も着替えますね…」
それを聞いたレーリンが後ろ手に扉を閉める。
そして、着替えようとするヒーナを横目に、
「…ところで、今回は二方面作戦って聞いてる?」
と、ベッドに腰を下ろして足を組みながらたずねた。
「はい、主目的はこちらではないと…」
ヒーナは革鎧のベルトを外しながら答える。
「エリーゼが主力って事でしょ…なぜあなたが主力にならなかったのかしら?」
レーリンは着替える最中のヒーナをじっと見つめた。
「それは…」
少し言い難そうなヒーナ。
「ポード軍に対してはあなたは今のところ無敗。むしろポードの天敵って感じなのに、なぜ相性がいいあなたをわざわざこちらに差し向けるのかしら?」
小首を傾げてそう言うレーリンに、ヒーナの着替える手が少し遅くなった。
そんなことはお構い無しに喋り続ける。
「それとも、あなたがそろそろ負けるって読んでるのかしら?あるいは…」
そこまでレーリンが言ったとき、その言葉の先を遮るように、ヒーナが、
「レーリンさん…」
と話しだした。
「ん?」と小首を傾げる茶色い肌の少女。
「レーリンさんは、この世界で手柄を立てて叶えたい願い事があるんですか?」
ヒーナはそう聞きながらもレーリンの方を見ずに革鎧を脱いでいた。
「あら、初対面なのに込み入った事をきくのね?」
ホホホと笑いながらそう言うレーリンは、続けて、「あるわよ」と答えた。
「私の故郷は外国に侵略されているの。植民地ってやつね…その祖国の独立が願いよ」
レーリンはあっけらかんと話した。
「独立…」
「そうよ。支配国の奴らが好き勝手してね。両親が殺されたんだけど、そいつらは支配国の奴らだからって何の処罰もなし、白昼堂々と当然のようにのさばってるのよ」
「だったら両親の命を…」
ヒーナの言葉に、にぃっと笑ったレーリンは、
「両親が生き返っても、今度はもっと酷い方法でまた奴等に殺されるかも知れない。両親以外の他の人が酷い事をされるかも知れない。そうは考えられなくて?」
と、言葉でヒーナの口をふさいだ。
「悲劇を繰り返さない為には、元を断たないと…」
そう言ってベッドから立ち会がると、給仕係の服を着たヒーナの背中のボタンを留めた。
そして、
「さ、おいしいもの食べにいきましょう!」
と明るく言って扉を開けた。
外は陽も落ちてすっかり暗くなっていた。
他の町では陽が落ちるとすっかり往来は静かになるのだが、この並木道の大通りには厚着をした人たちがたくさん行き交い、ガヤガヤと騒がしい。
並木に吊り下げられたランプがぼんやりと大通りを明るく照らし、通りの真ん中に出ている店もランプを灯して看板を出している。
それらは分厚いガラス越しに見る温かなリビングのようで、これからそこへ行くのだと思うと、期待でワクワクと胸がふくらんだ。
レーリンはヒーナを連れてスタスタと人混みを歩いて広場から西へのびる大通りへ向かった。
西側は食べ物の店が多いのか、甘いバターの香りや、香ばしい肉の香りが胃袋を刺激してぐうぐう鳴かせる。
「ここよ」
しばらく歩いたレーリンは、そう言って一つの屋台を指差した。
露店なので調理の様子まで丸見えだ。
湯の沸いた大きな寸胴が火にかけられ、その隣には炭の入った網焼き、炎を上げている台車の上の釜戸があり、釜戸の上でフライパンを振る太った親父がいる。
まだまだ寒いのにこの太った親父は前掛けに半袖のワイシャツ一枚という姿であった。
「何の店ですか?」
ヒーナが聞くと、ニィっと微笑んで、
「親父、チーズ大盛りで二つ!」
と、答える代わりに怒鳴るようにそう注文した。
店の親父は返事も返さないで黙々とフライパンを振る。
玉ねぎ、人参を刻んだ具材が油の跳ねるフライパンに乗せられ、そこへ寸胴から茹でたパスタが入れられる。
そこに大きなスプーンですくったたっぷりのケチャップと、塩、胡椒を放り込んでかき混ぜ、全体が赤く染まったら麺は完成だ。
ふちが欠け黒ずんでいる使い古した楕円形の白い皿に、大きなフォークでくるっと巻かれたその赤いパスタが盛り付けられる。
隣にある網焼きの上に横たわり茶色い焦げ目が格子状に着いた腸詰めが一本、その上にまるまる乗せられ、さらに粉チーズがドッサリとかけられる。
お金と引き換えに木のフォークが渡されると、お腹が空いていた事もあり、腸詰め、パスタと順に無言で頬張る。
ケチャップは味付けというより酸っぱい風味付けと色付けなのだろうか、味にそれほど強烈な印象を残さない。
それよりもモチモチとしたパスタのボリューム感と、チーズのまろやかさ、たまにガリッと噛み砕く胡椒の辛味、それに腸詰めから出る肉汁が混ざり、お父さんの大きな手で頭をワシワシと撫でられているような幸福を感じる。
「どう?いけるでしよ?」
レーリンは口の中のパスタを噛み噛みそうたずねた。
「はい、すごく美味しいです!」
ヒーナが即座にケチャップを飛ばしながらそう答えると、レーリンは満足そうに微笑んだ。
この優しそうなミルクコーヒー色をしたミツカイも、同じような幸福感を得る為にこのケチャップパスタを好んでいるのだろうか。
口の周りを真っ赤にしながら、幸せそうな笑みを浮かべて一心に口とフォークを動かす少女の横顔を見つめて、ヒーナはそう思った。
翌日、第八師団は移動疲れのある兵たちに休暇を出し、ヒーナと第八師団の隊長達が、第二師団の隊長達と共に会議を行った。
ヒーナが泊まる部屋の丁度真下、二階の会議室に集まる。
大きな細長いテーブルの一方の辺に第八師団、もう一方の辺に第二師団の面々が並んで座る。
第二師団の面々の中に、あの近衛隊志望の少年兵ウィルズもいた。
「早速だけど、コーヒーの冷めない内に話しを進めるわね」
レーリンはそう切り出すとフラン国の現状を話し始める。
大局的な作戦として、フラン国はポード国を攻め取り、クワイ国と同じような国力を保持する事に重点を置きたい。
その為にはどうしても、手薄になる西側に何らかの手を打っておく必要がある。
そこで、先にこちらから打って出て、相手の出鼻をくじいておこうというのが今回、ヒーナがここへ来た理由である。
牽制と実利を兼ねて、シュルベルの泉付近の旧領を奪還しようというのだ。
フラン国の西側は現存する五ヵ国で一番の大国クワイである。
このデキャルトの町の西にあるシュルベルの泉付近には一万近くのクワイ軍兵士が駐留している。
恒常的な駐留軍はおよそ五千ほどだが、冬季になると倍増してデキャルト攻略に動き出すのが常であった。
今駐留しているのはクワイ国第四軍団長イフサンで、質実剛健な大男だ。
さらにその西、砂漠の中にあるオアシスの町チャントには、後軍としてさらに一万の兵が控えている。
この後軍を率いるのが、炎の異名を持つミツカイ、ジルであった。
戦略の大きな流れとしては、まずはシュルベルの敵を殲滅して制圧、そしておそらく出てくるであろうジルをシュルベルを拠点にして戦って追い返すというものであった。
会議の部屋には重い空気が流れていた。
こちらの手勢はフラン軍第二師団が五千、第八師団が三千である。
合計でその倍以上の敵を討ち果たすことになる。
誰も軽々しい発言ができるわけがない。
目的が目的なだけに、敗退し、もし万が一、デキャルトの町が落ちるような事態になれば、フラン国の国体に大きな影響を与えるかも知れない。
作戦会議は慎重に、何回も行われた。
三日後、陸路で移動していた第八師団付きの商人たちが追い付いてデキャルトの町に入った。
それを待っていたかの様に、第二師団五千を残したまま、フラン軍第八師団三千はデキャルトを出陣、南西へ進撃した。




