第四十五話 <青龍と太陽>
目が覚めるような冬の寒さの中でも、空は青々と輝いている。
対して、大地は緑も花も実もなく、ただ枯れた茶色で染め上げたようで、所々に雲の影が暗い色を落としているだけの殺風景であった。
その空と地の間から土煙と共にゾロゾロと、蟻の様に這い来る集団がある。
綺麗に並べて組まれた石垣の上で、短い黒髪の少女がそれを望んでいた。
左手を帽子のひさしの様にして細長い眉の上に当て、目を細くしている。
その茶色の瞳に映るのは、濃い緑地にライオンを象った金色の紋章を描いた三角の旗、マルグ国の軍勢である。
短髪の少女は、青い鎧の胸元に指を突っ込んで、白い肌をポリポリと掻きながら、
「銃は役に立ってくれるかしら…」
と、顔をこわばらせてつぶいた。
彼女の鎧は、青色の漆で塗った鉄板を何枚も、太い緑色の組紐で繋ぎ合わせて作られている。
また、籠手もすね当ても青色で統一してあり、龍の模様が浮き彫りにされている。
かなり手の込んだ作りの鎧だ。
鎧の下にカッターシャツを着ており、白い襟が鎧から出ている。
足には草色のタイツを履いて、革のブーツを履き、背中に長い銃を担ぎ、腰から銀色の細身の剣をぶら下げている。
その鮮やかな立ち姿は青空によく映えていた。
その短髪の少女の傍に、小さな旗を背負った兵士が駆け寄った。
背中の旗は白地に鷲を象った墨のような薄黒い紋章。
着ている鎧は革地に主要な部分だけ鉄の板を編み込んだ軽いモノである。
「エミー様、全軍配置に付きました」
黒い鷲の旗を背中に差した伝令兵はひざまづいてそう報告した。
「よし!号令はしない。弓の遠距離斉射後、狙いを付けて銃を放て!」
勢い良くそう命令した青い鎧の少女は、小脇に抱えていた青い兜をかぶった。
この青い兜には頭頂部の左右に小さな牡鹿の角が二本ついている。
その姿から、彼女は「青龍のエミー」と呼ばれている、リーエン国に降臨した青のミツカイである。
彼女の後ろで見守っていた体躯のいい男が、
「敵兵は一万ほど…新兵器の威力を試すまたとない機会ですな」
と言った。
この、銃という兵器は、エミーのいた世界では一般的によく使われる武器であった。
軍隊には銃兵隊が組織され、騎馬隊は馬上から銃を放った。
この世界に召喚されてから彼女は、ずっと時間をかけて銃の開発に取り組んでいた。
元の世界で得意にしていた馬術と銃を実戦で実現するためだ。
そしてやっと、最近になって、火を付ける必要のない、長い棒で弾込めしなくても済む、納得のいく銃を開発したのである。
「今まで私は、ミツカイの力、…水を使った戦法ばかりだったわ。でも、これからは違う。リーエン軍の戦いは、…いえ、この世界の戦い方が変わるのよ!」
少女の眼は、爛々と輝いていた。
やがて、マルグ軍はリーエン国の東の拠点、サント砦の前に陣を敷いた。
サント砦はリーエン国の南東端に位置する守備の要である。
東の最東端は、ここから北にあるユードの町で、この町は北側が海に面した港町だ。
マルグ国から北西にあたるユードの町を落としたいが為に、このサント砦は随分昔から紛争地となっていた。
サント砦を落とし、ユードの町までマルグ軍が迫る事は何度かあったが、その全ては、リーエン国の水の力を持つミツカイ、青龍のエミーに撃退されていたのである。
陣が整った後マルグ軍は、一万全軍で気勢を上げてサント砦に迫り来る。
「ただの力押しか…」
エミーはそう呟いた。
十分にマルグ軍を引き付けてから、弓の遠距離斉射。
受ける兵士達は盾を頭上に上げて弓矢に備える。
「よし、今だ!」
エミーは号令しないと言っていたにも関わらず、思わず叫んでいた。
それとほとんど同時に、サント砦の方々から小さな破裂音が幾つも轟き、小さな煙が上がる。
それが緩い風に流され、エミーにとっては懐かしい硝煙の臭いが立ち込める。
続いて砦の石垣の上からパラパラと銃声が上がる。
破裂音が鳴る度に倒れていくマルグの兵士達。
この距離では水平でも弾は届く。
威力も強力であり、木の盾、鉄板の鎧などはことごとく貫通する。
鎧に当たっても身体にさえ命中すれば、殺傷出来るという事だ。
マルグ軍は事態が飲み込めず、中には恐慌を起こして逃げ惑う兵達もいる。
そんな中、唯一事態を理解できる者がいた。
「あんなもので狼狽えるとは情けない!当たらなきゃ死なない、突撃しろ!」
と馬上で赤い鎧の少女が叫ぶ。
マルグ軍が最近召喚した金のミツカイ、サーヤである。
「サーヤ様、あれは何なんですか?!」
サーヤの隣で、馬に乗る小男が聞いた。
「鉄砲だ。銃ともいう。火薬を爆発させて鉛の弾を射ち出して攻撃する兵器だ。矢と同じ!ビビるな!」
前の兵士達に叫ぶもむなしく、弓矢と銃弾の二つの攻撃を受け、マルグの兵士は次々と倒れていく。
兵士に多く損害が出れば、どんなに抑制しても命令しても勝手に敗走する。
一人で戦争は出来ないし、崩れる前に手を打たねばならない。
「しょうがねぇなぁ…」
サーヤは舌を鳴らして悪態をついた。
そして不用意に砦向かって馬を走らせた。
ヒュン
銃弾がかすめる。
それもサーヤは全く意に介さず、右手の人差し指を立てて腕を上げた。
その人差し指の先に、金色の光が貯まり、燦然と輝く。
と、サーヤは腕を右から左に振る。
金色の光は細い線となって兵士達の頭上を走り、石垣の上方に横一直線の金色の筋を付けた。
間もなく、けたたましい轟音と共に、その金色の筋が爆発し、火柱が上がった。
砦の壁である石垣はその上部が崩れ、砦の方からリーエンの兵達の悲鳴が聞こえる。
そして、激しかった銃弾と弓矢の雨は、瞬く間に止んだ。
「よし今だ!砦に攻め入れ!」
サーヤはそう叫んでから小声で、
「もう私の手を煩わせるなよ…」
と不満顔で呟いた。
その顔を狙っている者がいた。
青龍のエミーだ。
彼女はあの金色の光が危険なものだと悟り、部下に石垣から飛び降りるように指示し、自らも慌てて飛び降りて難を逃れていた。
激しい爆発で、石垣であった岩やら石やら、その上にいた兵士やらが降り注ぎ、その大きな岩に潰されたり、頭に石が当たったり、飛ばされた人の下敷きになったりと、恐ろしい有り様となった。
だがエミーは運良く大きな岩の下敷きにはならず、多少の落石が当たって頭から血が流れてはいるものの、兜や鎧のお陰もあって、その怪我程度で済んでいた。
それから急いで石垣に這い登って様子を見る。
東門の両脇、石垣の上建っていた櫓は影も形もなくなり、石垣の上は掘り起こしたように荒れ、そこにいた兵士達はほぼ全滅している。
エミーは、あまりの惨状に声も出なかった。
「間違いなく新しいミツカイの力…大地を裂く能力ではないのか…」
エミーは呆然と石垣の上を眺めていた。
その視界の中、同じように石垣の上まで這い上がってきた兵士がいた。
彼は、左の腕を骨折したようで、上げてもプランと垂れる左を諦めて、右手だけで銃を構えようとしていた。
私が呆けていてはいけない。私はまだ戦える。
エミーはそう思い直すと、背中にかけていた銃を構えた。
今敵軍は砦に迫り来る。
石垣をよじ登り、門をこじ開けようとしているだろう。
マルグ軍からの弓矢の攻撃は止んでいる。
隙間とも言える時間。
狙うはこの惨状を引き起こした赤い鎧のミツカイ、サーヤである。
ここからだと、その憎らしい顔を狙って銃弾を叩き込める。
こんな機会はまたとないだろう。
エミーは焦らず、じっくりと狙いを定めた。
その時である。
狙われている方のサーヤは急にキョロキョロと辺りを見渡した後、すぐにこちらを見つけ、エミーと視線があった。
しかし、サーヤは逃げるでもなく、こちらを睨み付けたまま、
「銃口を向けたらすぐにヤれよ、腰抜けが!」
と怒鳴り、左手の甲を見せて中指を立てた。
銃の威力はたっぷり味わったハズだ。
だったらなぜ、狙い撃ちされようというのに挑発など出来るのか。
その答えはすぐに分かった。
サーヤは中指を突き立てた左手をそのまま頭上に振り上げた。
その中指の先が金色に輝く。
驚いたエミーは慌てて銃を撃った。
パン!
乾いた発砲音が轟いた。
エミーの銃弾は赤い鎧のミツカイの頭部をかすめ、赤い兜を弾き飛ばした。
兜の中でまとめられていた長く茶色い髪がはらりと解けて、こぼしたオレンジジュースのように空中に放たれる。
と、ほぼ同時に赤い鎧のミツカイは手を振り下ろす。
エミーはすぐに銃を放り出し、四肢全てを駆使してその場から飛び退く。
石垣に、今度は縦に金色の線が引かれ、直後にその金色は爆発し、火柱を上げた。
エミーは爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。
飛ばされたエミーの落下点に側近達が集まって受け止める。
受け止めた側近、体躯のいい男とエミーのうめき声がもれた。
「ヨンジか…すまない…」
苦しそうにそうもらしたエミーの口元から、赤い血がしたたる。
エミーは身体を動かそうとして苦しそうにうめいた後、
「この砦を放棄してユードの町まで撤退だ…」
とうなるように、しかしハッキリと言い、そこでプツリと糸が切れたように頭を垂れた。
その様子を見た周りの兵士達が、
「エミー様!」
「ミツカイ様!」
「師団長しっかり!」
と騒ぎ立てた。
「狼狽えるな!」
エミーを抱き止め、そのままの格好の体躯のいい男、ヨンジが一喝した。
「ミツカイ様は死ぬと身体は光となって天に召され元の世界に帰るという。エミー様はまだ死んではいない、意識がないだけだ!」
ヨンジはそう言うと、エミーを抱き抱えたまま歩き出した。
そして辺りを見渡し、黒鷲の紋章の旗を背負った伝令兵を探した。
「ユードの町まで退却だ!各隊長に伝えよ!」
と指示を飛ばしながら、エミーを馬に乗せて自分も馬にまたがった。
このすぐ後に、サント砦の東門が破られた。
と、ほぼ同時に砦の北門が開き、リーエン軍は北に位置するユードの町まで撤退。
マルグ軍はリーエン国攻撃の足掛かりを得た。




