第五十五話 <林と森の間>
デキャルトを出て一日目、南西に進む第八師団は、小川を渡河し、枯れ草の荒れ地を越えて、林の中に入った。
天を突き上げるようなフラン国の旗を掲げて行軍する。
赤、白、青の三色の縞模様の旗は、向かい風にバタバタとなびいていた。
この林の南には魔物が棲むというシュエットの森がある。
林と森の間には、小さな池と草地が広がり、高い木々のない、広い天然の公園のような空間が広がっていた。
フラン軍の第八師団は、その草地に入って陣を敷いた。
「フラン軍第八師団は、シュエットの森の北に入った模様!」
そう報告する伝令兵の前で、銀色の鎧を着てどっしりと構えた男は「うむ」とうなって、腕組みをして考え込んだ。
ここはシュルベルの泉に程近い砦にある軍の会議をする為の部屋で、伝令兵を囲むように椅子が並んでいる。
中央の椅子はとりわけ大きく、革張りで肘掛けや背もたれも細工が施されていて立派である。
その右側と左側に、一列に並べられた椅子五脚は、中央のものより立派さに欠けるが、どれも背もたれと肘掛け、それにサイドテーブルが付いている。
「第八師団のミツカイの技は、手から光を出して何でも消し去るとか?」
向かって右側の一番奥に座っている鉄の鎧を着た太った男がそう言うと、また中央の銀色の鎧の男は腕組みをしたままで「うむ」と、うなった。
この、銀色の鎧を着て腕組みをしている褐色の肌の大男が、クワイ国第四軍団長のイフサンである。
うなる軍団長を差し置いて、太った男の向かいに座る細身の男がたずねる。
「三千か…第八師団に間違いないのだな?」
革鎧の上からローブのような衣服を纏った、細くて背が高く、狐目が鋭く睨んでいた。
伝令兵は、「顔までは見えませぬが、白い羽根付きの兜に白いマントの少女でした。間違いなくヒーナかと…」と答える。
「緑のミツカイでないなら、森に入ったとて怖くはないですな。しかし…」
その細身の男が首を捻る。
「その白金のミツカイなら、何故まっすぐ西に進んでここへ向かわず、わざわざ南西のそんな所に陣を敷いたのでしょうな?」
そう言う狐目の男に、向かいの丸く太った男が怪訝な顔をする。
「それを考えるのはテム殿、軍師たるあなたの役割ではないのか?」
不機嫌そうに言い放つ太い男に、ひょろっとした狐目の男、テムという軍師は反論した。
「ですがグウロ副将軍殿、あなたも少しは考てはいかがかな。何も考えずに突撃ばかりしていては、いつまで経ってもデキャルトの町は落とせますまい」
黒い鉄の鎧を着た、丸い太った男はグウロという。
クワイ国第四軍団の副将軍である。
このグロウという副将軍は、何週間か前に、九千を率いてデキャルトに向かったのだが、何も出来ずに戻ってきたのであった。
それで、狐目の軍師の言い種に「ぐう」とうなって何も言えなくなる。
邪魔者を黙らせたテムは言う。
「まず、敵は我らより明らかに小数です。チャントの後軍まで合わせると、我らが倍以上。何の策もなしに仕掛けるとは思えませぬ。その上で、第八師団はこれ見よがしにデキャルトに入っています。航路で西進し、陸路で北上というやり方、まるで我々の目の前を横切っているかのようです。そこまで第八師団が来た事を印象付け、しかもまた横切るかのように南西に進む。何もないと思えませぬな…」
グロウ副将軍の隣に座る鉄の鎧を着た顎髭の長い男が、
「何が言いたいのですか、軍師殿?」
と待ちきれずに口を挟む。
「その第八師団にはレーリンの親衛隊長マルクの姿があるという報告があります。さらに、ヒーナは前のイヌガル戦で、東西南北同時に出現して敵を欺いと聞きます。つまり、今のヒーナは別人…ヒーナに扮したレーリンだとすればどうです?」
テムという狐目の軍師は、そう言い放ちながら立ち上がった。
「うむ…合点がいくな!」
中央の将軍イフサンが思わずうなずいた。
「我らを誘い出し、森の手前、林に入ったところで殲滅する…」
それに呼応して、
「草や木の枝でがんじがらめにして、か…」
「白金と見せかけて緑のミツカイ、なるほどな…」
と、副将軍以下の将達が口々に感心した。
「しかし、…ならば何とする?」
イフサンのこの一言で、場にはまた重い沈黙が漂った。
「一つは、火を放ち、敵の得手である地形を崩す策があります。手前の林さえ何とかすれば良いのです。シュエットの森まで焼かずとも敵の得手は封じ込められるでしょう」
「敵が動かなければな。目の前の林が焼失するほど焼かれているのに何もせずにじっとしているとは思えん…」
グロウはそう言いながらサイドテーブルに置かれているカップのお茶をすすった。
「でしょうな。焼くだけでなく、次の手の為の第一手として使うのがいいでしょう」
軍師テムはたじろぎもせずにそう言うと、自分も扇で口元を隠しながらサイドテーブルにあるお茶で口を潤した。
そして、
「もう一つ策があります」
と、細い目をさらに細めて得意気に続けた。
「フラン軍の目的はおそらくこのシュルベルでしょう。ならば、敵の動きを封じればいいのです。四千の兵を率いて林の北に布陣します」
「うむ、それで?」
イフサンがたずねる。
「それだけです」
と得意気な顔の軍師テム。
「は?」
思わず顔をしかめる武将達。
「それだけで何もしないのです…いうなれば、敵の行動に蓋をするという事ですかな。こちらが動かなくては向こうは数の上で劣勢、林でなければ地形の利も得られない。そうなると手出しが出来ません」
皆、一様にテムの策にうなずいた。
「つまり、何かしそうなフラン軍三千に対して四千で蓋をしておき、そのまま何もせず戻ればよし、もしデキャルトの本隊が出て来るような事態になれば、こちらは残っている六千で当たる、という事だな?」
イフサンがそう合点した。
「はい、いずれの場合も数の上では勝りましょう」
テムは自慢気に扇をゆっくり仰いでいた。
すぐにシュエットの森の北へ向け、四千のクワイ軍が出陣する。
それを率いるのは、第四軍団副将のグロウであった。
黒髪を後ろで束ねた若い隊長がやって来た。
青いマントの背中と胸に、白いトンボの紋が入っている。
「ヒーナ様、敵が思惑通りこの林の北側に陣を敷いています。数はこちらより少し多い四千ほどです」
設営中の大きなテント前にいるヒーナにそう報告する。
「クワイ軍が乗ってきたと見るべきですか?」
報告を受けたヒーナは隣にいる副長ヤードにたずねる。
「現状では何とも言えません。ただ、第一段階は成功ですね」
ヤードは微笑んだ。
「相手の戦術を確めながら戦うなんて、ミツカイ様らしくないですなぁ~」
自部隊のテントの設営が終わったのか、ベッヘルがやって来て、そう呑気に言い放つ。
「あら?確かめるのは重要な事ですよ」
ヒーナが少し顎を上げ、ツンとして反論すると、ベッヘルは、
「そうではありませんよ~。そんな何もかもを引っくるめて策に乗せる、元々見てる次元が違うのが、本来のあなたの姿でしょう~?」
と、言ってウィンクした。
ヒーナはムスっとした表情で、
「そんな超人ではありません」
と答えた。
「それに…今回は敵の動きに合わせなくてはなりません。乗ってもらわなければ…」
ヒーナは微笑みもせず、林の向こうにいるクワイ軍をにらんでいた。
フラン軍の第八師団はその林と森の間に二泊した。
しかし、クワイ軍が攻めてくる様子はない。
そこで、朝な夕なと立ち上る炊事の煙を徐々に減らしていった。
さらに、兵士達になるべくテントの外へ出ないように命令する。
そして徐々に南方、つまり森の方にテントを設営し、北側の林の方には空のテントをそのまま放置した。
その一方で、フラン軍の旗の数を徐々に増やし始める。
天を突くような十メートルにも及ぶ巨大なフラン軍旗を、一日に一本づつ増やして行った。
「注進!フラン軍四千、デキャルトの町を出撃!まっすぐこちらへ進軍中!」
伝令兵が飛び込んで来る。
身を乗り出してイフサンがたずねる。
「誰が率いているか?」
「緑の宝石の兜、レーリンかと思われます!」
それを聞いたグロウは、
「軍師殿、策略は外れですかな?」
と嘲り笑った。
この副将グロウは、林の前に陣を敷いていたが、対峙するフラン軍の異変を感じ取り、伝令兵に任せずに自身で意見を述べに来たのであった。
嘲笑された軍師テムは、涼しい顔で、
「何をか言わんや。策とは千変万化するもの、敵の動きに応じて変えれば良いのです」
と言う。
副将グロウはムッとして、
「ならば南、シュエットの森にいる第八師団の旗が増え、テントが閑散としているのはなんと説明する?」
とたずねた。
それで、大将であるイフサンも前のめりになる。
「そう、それが問題だ!つまり敵はここに参集していると言いたげだが、実際は減っている。なら減った兵は何処へ行ったのか?」
軍師テムは奥歯で何かを噛み潰したような顔で、
「敵がそう公示し、事実と異なるのは、そこに策が潜むからです。問題は策ではありません、敵の目的です」
と前置きして、話しを続けた。
「敵の出撃に合わせ、我々は当然シュルベルを出て迎え撃ちます。砦に一千残すとして、その数は五千になるでしょう。敵は仮に第二師団全兵力で来たとしてもその数は五千。これでは互角です。しかし…」
テムはそこで、「ゴホン」と咳払いをしてなおも話し続ける。
「そこへ、南の森の前に布陣していると思っていた第八師団が加わると…」
全員があっという顔になる。
誰かが、
「こちらが五千に、フラン軍が八千…」
とつぶやいた。
不敵な笑みを浮かべたテムが続けて説明する。
「敵が倍とはいかないまでも、こちらにとってかなり不利な数になります。そこで我々を敗った後、森の北にいる四千を倒し、シュルベルに入る…」
イフサンが「う~む」とうなりながら、声を上げる。
「敵の目的は我々の兵力を分断する事にあったと!」
それに大きくうなずいた軍師は、
「はい、ですから森の北に置いた部隊も合流させ、一緒に第二師団レーリンを討ちましょう」
と自慢気に言う。
イフサンは満足気にうなずいた。
シュルベルの砦はにわかに慌ただしくなった。
三騎の騎兵が砦から出て南へ向かった。
その小一時間後、ポツリポツリと兵が出始め、兵数がそろった所で東へ進軍する。
クワイ軍は砦に一千の兵を残し、第四軍団大将イフサンが五千を率いて出撃、西進するレーリンのフラン軍第二師団と、岩ばかりの荒れ地でぶつかった。




