第四十一話 <中と外をつなぐ光>
「奴等が攻めて来たぞ!」
そう叫びながらリンダが来る。
銀髪を振り乱し、東門を指差して走っている様子から、どうやらフラン軍は東から攻めて来ているようだ。
「正攻法で来たか…東側は二千の部隊だったか…」
雪は要塞の中の兵士に、門前の広場に集まって白金の濁流を回避する指示を出し、自身も塔を降りて門の前へ移動していた。
やはり東西のどちらかがヒーナ本人であろう。
東のヒーナは、この突撃が始まってから後軍へ下がったとの報告があった。
味方の兵が前方にいるのなら、東は例え本人であっても白金の力は使えない。
となれば、そこにあえてヒーナ本人がいる可能性は少ない。
いや、門をこじ開けてから要塞の中であの光の濁流を放つつもりか。
しかしそれでは、門をこじ開ける事が叶うかどうか分からない上に、中で使う意味はあまりないのではないか。
要塞の一部を破壊することに、戦略的利点は何もないはずである。
とにかく、北の部隊はすでに蹴散らされていたので、要塞の北側はまだ安全である。
そこにある武器庫の中に、料理人や商人、給仕係りなどの民間人を退避させた。
残るは南か西。
いや、全てが偽者なら、遊軍としてどこからか出てきて、門の内側に集まった兵士目掛けて光を貫くつもりか。
雪がそんな事を考えながら塔を出て、門前の広場へ向かって歩いていると、リンダが駆け寄って来て、
「討って出よう!奴は、ヒーナはすぐ近くに来ている!」
と、叫んだ。
顔に飛び散った銀髪の少女の唾をぬぐいながら、目の前で叫んで唾を飛ばしているリンダを無視して、雪は配下の伝令兵に向い、
「精鋭五百を集めろ!ヒーナを討った者には通常の大将首の五倍の報奨を出す!」
と叫んだ。
「リンダ様、あのですね…東門の外のは、多分偽者ですよ?」
エーマがリンダに作戦を説明しようとする。
それにリンダが食いついた。
「エーマ!フラン軍のミツカイが近くに来てる気がするんだ…」
「気がする?」
「勘だが、奴は来てる!」
「勘って…それはそうでしょう、イヌガル要塞の近くにはいるハズですし…」
エーマは何かを見落としてる気がした。
雪もそう感じたのか、二人して首をひねっていた。
その時だった。
リンダの背後が真っ白に輝いた。
エーマと雪とが同時に、それを見て目を見開く。
白金の光。
その柱が東門の前にいる兵士を消し去り、東門の上をかすめてパッと消えた。
そして、東門の前の広場にはポッカリと大きな穴が空いた。
しばらく呆然とする雪達は、何が起こったのかわからず、ただ身動きが取れなかった。
すると、その穴から沢山の蹄の音が響き、すぐに列をなした騎馬が穴からあふれ出て来た。
騎馬は一言も発せず黙々として、そのまままっすぐ東門へ向かい、あっと言う間に兵士達を蹴散らして門を開こうとする。
その段になってやっと、雪は何が起こっているかを把握出来た。
地中だ。
ヒーナはあの力を使って短時間でトンネルを堀り、地下から地上へ向けて白金の光を放った。
うまく要塞の中に出るように計算をする必要がある。
その為に建築関係の技術者を連れて来て測量、計算させたのだ。
門の外に主力を置いたのは、地下から来るかも知れないという考えに至らせない為、偽者を四人用意したのもその為だろう。
完全に雪の予想を越えた攻撃だった。
「敵襲だ!門を死守せよ!」
雪は慌てて命じるが間に合わない。
しばらくして、東門は開き、外のフラン兵が流れ込む。
「よし!門の両脇を奪取、足場にせよ!」
中年の騎士が号令している。
「穴まで前進!穴を死守せよ!」
「戻れ!あの穴を敵に奪われるな!」
「火炎弾隊を通せ!」
「しばらく持ちこたえよ!敵を蹴散らせ!」
隊長らしき男達が口々に命令している。
「我らの怨みを叩きつけよ!仇を討てる機会到来ぞ!」
髭を生やした初老の騎士が叫んで突撃してくる。
水中に置いた桶に流れ込む水のように、要塞へ突入したフラン兵たちは、速やかに三手に別れた。
左右に別れた兵達は、要塞の中にある階段から防壁の内側に流れ込む。
中央はまっすぐ向かってくるが、その勢いたるや凄まじい。
何か恨み事でもあるかのように、血眼になってポード軍を蹴散らす。
「雪!塔まで下がれ!」
リンダが言うが、その執務塔には火炎弾が撃ち込まれ、火の手が上がっている。
「これじゃダメです!焼け落ちます!」
エーマは、ゴウゴウとうなり声を上げて飛んで来る火炎弾に怯えていた。
「これくらいで狼狽えるな小娘!」
とリンダがエーマを叱る。
周りの喧騒を他所に雪は、ここには当のヒーナはいないのではないか、と考えていた。
普通は指揮官が自ら穴をあけたトンネルを通って乗り込み、部隊の指揮をしているはずだが、そのような雰囲気ではない。
青いトンボの旗印、それがフラン軍の伝令兵であるのだが、彼らが右往左往してる様子がない。
つまりは伝令が出ていないということだ。
東門の前から放たれ、ゴウゴウと音を立てながら四方へ落下する炎の塊は、要塞の建物をあらかた焼き物尽くそうとしているかのようである。
「塔に退くな!さっき開いた穴を確保しろ!そこにフランのミツカイがいるぞ!」
雪は周囲に叫ぶ。
それを聞いたリンダが妙な顔をした。
「あの穴の中にはもういないんじゃないか?」
雪はリンダを見もしないで、
「どちらにせよ、我らは退路を断たれている。穴だけでも確保せねば、逃げる事も叶わないぞ?」
と言った。
そんな雪には少し焦りの色がうかがえる。
「私は空気になれば問題ない。お前くらいなら運べるぞ、雪…」
リンダは真剣な表情で雪を覗き込んだ。
「ありがとう…」
雪はリンダに少し微笑んだ。
そして少し溜め息を吐き出し、目を閉じた。
雪の唇の先で、わずかに白い煙が出る。
「そうか…そうだな…」
ゆっくりと目を開いた雪は、静かに生唾を飲み込むと、
「全軍、立て直しだ!まずは足場を固める!北の武器庫前に密集隊形!民間人を守れ!」
雪がそう号令すると、ポードの伝令兵が同じ言葉を周囲に叫ぶ。
「まだ負けてない!ここから敵軍を押し返すぞ!」
そう鼓舞する雪の顔は、普段の無表情に戻っていた。
トンネルを抜けると、寒い青空が広がっていた。
薄く浮かんでいる雲が、何かに急かされているかのように速く流れている。
木立の向こう、イヌガル要塞からは黒煙が上がっている。
ワーワーという怒声や金属の甲高い音が聞こえてくる。
突入が成功し、火炎弾が炎を撒き散らしているのであろう。
「ヒーナ様、ご無事で!」
ヤードが五十ほどの兵を連れて駆け寄った。
ヒーナと一緒にトンネルから出てきたのは五十の兵士と技術者達で、兵士達は荷車や馬を引いていた。
ヤード達と一緒に、ヒーナの格好をしたジュリアがいる。
「ありがとう、ジュリア。よく似合ってますよ」
ヒーナは微笑んだ。
恥ずかしそうに顔を赤らめてニッコリする少女は、羽根付きの兜を脱ぎながら、
「やっぱり、これはヒーナ様こそピッタリです」
と言って笑った。
「地下の仕掛けは上々です。地上はどうでしたか?」
ヒーナは少し嬉しそうな顔でヤードに聞く。
日焼けした浅黒い青年は、少し浮かない顔になって、
「北のミツカイ隊、月影殿の部隊が、敵の遊撃隊の襲撃にあっています…」
と、報告しながら北の方を見る。
それを聞いたヒーナは血相を変えて、
「無事ですか?!」
と聞いた。
ヤードは渋い顔で、
「敵はポード軍第六師団の副師団長のようでしたし、数も倍近くだという報告です…無事とは言い難い状況です…」
と、半ば諦めているかのようだ。
ヒーナは心配を顔いっぱいに表しながら、
「何か対策はしましたか?」
と、聞く。
「はい、私がここを動けないので、ガモが五十を率いて救援に。北の部隊には、ここまで退いてくるようにと伝えています。また、南の偽者部隊にも、至急ここへ戻って来るように伝えました」
「さすがです…私もそうしたでしょう…」
ヒーナはヤードの対応に感心した。
そして、北の部隊の無事を祈った。
何より、北の部隊でミツカイの偽者をしていたのは、ヒーナ付きの給仕係ソフィアであったのだ。
「間もなく、南の部隊もこちらに合流するでしょう。合流後、北の部隊を救援に向かいますか?」
ヤードの進言は、今のヒーナの気持ちをとらえている。
しかし、それは出来ない。作戦上、ここを離れる訳にはいかないのだ。
ヒーナは一瞬、嬉しそうな顔になったが、少し考えて唇を食いしばり、
「いえ、ガモさんも行っています。ここは待ちましょう…」
と苦しそうに言った。
「それより、南の部隊と合流したら陣形を整えましょう。北から敵軍を迎え打つと想定します。円陣を組んで密集隊形でいきましょう!」
しばらくして、南東から来た、馬面のラグン率いる南の部隊と合流したヒーナ達は、隊列を組んで陣形を整える。
右軍に百のヤード、左軍に百のラグンを配置し、突撃に備えて円陣をしく。
やがて、北の方から土煙が上がっているのを見ながら、ここが戦場になる覚悟をしたヒーナは、味方の兵の顔を見る為に隊列の前に出た。
「皆さん!この穴の入り口を守る事は、すなわち、今回の作戦の成功に繋がります!」
ヒーナはゆっくり馬を歩かせながら叫んだ。
ヒーナの声に兵士達は顔を上げる。
「作戦成功の為に死ねとは言いません。しかし、後でポード軍に侵略されるフラン国を見るより、蹂躙される人々の悲鳴を聞くより、今ここで我等が踏ん張り、血を流す方がどれたけマシでしょうか!」
兵士達から、
「ヒーナ様!」
「ミツカイ様!」
と声がかかる。
「私と共に血を流し、フラン国を守ろうという勇気ある兵は、その武器を掲げよ!」
ヒーナの鼓舞に、兵士達は剣や槍、斧や棍棒を突き上げた。
「よし!全軍、敵の突撃に備えて待機!」
ヒーナはそう命じてから、馬の腹を足で小突いて、ゆっくり隊列の中に戻る。
近付いて来る土煙を上げているのは、北の偽装部隊であった。
その後ろを、予想通りポード軍の遊撃隊追っている。
間もなく、追われていたガモが先導する北の部隊が、陣を張っているヒーナたちの脇を通り過ぎた。
その先頭付近にいた、自分の格好をした少女に、ヒーナは少し安堵の溜め息を漏らしながら、敵軍の様子を見つめた。
追撃していたポード軍は、こちらの陣を見てある程度の距離を待機、陣形を取ろうとしている。
追撃中でも待機命令に従う敵軍に、指揮官の有能さを感じる。
その隙に、ヒーナは円形陣を解き、左右の両翼を少し下げ、本隊を少し上げた凸形陣を敷く。
こちらの陣形が突撃を臭わせる陣形に変わったのを見たポード軍は、凹形陣形を敷こうとしていたが、慌てて密集隊形になろうとする。
そこでヒーナは全軍に前進命令を出す。
ただの前進ではなく突撃の速度での猛進である。
ポード軍はさらに慌てて密集隊形を取ろうとするが、その一部が混乱している。
しかし、弓矢の届く距離まで迫り突然停止。
フラン軍は弓矢を射掛ける。
そして、弓の届かない距離までゆっくり下がる。
十分に下がった時には凹形陣になっていた。
「何なんだあの部隊は…」
ジャンは思わずつぶやいた。
それを聞いた部下の男が吐き捨てる。
「こっちが奴等に合わせて陣形をどんなに変えても、逆にこっちに有利な陣形になりやがる!」
ジャンは少し眉を潜めた。
「あぁ…しかも隙もなく、な…」
そしてふと、
「なぁガストン、あそこにいるミツカイ、あれは本物かな?」
と、部下の男にたずねる。
「最初に追撃していたのは偽者でしょう、瞳が青かった」
ガストンが答えると、ジャンはニヤリと笑った。
「な?偽物を追えば本物にたどり着くって言っただろう」
少し得意げにジャンはそう放言したが、すぐに顔から笑みを消して、横目で要塞の方をちらっと見た。
「イヌガル要塞に火の手が上がっている。つまり、奴等は雪様の裏をかいて要塞の中まで侵入したって事だ。普通は、そうならば要塞の中にこそ、本物がいるって話だろう?」
ジャンの言にガストンは曖昧にうなづく。
「だったら、俺達が東に回り込んで、要塞を攻めている敵の後背を突けば敵の算は乱れる。だが…」
ジャンはそこまでつぶやいて少し考えた。
あの敵部隊の動き、あの統率力。
目の前の敵軍には相当な指揮官がいる。
その指揮官の格好は、白いマントを羽織り、左側が凹んでいる羽根付き兜をかぶっている。
そしてそれは、第八師団のミツカイ、ヒーナそのものだ。
しかし、主戦場から離れたこんな場所、イヌガル要塞の南西にいるのは何故なのか。
そんな疑問は拭えないが、ここは、目の前にいるのが本物のフラン軍のミツカイだと見るのが正しいと、ジャンの直感が言っている。
別働隊の高々数百を討ち取る作戦なんかより、フラン軍の中核を倒す方法を模索した結果、今、フラン軍の大将が数百で目の前にいる。
手の届く範囲、数も対等に近い。
だったら、敵軍の戦略や動きなどは関係なく、今ここで敵の大将の首を取るのが最優先だ。
「あれはヒーナだ…」
シャンはつぶやいた。
ガストンは驚いて、
「こんなところに、ですか?」
とたずねる。
「間違いない、やるぞ!」
低い声でそう決意したジャンは、
「敵はあのミツカイ、ヒーナだ!」
と叫んだ。
「大将の首を取れ!」
ジャンの隣、ガストンも叫ぶ。
ポード軍の兵士達がざわつく。
「ヒーナを討った者は望みの褒美だ!」
ジャンがそう言うと、兵士達の目の色が変わっていく。
その見つめる先には、羽根付きの兜があった。
「突撃隊形を取れ!敵の陣形になどに惑わされるな。何も構わず、目指すはヒーナの首ただ一つだ!」
ジャンの命令にポード軍の遊撃隊は気勢を上げた。




