第四十七話 <御使いの光>
冬の空は、端ほど白く、頭上ほど濃い水色にグラデーションしている。
雲一つ漂わない快晴であるが、日に照らされていてもなお寒い。
稲を刈り取った根の束が残っている乾いた田を挟み、北の小高い丘に陣取るリーエン軍は二千である。
対して南の小さな丘陵地に陣を張るのはサーヤ率いる五千のマルグ軍である。
この丘陵地は小さな丘がいくつも寄り集まったような地形で、丘の間は小川がちょろちょろと流れたり背の高い枯草で覆われたりしている。
出来るだけ集まりたかったが、リーエン軍が陣取ったような大きな丘はなく、一千ほどの数に別れて、五つの丘の上に陣を敷いた。
北側の丘のふもとは田であるだけあって、この丘陵地から小川が流れ込んでいる。
エミーの水の力を考えると、とても谷部分には布陣出来ない。
一千がやっと宿営できる丘は、前方に二つ、後方に三つという配置になる。
当然、他の部隊が陣を張る丘に囲まれた真ん中の丘に、サーヤは本陣を張った。
地形といい、布陣といい、この場所には当然ながら罠と策を感じる。
ユードの町という守るに適した好所を出撃して、わざわざ待ち受けるだけのことはある。
マルグ軍は、何かしらあると分かっていながらも、こうするしかないジレンマを抱える事になった。
マルグ軍の布陣が終わった頃合いを見計らって、すぐにリーエン軍が動き始める。
まずは、リーエン軍が布陣する丘の南側の斜面に銃騎兵が集まって一斉掃射、北東の丘にいる八百ほどの部隊を狙い撃ちした。
そこの部隊長は黒い鎧の男、ヘルドであった。
彼は銃撃を嫌って、丘の南側へ後退した。
そこでリーエン軍は進撃を開始。
千の銃騎兵隊で北側からその丘を登る。
弓矢はマルグ軍の陣を張った丘同士からではギリギリ届かないが、銃弾は殺傷能力を持ったまま届く。
なのでマルグ軍は陣を離れなければ助ける事は出来ない。
「お得意の各個撃破が始まったな…」
赤い羽根を付けた緑兜の伝令兵を前に、サーヤはそう言ってニヤリと笑った。
「竹の束を盾にして後退しろと合図を送れ!」
そう言ってから椅子に足を組んで座り、右手を手のひらを上にして横に出す。
給事係の少年がそこへ陶器のキセルを乗せた。
サーヤは満足げに煙を吹くと、
「見え透いた策だな」
と高笑いした。
銃騎兵の威力は相変わらず凄まじかった。
しかし、竹の束を盾にしているせいか、兵が逃走するほどまではいかず、猛攻を何とかしのいでいる。
ヘルドの部隊を退け、マルグ軍の陣の内、北東の一角を占拠したリーエン軍は、そのまま南側に位置する、東のマルグ軍部隊に襲いかかった。
同じように南の斜面に下りていき、銃撃を仕掛け、マルグ軍が反対斜面に後退したところで丘を占領する。
そこで、最初の北東の丘に、先程退けられたヘルドの部隊が戻り、再占領した。
その様子を見たサーヤは、思わず立ち上がって
「ヘルドのヤツめ、しくじったな!」
と怒鳴った。
急いでキセルの背中を叩いて火を落とし給事の少年に手渡すと、自分の白馬にまたがった。
そして緑兜の伝令兵に向かって、
「全軍突撃!敵本陣の丘を占領しろ!」
と言い放って馬の腹を蹴った。
「どういう事です?!」
慌てて馬に飛び乗って着いてきたハラルドが聞く。
「わからんのか?!あれでは挟み撃ちになるだろ、全滅だ!」
つまり、南側の丘を占領したリーエン軍の遊撃隊が、きびすを返して北へ射撃を行うと、再占領したヘルドの部隊は北へ逃げざるを得なくなる。
北へ下がると、リーエン軍の本陣に背中を晒すことになり、銃撃を受ければひとたまりもない。
リーエン軍はこうやって一隊づつ潰していく作戦なのだろう。
それをさせないためには、銃という強力な兵器をもろともせず、数的優位を保っている早い内に決着をつけるしかない。
他の兵士も、総司令官が丘を駆け下りるのを見て急いで追随する。
サーヤの本陣は丘を駆け下りた。
赤い鎧の少女が出撃したのを見た他の部隊も、一斉に丘を駆け下り谷間の田んぼに下りて突撃を開始した。
竹の束を盾にした者達が先を走り、その後にマルグ軍が続く。
これに驚いたのはリーエン軍の方だった。
こんな早い段階で突撃の命令を下す決断の良さ、度胸の大きさ。
エミーのみならず、リーエン軍の全員が、サーヤの指揮能力を過小評価していたと言わざるを得ない。
マルグ全軍は丘を下り、谷底の田を渡って、リーエンが布陣する小高い丘に迫り来る。
ヘルドの部隊は遊撃隊と交戦中だ。
サーヤは田の手前で馬を止め、
「それでいい…」
と満足気につぶやいた。
すると、にわかに方々の馬がいななく。
馬をなだめようと、ふと下を見ると、地面がボコボコと沸き立つように、田の土が泡立っていた。
何かと思ってよく見ると、田の底から、水が湧き出て来る。
足下は田んぼの土。
乾いていた田はあっというまにぬかるみに変わる。
当然、馬も人も足を取られ、転び、移動の速度は激しく落ちる。
足の止まったマルグ軍に、丘の上のリーエン本陣から銃弾が飛んで来る。
「水のミツカイ!エミーの仕業です!」
と、小男が叫ぶ。
ハラルドの言うことは当たり前だ。
こんな事はミツカイ以外に誰ができるものか。
サーヤは細身の小男を無視して、
「なるほど、上手い使い方だ…。直接的に兵を殺傷するだけが能じゃないという事か…」
と、感嘆して思わずつぶやいた。
「サーヤ様、あの畦道を通って行きましょう」
ハラルドが指差すのは、田の中を通る細い道である。
そこには水が湧き出ていないし、ぬかるみもない。
だが、サーヤはニヤリと笑った。
「その必要はないな」
と言うと、手綱を引っ張って、くるりと後ろに向きを変え、辺りをキョロキョロとして何かを探す。
それは間もなく見つかった。
サーヤがいた本陣の丘の北側斜面の低い位置にいる百名程の銃騎兵。
サーヤと同じく後ろを向いた小男はそれを見つけ、思わず
「ひっ!」
と短い悲鳴を上げた。
が、すぐに、
「近衛兵は戻れ!サーヤ様をお守りしろ!」
と叫ぶ。
しかし銃騎兵はこちらに疾走しながら、銃を構え射撃体勢に入っている。
これでは間に合わない。
サーヤは左手を振り上げた。
その指先が金色に輝く。
パン!
パパン!
銃声が谷間に響く。
振り下ろそうと高く上げたサーヤの左腕を、銃弾が貫いた。
サーヤは左の腕が後ろに弾かれ、さらにバランスを崩して落馬し、田んぼの中に落ちた。
泥水のしぶきが上がる。
その指先にあって放たれようとしていた金の光の線が、左腕同様、サーヤの背後の空高くに上がり、靴紐のように絡み合って、そのまま田んぼに落ちた。
直後、田んぼが泥水を巻き上げて爆発する。
巻き添えを食らったマルグ軍兵士達が吹き飛ぶ。
「サーヤ様!」
ハラルドの大きな叫び声は谷間に響いた。
同時に、パラパラと発砲音が連続する。
弾が風を切って体の近くを通る。
そのまま抜け去る弾もあれば、地面に着弾し、くぐもった音と砂煙を上げるものも、田の泥に突き刺さり水と泥を巻き上げるものもある。
「まだ生きている!まだやれる!」
泥の中から灰色に染まった少女が立ち上がった。
輝いていた赤い鎧は、大部分が泥色に染まり、それどころか顔も泥だらけである。
だが、左腕から先だけは赤く染まっている。
「サーヤ様!」
ハラルドも近衛兵達も駆け寄る。
その間にも、駆け寄る近衛兵達が銃弾で倒れていく。
どんどん落馬していって、数を減らされる。
「うろたえるな!全員下馬!馬を盾にしろ!」
そう叫ぶも遅い。
数十名いた近衛兵も、数名に撃ち減らされていた。
「くそったれがぁー!」
サーヤは目を吊り上げ、絶叫しながら右手を上げると、指先が光ると同時に横に振る。
「ひっ!」
ハラルドも近衛兵も慌てて身を屈ませて光の線を避ける。
ハラルドの頭上を光の線が通り、迫り来る銃騎兵隊の眼前の地面を爆破した。
枯草や土、馬と銃と共に空に舞い上がる銃騎兵。
土砂が降り注ぐ中サーヤは、倒れた自分の白馬の背中から槍を外し、爆破した銃騎兵隊へ走る。
ガチャガチャと音を立てる泥まみれの鎧。
腰の剣が揺れて重い。
その先には、銃を杖代わりにして、足を引きずりながら立ち上がる青い鎧の少女がいる。
青龍のエミーだ。
サーヤはここで、補給部隊を襲っていたのが、このミツカイの部隊だと理解した。
補給隊を襲ってからそのまま北上し、隙を狙って背後からサーヤを討つ作戦だったのか。
その機会が今到来したと見たのだろう。
立ち上がったエミーは銃を構えて走り来るサーヤに狙いを定める。
銃を撃つ距離としては近い。
これでは的を外す事はない。
「くそー!」
咆哮と共に、サーヤは槍を投げた。
「きゃ!」
エミーは短い悲鳴を上げて身をよじる。
と、同時に発砲音がした。
サーヤは腰の剣を抜いて襲いかかる。
エミーは銃を横にしてその一刀を受けるとめると、ぐぅとうなって、地面に右膝をついた。
痛めた右足が痛む。
尚も力を入れて剣を押すサーヤ。
泥だらけの灰色の顔の真ん中、口からのぞく歯だけが白い。
左腕から先は赤く染まっていてだらんとぶら下がっている。
右腕一本だとは思えないほどの馬鹿力である。
押されながらも、エミーは目の端に、吹き飛ばされた馬の背中にくくりつけていた革袋と、そこから流れ出ている飲み水を見つけた。
青い鎧の少女の瞳が妖しく青く光る。
次の瞬間、プールに飛び込んだ時の水の音をサーヤは聞いた。
冷たい。
目の前にいるミツカイの姿が薄水色でゆらゆらと屈折する。
顔が水で覆われているのだ。
息が出来ない。
苦しい。
ガシャン!
サーヤは咄嗟に青鎧を、鉄のブーツで蹴り上げた。
と、すぐ後にバシャッと、水が地面に落ちる。
エミーは腹を蹴り上げられ、銃を放り出して地面に両手を付き、肩で荒い息をしながら咳き込んだ。
サーヤも膝に手を付き、荒い息でむせかえる。
エミーは、ヨダレを垂らし、細長い眉を歪めて立ち上がる。
サーヤも剣を握ったままの手で、目の辺りを流れる泥を拭った。
刹那、エミーは腰の剣を抜くと同時にサーヤに斬りかかる。
サーヤは必死に後ろに下がって避けるが、細身の剣は泥にまみれた喉元をとらえた。
と、思ったが、うなり声を上げたのはエミーの方だった。
怪我をした右足を激痛が襲い、力が入らず、細身の剣の切っ先はわずかに届かずに少し下に下がる。
その一瞬、サーヤは何も躊躇わずに前に出て胸と左腕でその剣を挟んだ。
エミーは驚いてその剣を抜こうとするが引けない。
それどころか、押すことも出来ない。
そこへ、サーヤは剣を突き刺した。
エミーの首の下、鎧のない胸元のカッターシャツを破り、サーヤの剣は深々と突き刺ささった。
「この剣は餞別だ、くれてやる」
サーヤが剣を離すと、エミーは膝から崩れ落ち、その後横倒しに地面に転がった。
喉をヒューヒューと鳴らして荒い呼吸をしている。
「出会ったら殺し会うような仲だ、悪く思うなよ」
苦しそうな顔のエミーを見下ろすサーヤも、少し苦しそうな表情であった。
「分かっている…」
エミーは苦しい息の下、弱々しい声でそう答えた。
続けざまに、立ち去ろうとする少女に声をかけた。
「なぁ…?」
そう言ってまた荒い呼吸をいくつかすると、青鎧の少女は、立ち止まった泥だらけの少女にたずねる。
「私は、ジャンヌやブブリナのようになれたかしら?」
サーヤは足元に倒れている少女から目を逸らして、
「その二人には合った事がないからよく解らん。だが、お前は間違いなく英雄だった」
と答えると、くるりと向きを変え、田の方へ戻って行った。
エミーは青空をながめながら満足そうに微笑んだ。
剣を突き刺したまま倒れているエミーの元へ、生き残った銃騎兵達が駆け寄る。
しばらく後、小さな光が沢山集まり、まるで水泡が水面へ上がって行くかのごとく、天へすうっと昇って行った。




