↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第三章 撃破
PR
36/131

第三十六話 <震える演説>

辺りは薄暗くなり、夜の闇が訪れる準備をしているかのように、星が瞬き始め、大きな赤い月が昇りかけている。


モナリの町の中央には、心臓広場と言われる四つの噴水がある大きな石畳の広場がある。

その広場に面している、薄茶色のレンガの壁に赤い屋根の大きな建物が兵士達が寝起きする兵舎である。

四角四面のその建物の二階には、二十人くらいが入る広間があり、そこに第八師団の隊長達が集まって食事をしていた。


テーブルの上には何枚もの白く清潔なテーブルクロスがかけられ、その上にドゥミグラスソースが溢れんばかりにかけられたハンバーグ、七面鳥の丸焼き、野菜を荒く切ってオリーブ油と塩をかけたサラダ、山盛りのパンなどの皿が乗っている。


細長いテーブルの短い辺の片方にはヒーナが座ってそれらを食べていた。

長い辺の両側には第八師団の面々が座ってめいめい食事をしている。

そして、もう片方の短い辺、ヒーナの対面には、にこやかな顔の少し太った小男が座っている。


年は三十を越えているだろうか。

日に焼けた褐色の肌に、緑のチュニックを着ている。

その袖から出ている腕は、かなりの筋肉質で逞しい。

髪は薄い茶色だが、その量がだいぶ寂しくなっているから薄い茶色に見えるのか、元々濃い茶色なのかは分からない。

細くて長い眉や目尻が下がったタレ目は元々の顔相らしく、微笑みのマルクとあだ名されていた。

真顔であっても、微笑んでいるかのような表情なのがその名の由来である。


「マルクさん、レーリンさんとはどういう人なのですか?」

ヒーナがにこやかに食事をしている対面の男に訪ねた。


「美しい巫女様です。この国のミツカイ様の中では一番古く、私が初陣に出た頃には、既に師団長をなさっておられました」

ほがらかに答えるマルクは、既に肉もパンも食べ終え、テーブルクロスで口をぬぐっていた。


「この世界にそんなに長く…」

もぐもぐと七面鳥を租借しながらも感嘆する少女に、マルクはさも当然のごとくにこやかに、

「えぇ…もしミツカイが歳をとるのなら、レーリン様はもう孫が居てもおかしくない歳ではないかという、まことしやかな噂まで囁かれておりますが…」

と、話す。


「歳を取らないのですか?!」

ヒーナは食事の手を止めて驚いた。


「えぇ…」

と、うなずきながら、マルクはヤードを見る。


ヤードは少しあきれ気味に、

「あの狂いウサギ…ピートは、自分の役目をきっちり果たさなかったのですね…」

と、愚痴をもらした。

そして、ミツカイの歳の取り方について説明した。


ミツカイとは、異世界から召喚した特別な力を持った神の使いである。

呼び寄せられるのは純真無垢な女性の魂だけで、身体までは呼び寄せる事が出来ない。

純真で無垢であるがゆえ、必然的に年齢が下がり、だいたい思春期くらいの少女がミツカイとしてこの世界に下ろされる。

召喚が成功して発露したその姿は、魂の記憶が身体の形をなしたものである。

それ故に経年により老いを迎えない。

だが、元々この世界にはない魂の身体であるがゆえ、日毎にわずかながら崩壊し、欠片にもならない魂が元いた世界へ戻って行く。

それを防ぐ為に自然と、残りの魂は結束を強めて崩壊を防ごうとする。

活動時間を減らし、休息や睡眠を取ろうとするのである。

結果、長くこの世界に留まれば留まる程、睡眠時間が長くなる。

レーリンは今、半日は眠っているような状態だそうだ。


「そのまま、レーリン様の魂が天に帰ってしまって、ある朝消えているのではないかと不安になる日も多いのです…」

マルクはにこやかな表情でそう言うので、一瞬冗談かと思ってしまう。


今まで、そういう形でこの世界を去ったミツカイはいないという。

皆、戦争や暗殺で致命傷を負い、この世界を去るのだ。

そこまで聞いていて、ヒーナは暗い顔になった。


「ウィルズという少年がいたら、俺がミツカイ様を守るって励ましてくれたでしょうな…」

マルクはにこやかな顔で言ったが、その後で声を上げて笑っていたので、今度は本当に冗談のようだ。


ヒーナは暗い顔のまま、

「ウィルズ…?」

とつぶやいた。


ヒーナはウィルズという少年が誰だか分からなかった。

それで、ヤードがハッと思い付いたような顔になって、小声で、

「…あの、城の中庭で叫んでいた少年兵が確かウィルズです。ホルンの町で重傷を負ってプリスに送った彼ですよ」

と、ヒーナに告げる。


「ウィルズ…っていうんだ…」

思わずヒーナの口をついて出た言葉を拾ったマルクは、

「あの、…彼はこちらの近衛兵ではないのですか?エリーゼ様に、『近衛兵だから早く第八師団に戻せ、ヒーナ様を誰が護衛するんだ』と、くってかかってましたから、てっきりそうなのかと…」

とにこやかながらも不振な顔で頭を掻いた。


ヒーナは慌てて、

「…いえ、そうですよ、ウィルズは近衛兵です。…い、今は彼がいないので、近衛隊自体が存在しませんが…」

と、ひきつった笑顔で返した。


そう言えば、ヒーナはホルンの町で、瀕死の重傷を負った少年に、生きて戻り近衛兵になるように居丈高に命令した。

彼はまだ生きていたという事、無事に復帰してくれそうだという事が嬉しい半面、エリーゼにまで食って掛かるような彼が、近衛隊になって近くに控えるとなると、また周りがうるさくなるなぁと少し未来を疎んじた。


「ほう、やはり彼は近衛隊の要なんですね…」

そんな事情を知らないマルクは、そう言ってうんうんとうなずきながら、

「そうでなくては、私が代わりにここへ来た意味がない…」

と、つぶやいた。


「今、私達第八師団には近衛隊はいないのですが…」

と、恐縮しながら話す少女に手のひらを見せたにこやかな男は、

「いえ、近衛隊を作りにきた訳では御座いません。第八師団がここを出撃された後、少数でモナリを守る守将として遣わされたのが実情です。その為に千の兵を引き連れ、その為に近衛隊長という身分で遣わされたのです」

と、胸を張った。


ヒーナはエリーゼの配慮に感心し、感謝した。

これで、モナリの町の守備兵に人員を割くことなく、第八師団の全員と千の兵を加えた、三千の兵力でイヌガル要塞に当たれる。


「レーリン様のような緑の力は使えませんが、守将としての戦い方は心得ています」

自信がありげなマルクに、ヒーナは微笑み返した。

「では、この町はお任せします。私達は安心してポード軍に集中できます」




いよいよ収穫の時期が終わる。

落穂すら拾い尽くした畑は土の肌を露出させ、新たな種を育む為の眠りに入った。

黄金色から華やかさを無くした大地に類するかのように、冷たい風を運ぶ空もまた、同じ青に変わりはなくとも寒々しい色に変わったのではないかと感じる。


執務室で朝食後の打ち合わせをしていたヒーナの元に、

「ヒーナ様!ポード軍がイヌガルを出たと合図がありました!」

と、ガモが勇んで飛び込んできた。


フラン軍は広場で小さな軍事演習を繰り返していたので、イヌガル要塞に攻め入るのは、今日か、明日かと噂だけは大きく広まっていた。

しかし、フラン軍は一向に出撃しなかった。

一時期とはいえ、ポード国が占領していた町でそんな事をしているのだから、当然、雪の耳には届いているであろう。

雪は、それでも出撃しないフラン軍に見切りをつけたのであうか、はたまた、フラン軍が何かを待っているように勘繰ったのだろうか。

とにかく、彼女はポード軍を率いてイヌガル要塞を出たのである。


「慌てる必要はありません。訓練通り、予定通りの行動をして下さい!」

ヒーナの言葉の内容は冷静であったが、その声は少し上ずっていた。


報告に来たガモに隊長達への指示を出し、「それではご指示を伝えて来ます」と承った彼が急いで部屋を去ると、ヒーナは一呼吸置いてソフィアを見つめた。

ソフィアはうなずいてから、ベッドの横に置いてあった長持(ながもち)の蓋を開け、少女の革鎧を取り出した。


冬である事も考え、鎧下に温かい綿のシャツとパンツを着る。

赤色に染め抜かれた派手なそれは、先日プリスから秋冬物の新作として届いた、ヒーナ宛の沢山の衣料の中に入っていた。

一目見た時、あのパトリという派手な格好でちょび髭の男の顔が思い浮かんで苦笑いが出た。

しかし、実際に着てみると、薄くて温かく、動きやすい。

この世界の衣服はとにかく粗末な作りで、左右の腕や足の丈が違ったり、ひどいのであれば前身頃と後身頃の丈が違うどころか、前身頃同士で縫い合わさったものがあったりする。

しかし、送られてきた服はどれも、既製品のようにきっちり揃い、サイズもヒーナにぴったりであった。

そのあたりの仕立ての腕は、さすがと言うべきか。

あとは、色合いをもう少し地味におさえてくれれば文句は無いのであるが。


その真っ赤な姿を見たジュリアは朝焼けみたいとはしゃぎ、ソフィアは微笑を噛み殺しながら、その上に着る柔らかい革の鎧下を渡した。

ヒーナは微妙な顔をして革鎧を着、腰に小剣を吊るした。

その上から暖を取る用の分厚いマントを羽織る。

このマントも派手な色かと思いきや、肩の部分こそフランの陣幕と同じ、赤、白、青、三色の横縞であるが、それ以外の大部分が白金を意識した銀糸で織られ、白と朱の糸でヒーナをイメージした梅の花が刺繍され、その背景には細かな宝石を埋め込んだ光の川が描かれており、豪華であるが色合いは質素なものであった。


「なんで梅の花?…」

ヒーナは不満があるかのようなつぶやきであったが、顔からは笑みがこぼれ、まんざらでもないようであった。


ソフィアは少女に衣裳を着せてから、一歩引いて少女の全体を見て、

「あら、お気に召しませんか?ヒーナ様にはピッタリかと思いますが…」

と、白々しく言って微笑んでいた。


着付けを済ませたヒーナは執務室を後にし、兵舎の二階、心臓広場に面したテラスに出た。


見下ろした広場には、既に多くの兵士が集合していた。

そして、その兵士達を見物人が囲んでいる。

見物する町の人の間を縫って、遅れた兵士達がパラパラと集まって来ている。

ヒーナがテラスに立つと、おぉという歓声にも似たどよめきが広場に響いた。


少女は広場の人の多さと、その雰囲気に飲み込まれそうになった。

身体の芯の方で、普段は眠っている冷えた金属の塊のようなものが突如として湧き出した。

全ての内蔵が冷え、それに反応した全身が急激に揺さぶり起こされ、固まっていくような感覚。

意識すると余計に心臓が高鳴り、汗が吹き出る。


これが緊張だと認識したヒーナは、目を閉じてわざと感覚を鈍らせる。

そして、怒りと憂いを奮い起こす為、これから戦う兵士達の事を、悲惨な戦場の現実を慮(おもんぱか)った。


人はなぜ殺し合うのか。

ひどい傷を負い、安らかな暮らしを無くし、大切な人を失い、自らも命を落とす。

かといって戦わず、侵略されるに任せれば、奪われ、殺され、安寧な暮らしはとうてい望めない。

その矛盾に、人の世の免れきれない性に、怒りと悲しみが込み上げる。


ヒーナはゆっくり目を開いた。

その顔からは緊張が消えて、瞳には少しの怒気が宿る。


「人は何故殺し合うのか!」

広場に向かってヒーナは叫んだ。

ざわつく人々の上に静寂の空気が広がる。


「家族を愛するように、隣人を愛せないのか!」

ヒーナの叫びは静かな広場を駆け抜けた。


「今また、隣国ポードが牙を剥いて襲いかかって来ました!我々はモナリの、フラン国の人々を、その牙から守るために立ち上がります!」

ヒーナの声は少し震えていた。


「愛しい兵士達よ!あなたたちの背後には愛する家族が、可愛い子供達が、愛しいフランの人々が、迫り来る刃に震えているのです!」

ヒーナの膝も小刻みに震えていた。

しかし、そこで止まらずに尚も続ける。


「これから、その剥き出しの牙を、狂気の刃を、共に打ち砕きに行きましょう!愛する人々を凶刃から守るのです!この戦いに勝利を!」

銀色に輝くマントから腕を突き出し、拳を振り上げた。


しかし、もう限界だった。

クルリと後ろに振り返り、テラスから中の会議室へ戻る。


中には、にこにこしているソフィアと、キラキラした目で見つめるセナとジュリア、それに、驚いた顔のヤードがいた。


「ヒーナ様、ご立派でした!」

ソフィアは手を叩いて喜んでいた。


「ヒーナ様すごい!」

セナもジュリアも目を輝かせて駆け寄った。


一呼吸置いた後、広場からも会話が聞こえないくらいの歓声が上がっている。


ヒーナは苦笑いを浮かべてヤードを見た。

ヤードは、

「いつの間にこのような演説を…」

と感嘆していた。


ヒーナはまだ震える身体を落ち着かせる為に深呼吸をして、

「私はこれから、皆さんに死を命じるのです。…その皆さんの苦労に比べれば、これくらい何ともない顔で出来なくてはなりません…」

と悲しい顔で語った。


テラスの窓を閉めるソフィアを見ながら、ヤードは言う。

「兵士達が死地に向かう、その理由を明確にしてやることは重要です。訳もわからず殺し合いをさせられれば士気も落ちますが、このような演説を聞けば彼らも奮い立つでしょう…」


ヤードの言に、ヒーナは細かくうなずいた。

そのヒーナの頭に、ソフィアは兜をかぶせる。

革製で比較的軽いのだが、額や後頭部などは鉄板で補強してある。

頭頂部に大きな白い羽飾りが付いていた。


「それにしても…」

とヤードが言葉を続ける。


「今日の衣装は素晴らしいですね、よく似合っておられますよ」

と、はっきりとした低い声でそう言って微笑んだ。


ヤードの顔を見つめていたヒーナは慌てて下を向いた。

頬から火が出ているようで、耳まで熱い。

おそらく顔は真っ赤だろう。


不思議な顔をしているソフィアを他所に、

「急ぎますよ!」

とぶっきらぼうに答えてヒーナは会議室を出た。


広場に出たヒーナは、ひときわ大きな歓声によって迎えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。