第三十四話 <新たな黄金の少女>
秋を迎えた。
フラン国はその年豊作であった。
秋晴れの青い空の下、黄色く光る麦は重そうに穂を垂らし、麦畑全体が斜めに傾いているようであった。
その広い海のような麦畑には、大きな鎌を持った男たちが幾人も出て、片っ端から秋の実りを刈り採っている。
男達によって刈り取った麦は積み上げらる。
今度は女達が、その山のような麦藁から穂を取り、実は麻袋に詰め、藁だけをまた積み上げる。
頭にベールをかぶった女性や、髪を束ねた女性が一つの麦藁の山に何人か集まり、山から麦藁を掴んでは何やら作業をして藁を放り投げていた。
両脇にそんな光景が広がる街道を、ヒーナは馬に乗って駆けていた。
給仕係のソフィアと、幼い給仕係見習いの兄妹、セナ、ジュリアが同じく馬を走らせる。
「これが終わったら謝肉祭ですね!」
ヒーナの横に馬を並べているソフィアが叫んだ。
謝肉祭とは、冬が始まる前にあるお祭りで、ハムやソーセージ、干し肉、チーズ、薪や麦粉などを大量に作って貯め込み、冬に備えるのだ。
「謝肉祭が終われば冬ですか?」
ヒーナの問いに、小さな妹を乗せて、馬の手綱を握る兄のセナが答えた。
「そうです、ミツカイ様の世界に謝肉祭はないのですか?」
「冬の支度、衣替えとかはあります。それに、収穫に感謝するお祭りなんかも各地であります。ただ…そんなに冬は寒いのですか?」
「雪が降ります。ポード軍のミツカイの力なんてなくても、冬になれば雪は降るんですよ」
セナはなぜか誇らしげであった。
ヒーナはそれで、どうして雪が夏に行動したのか理解できた気がした。
しばらく、風に会話の端々を飛ばされながらも無駄話をして馬を走らせる。
お腹が空いてぐうぐう鳴り始めた頃、畑が切れ、道は堤防のような高さから、緩やかな下り坂を経て、周りの地面と同じ高さになった。
そしてその街道は、左右の草むらの中を通って雑木林にのびている。
馬の足をゆるめて道の先に広がる雑木林を眺めると、そこには、先行していたヤードたち護衛の騎兵が数騎、雑木林の前で小さな影絵のように見える。
ソフィアが風に声を飛ばされながら、
「あの雑木林を抜けたらイヌガル要塞です!」
と叫んだ。
朝早くに出発して馬を走らせてから、かなり経つ。
行軍ではここまでで一日といったところか。
道の脇に移動したソフィアが下馬し、馬の背から荷物の入った麻袋を下ろしていた。
「この辺りで食事にしましょうか!」
ヒーナは笑顔で頷くと、ヤード達を呼び寄せた。
お尻の下だけ麻布を敷いて草むらに座った。
朝、水筒に入れた紅茶を、木のカップに注いでジュリアが配って歩く。
ソフィアの教育がいいのか、その手付きはすでに立派な給仕係であった。
木の皿に、切り分けたパンとチーズを一切れずつ乗せて、ソフィアが皆に配る。
皿を受け取りながら、
「あなたたちも、一緒に食べましょう」
と、ヒーナが微笑んで言うと、ヤード達護衛の兵士も軽く頷いた。
それで、青空の下、皆して一緒にパンとチーズを頬張った。
「雑木林の向こうはすぐにイヌガル要塞ですか?」
ヒーナが誰となしにたずねる。
ヤードが慌てて、パンを飲み込みながら答える。
「いえ、雑木林の中も含めて、ここが丁度中間地点になります」
「雑木林自体はそんなに長くは続かないのです」
続けて護衛の兵の一人が答える。
それにヤードが言葉を足した。
「馬を走らせれば一時間もしないうちに雑木林を抜けます。行軍するなら、全行程が二日、ここがほぼ中間地点といったところです」
ヒーナはニコニコしながらヤードの言葉を聞いていた。
よく晴れた青い空の下で、時折、草の匂いを乗せた風に吹かれながら、低くて心地よいヤードの声を聞く。
パンを頬張ると小麦の薫りが口の中に広がり、チーズをかじると濃厚なミルクの風味で口の中がいっぱいになる。
――― まるで皆でピクニックに来ているみたい! ―――
ヒーナは少し浮かれていた。
その時、馬が大地を蹴る音が遠くから聞こえてきた。
段々と近くなる。
ヤードや護衛の兵士たちは立ち上がりパンくずを払って、腰に下げている剣を確認しながら街道に出た。
馬は三騎、やって来たのはガモと伝令兵であった。
「モナリを出られた後、どうしても早くお伝えしたい事がありまして…。今夜、戻って来られてからでもよかつたのですが…」
ガモが口ごもる。
それほど火急の報せでもないようだ。
ジュリアが紅茶のカップを持ってきて、ガモに手渡す。
「何の報せですか?」
少し渋られると、逆に聞きたくなる。
「ポードの北隣の国、マルグの事です…」
マルグはポードの北側にあり、フラン国にとっては、ポードを挟み込む国になる。
この国と連動してポードを挟撃し、攻略をするというのは、外交戦略の常套手段であろう。
しかし、マルグの西側で、フラン国の北側にあたるリーエンという国と、マルグは長く争い合っていて、その為に逆隣にあたるポード国とは、半ば同盟国同士のような付き合いをしていた。
この前も、フラン国のモナリの町を攻めようとしているポード軍の、背後を突くようにマルグに提案しに行った外交官が、取りつく島もない状態だったと落胆して帰って来た。
そんなマルグの事で急報とは何であろうか。
ヒーナはガモの言葉を待った。
ガモは、手渡されたカップから一口、ぬるい紅茶を飲んでから、報告を始めた。
「マルグに二週間程前、ミツカイが降りたとの事です。黄色に輝く柱であったと…」
「黄色のミツカイ…」
ヒーナがつぶやいた。
「はい。ですが、ヒーナ様のように、白と思っていたけれど白金だったというような場合もあります」
ガモの言下、全員がうなずいた。
「そこで、少し調査をさせてみましたが…それが大当たりでした…」
ヒーナがハッとして、
「もしかして黄金?」
とたずねた。
「はい」
と、うなずくガモ。
黄金のミツカイ。
その力は白金のヒーナのような強力な力なのだろうか。
銀のミツカイと言われる雪は天候を操り雪を降らせたり、人を粉雪にしてしまう力を持つ。
「どんな力なのでしょうか?…」
ヒーナは聞いてはみたが、それを答えるのは難しいと知っていた。
戦争があって、いかんなくその力が解放され、頼りにされる状況になって、初めて世間に知れ渡る。
「金色の熱線が指から出て、あらゆる物を焼き付くす、ということです」
ガモの報告にヒーナは驚いた。
まだ二週間しか経っていないのに、戦争で活躍しているのだろうか?
驚き、納得してないヒーナの顔を見て、ガモは報告を続けた。
「罪人の死刑があり、その執行を新しいミツカイがしたそうです。縛られて地面に寝て並べられた五人の罪人を、指から出した線のような金色の光で斬ったと…」
――― レーザーのようなものかしら? ―――
話を聞いたヒーナは直感的にそう思った。
「ところが、罪人どころか、その処刑が行われた広場、噴水、建物まで斬ってしまい、斬れた跡から火柱が噴き出したそうで、罪人のみならず、護衛の兵士や町の人にまで、それはひどい被害が出たとの事です…」
「炎が…」
ヒーナは考え込んでしまっていた。
罪人以外の人々を巻き込んでしまったと、落胆しているだろう。
そんなパフォーマンスを催した軍の責任者も、きっと責任を感じているに違いない。
私がグリューを助けた時のように、人を助ける事も出来る力であると伝えて励ましてあげたい。
「例えば、そのミツカイさんに手紙を書いて届ける事は可能ですか?」
ヒーナの質問に、ガモはうーんと考え込んだ。
「もうすぐこちらにポード軍が侵攻するんでしたら、また協力を求めて外交官をマルグに派遣するかと思います。その時一緒に届けさせる事は可能ですが…手紙を送るという行為は、そのまま外交問題に発展する事もありますので、小官では判断しかねます…」
ガモは困った顔をしていた。
「わかりました。とにかく手紙を書いてみます。エリーゼさんにも手紙で伝えます…。ところで、その黄金のミツカイさんの名前は…?」
聞かれてガモは名前を言い忘れている事に気付いた。
「サーヤというそうです…」
黄金色に輝く畑を遠くに眺めながら、赤いドレスに身を包んだ少女が、つまらなそうな顔をしながら、火の付いた細長い陶製のキセルをくわえて煙を吐いていた。
畑が見下ろせる大きな窓のガラスは開いていない為、薄い灰色の煙が部屋の天井付近に満ちている。
時折、給仕係の少年がむせて咳き込んでいたが、キセルを吸う少女は気にしない。
ベッドの上に深く腰を下ろし、左手をついて、右足の上に左足を絡め、右手に持った細くて長いキセルに口を付けては悠然と煙を吐いていた。
トントントン
と扉をノックする音。
咳き込んでいた給仕係の少年が扉を開ける。
「サーヤ様、ご機嫌よう…」
と、笑顔を張り付かせた男が一人が入ってきた。
背は低く、痩せ型な体形。
灰をかぶったような髪の毛で、瞳は青い。
顔はニコニコしているが、目の奥は笑っていない。
「ハラルドか…機嫌が良いわけなかろう。何の用だ?」
キセルをくわえたままで、視線だけを動かして少女は返事をよこした。
「面白いものをお持ちしました…」
その男、ハラルドの背後にいた給仕の格好をした少女が、そそくさと入室した。
そして、赤いドレスの少女が腰掛けるベッドの脇にある小さなテーブルの上に、白い小皿に乗った陶器のカップを置いて去って行った。
カップの中は盛り上がる程の白い生クリームが入っている。
「何だこれは?」
サーヤは鼻の上に皺を作りながら聞いた。
「今巷で流行っているミツカイコーヒーと呼ばれるものです。そのスプーンでかき混ぜてから飲むそうです」
小皿に乗っている銀のスプーンを指差した小男に、サーヤは鼻から短い溜め息を吐いて、カップの取っ手に指を入れた。
面倒臭そうにスプーンで中をかき混ぜると、なるほどコーヒーのようで、その香ばしい香りと茶色の液体が表れた。
しかし、それを一口飲んだサーヤは、その甘さに顔をしかめた。
そんな少女の様子を見ていた小男は、ミツカイ様のお気に召さない事を感じとって違う話をする。
「ポード国の隣にあるフラン国から使者が訪れていましたよね?」
ハラルドのその言葉で、少女の眉間に余計に皺が寄る。
「知っている…」
彼女が不機嫌な理由は、先ほどの飲み物が甘すぎた事もあったが、それ以前、フラン国から来た使者を処刑しようと進言したが、誰の賛同も得られなかった事が大きい。
それで拗ねた子供のように、自室に引っ込み、パイプを吸い、窓の外の城周りの遠景を眺めていたのである。
ハラルドは、ベッドの傍まで来て、サーヤに手紙を渡した。
「その使者が、あなた様宛の手紙を持っていたのです」
「誰からだ?」
手紙を受け取りはしたが、開きもしないでそのままベッドの上に放った。
「あなたと同じような、とても強力な力を持ったフラン国のミツカイからです。そのミツカイは、手から光の川を出し、あらゆる物を消し去るとか…」
サーヤは驚いた顔で痩せて小さな男を見た。
そんな強力な力を持った者なら、何か面白いアドバイスでもあるかも知れない。
サーヤの視線は、放り投げたベッドの上の手紙に注がれていた。
「先輩が何を言ってるのか、読んでやるとするか…」
わざとらしくそう言うと、サーヤは手紙を手に取り、何やら紋章が押され赤い蝋で施された封を乱暴に破った。
『新しいミツカイ、サーヤ様。この世界の食事には慣れましたか?』
そう始まる手紙には、力の使い方次第で人を助ける事が出来ると、自身の体験を元に書いてあった。
読み終わったサーヤは、眉を寄せ、左の口角だけ吊り上げながら、手紙の裏や封の中を確認した。
「これだけか?」
手紙を持って来たハラルドという小男に聞く。
「えぇ」
「他に手紙は?」
「有りません」
その答えに明らかに不満そうな顔で、
「フラン国のミツカイはアホか…」
と毒付いた。
「なんと書いてあったのですか?」
そう言うハラルドに対し、手に持っていた手紙をビリビリと破りながら、
「ウジウジした考えが書いてあった。ミツカイは戦争の道具じゃないだの、力を正しく使えだの…このコーヒーと同じで甘すぎる、糞食らえだ!…」
そう言いながら煙草の灰を捨てる皿に破いた手紙を入れる。
そして、その上でキセルの底を叩いて、火の付いた灰を落とした。
手紙は黒く焦げ、まもなく炎を立てて燃えた。
「アタシがここに召喚されたのは、この力を使って戦争で勝つ為だ。そうだろ?」
サーヤの言葉にハラルドは否応なくうなずいた。
「なにが正しき事に力を、だ…。勝てば正義、負けた方が悪、だだそれだけだ」
手紙にぶつくさ文句を言いながら、サーヤは吸い終わったキセルを給仕係に差し出し、無言で新しい煙草を要求する。
給仕の少年はサーヤに今度は葉巻を渡し、火壺を差し出した。
火壺とは、側面に穴が空いたランタンのようなもので、小さい物ではコーヒーカップくらい、大きい物といえばだいたい五十センチくらいの物であるが、中には一メートルを越える物もある。
安いものは陶器や鉄、高いものになると金や銀、色付きのガラス製で、その側面の穴が装飾の一部に成っていたり、絵付けがしてあったりする。
たいがい取手が付いていて、そこに何本も紐が掛けられている。
その紐を一本取っては中で燃えている火に付けて、パイプやキセルに火を入れる。
葉巻の場合も、その火壺の穴から葉巻を突っ込んで火を付けるのである。
給仕係が差し出したのは、幾重にも重ねた青い色ガラスに見事な白い蛇の模様が入った火壺であった。
葉巻の先端を焼き、煙を吸いながら少女はため息をついた。
給仕係はすぐに空のキセルに草を詰める作業を始めた。
「ハラルド…」
視線を窓の外から外さずに、サーヤは横柄な態度でつぶやいた。
「はい、何でございましょう?」
「フラン国の使者はまだいるか?」
怪訝な顔で窓の外に浮かぶ雲を睨んだ。
「はい、今は食事を摂っている最中です。その後フランに帰るかと…」
「やっぱり、殺してしまおうか…それとも…」
と、言いかけた時、突然サーヤは押し黙った。
「サーヤ様?」
ハラルドが心配そうに覗き込むと、サーヤはニヤニヤと笑っているではないか。
「いい事を思い付いた!ハラルド、手紙を書け!」
小男は少し驚いて、
「代筆ですか?」
と聞いた。
「そうだ。ご心配頂いたミツカイ様にお返事を出して差し上げるんだよ!」
サーヤは悪戯を思いついた子供のような悪い顔をしていた。




