第三十二話 <次を見つめて>
ヒーナはモナリの町の奪還に成功した。
モナリには第三師団とその師団長モーリスが残って戦後処理をすることになり、ヒーナは久しぶりに首都プリスに凱旋する事となった。
一方その影で、ヒーナの胸を痛ませる事もあった。
第五師団長のゴルドが、三日間寝込んだ末に亡くなったのだ。
ヒーナはゴルドの遺体と共に、十日後にはプリスに凱旋し、救国の英雄として讃えられた。
その数日後、首都プリスで国葬が行われたが出席者は多くなかった。
ゴルドの千人ほどの私兵以外は、第五師団に配属されていた兵であっても、出席した者は少なかった。
それでも参列者は二千人程はいたし、アンナの質素な葬儀の時と比べても、国葬である事といい、参列者の数といい、大変な規模である。
しかし、師団長という身分からすると、決して多いとは言えないそうだ。
フラン国軍第八師団の師団長という身分から、最前列に立ったヒーナは、鎮痛な面持ちで棺の中で眠るゴルドを見た。
――― あの時、もっと彼を諫めて、無理にでも返して安静にさせていれば…。 ―――
ヒーナは胸の中で、後悔と反省を繰り返していた。
地中に棺を埋めた後で、ゴルドの部下達が何十人と鎧姿でやって来た。
軍事演習のように整列しており、ヒーナの前に来ると、一斉に膝まずいた。
城へ帰ろうとしていたヒーナは、驚いて顔を上げる。
同時に、ヒーナの前にヤードとベッヘルが出て、無言で彼らを睨み付ける。
「我らはゴルド様の私兵団です…」
ヒーナの目の前で膝まずいている口ヒゲを生やした初老の男は、よく通るはっきりした声でそう言うと、さらに頭を下げて続けた。
「ゴルド様は亡くなる数時間前、主だった部下を呼び寄せ遺言なさいました。『新しいミツカイの元で働け。それがフランの為になる』と…」
地面に向かって喋っているかのように下を向き、ハッキリとした声でそう言う鎧姿の初老の男の姿を見て、ヒーナは何故か、彼らは泣いているのだと感じた。
困り顔のヒーナは、近くに参列していたはずのエリーゼを目で探した。
ちょうど彼女は、こちらの様子を見ながら、ヒーナに膝まずく集団を迂回して帰ろうと歩いている所で、ヒーナが見付けたところで視線が一瞬合った。
しかし、それに気付いたエリーゼは、バツの悪そうな顔をして慌てて視線をそらし、その場から足早に帰ろうとした。
「あの…なんで…」
と、エリーゼに向かって到底聞こえないような小さな声でつぶやいたところで、
「我らを第八師団に加えてくだされ!」
と、ヒゲの男がさらに頭を低くし、大声で訴えた。
「え?…あの…でも、私はフラン軍の司令官では無いですし…軍の人事を決定することは…」
ヒーナはそう言いながら、ヤードとベッヘルを交互に見てみたが、ヤードは人差し指で頬を掻き、ベッヘルは両手のひらを上に向けて肩をすくめただけであった。
「我らはゴルド様の私兵。軍司令の辞令に従ういわれはありません!」
初老の男は少女の足元から、真っ直ぐな瞳でヒーナを見つめた。
「…私の給金からでは、とうてい給料をお支払い出来ませんし…」
「ゴルド様の領地があり、奥様から給金を頂きます由、ご心配にはおよびません!」
「え?…あの…えっと…なんで私なんかを…」
ヒーナはしどろもどろであった。
「ゴルド様はあの性分なので、よく味方の中にも敵をお作りになります。でも、そのゴルド様がおっしゃいました。『あの娘はワシなんかの命を心配して救おうとした。結局は救われ、戦場でなくベッドの上で死ぬことになったが、皆に看取られるのも悪くない…』と、最期は我らに、ご家族より、あなたの話ばかりされておられました…」
声は震えもしないハッキリとした大声であり、深刻な表情ではあるが涙も浮かべず泣き顔でもないが、この男たちはやはり泣いている。
しかし、その話を聞いたヒーナは少し眉を寄せ、
「それは違います!」
とキッパリ言った。
「あなた方は間違っています。死んだ人の意志に生ある人間が囚われるなんて馬鹿げています。あなた達がどうしたいか、それを考えて来て下さい!その上での結論なら、私達は歓迎致します」
そう言って踵を返すと、スタスタと歩き去った。
ヤードとベッヘルは慌ててヒーナの後を追って歩き出した。
「まぁ、労せずに勇猛な兵が手に入ったのに、もったいなかったのではないですかねぇ~?」
ベッヘルがおどけてそう言いながら歩く。
「今、第八師団の半分以上が、元市民や農民という義勇兵、元傭兵、山賊、海賊、盗賊です…」
ヤードの言葉に、ヒーナは口の両端を下げて微妙な顔をした。
「そこに長く兵士として軍に従事していた方々が来るのは、戦力として考えると、只の千人どころではないでしょう…」
ヤードの説明はよく解る。
確かに、モナリ奪還戦では上手くいかない部分が多々あった。
西門前での整列行軍ですら、上手く転進や回転が出来ないで、ポロポロとこぼれるように兵がはぐれてしまうという事も多く、隊長たちは隊列や配置、兵の編成に苦労していた。
ミツカイの力が怖いだけで、それがなければ最初に攻撃され潰される部隊だと、出発前にエリーゼが忠告した事を思い出される。
「いや~残念でしたなぁ~。残念残念~」
と、笑顔で歩くベッヘル。
翌日、千人の元ゴルド隊兵がヒーナの部屋を訪れ、その顔を凍りつかせる事になるのだが、この時は軽く考え笑っていた。
「ところでヒーナ様…」
ヤードが言い難そうに話しかけた。
「何処に行かれるのですか?こちらは城と逆方向ですが…」
スタスタと歩いていたヒーナは、「あっ…」と言って足を止めた。
「奴等、まださっきのままですぜ~…」
ベッヘルがシシシと笑う。
「…こ、このまま真っ直ぐ行きましょう…」
ヒーナは溜め息をついて歩み出した。
お説教してカッコ付けて反転した手前、いまさら引き返せない。
「何処に行くんですか~、ミツカイ様~」
ベッヘルがからかう。
ヒーナはプイとアゴを上げて、
「散歩です!」
と答え、またスタスタと歩いて行った。
その日、お腹を空かせたヒーナがようやく城に戻ったのは、城の皆が夕食を済ませた後であった。
小麦畑の真ん中を通る街道は、人の身長くらいの高さの土手になっていて、畑が切れて雑木林になるまで、真っ直ぐ東へ続いていた。
初夏の日差しの中、敗走とはいえ追撃の心配がないポード軍は悠々と行軍して、両脇に緑の麦が穂を風になびかせる景色を越え、薄暗い雑木林を抜けて、無機質な高い石壁に囲まれた中に入っていった。
そこがイヌガル要塞である。
ポード軍の兵站として建設されたこの要塞は、弓で攻め手を狙う為の穴が多々開いた、三階建ての建物に匹敵する高さの石壁に囲まれている。
要塞を取り巻くこの石壁には東側に大門が一つしか付いていない。
フラン国側となる西側に、わざわざ出入りし易い門を設置する必要が無かった為である。
石壁の内側には、酒場や商店街、ジャガイモ畑や低木の果樹園、八つの井戸の他、軍馬の厩舎、食糧庫、武器庫、資材置場、兵舎、訓練用地、研究施設など、おおよそ軍備に関係するものは揃っていて、少しの籠城にも持ちこたえられるように出来ている。
要塞の真ん中には見張塔を遥かに越える高さの執務塔があり、執務室や会議室、大広間、隊長達の控室、食堂があった。
やっとイヌガル要塞に着いた遠征軍に、訓練用の砂地で軍馬の鍛練をしていた兵達が何やら声を掛けていた。
中央の執務塔に入った雪は、兵を休めるように指示を出して、足早に階段を登り、四階の執務室に向かった。
真っ白な服に銀髪の二十歳前後の娘も一緒に後に着いて来て、
「敗走だよな?私達は負けたんだな…」
「あの丘で後背を突かれた時から負けだったのか…」
「天下の雪様があんな小娘に負けるとはな…」
とぶつぶつ一人で喋っていた。
執務室の前まで来た雪は、そんなリンダの方にくるりと振り向き、
「うるさい!」
と叫んでバタンと扉を締めた。
雪が感情を露にすることは珍しい。
驚いた顔でリンダは、その後ろから歩いて来ていたひょろっとした男ジャンに、
「どうしたんだ?」
と聞いた。
ジャンは呆れた顔で、
「空気になる力があるのに、空気は読めないんですね…」
と言った。
執務室に入ると、その奥にあるデスクまでスタスタと歩きながら鎧を外していった。
銀色の肩当てがガシャンガシャンと石の床に敷かれた絨毯の上を跳ねた。
銀色の胸当てがガラリと音を立てて転がった。
腰当てがドサリと床に落ちた。
厚い革の鎧下が放り投げられて、ボフという音がした。
脱ぎ捨てられた鎧の音を背後に聞きながら、振り返る事もなく、雪は執務用の幅広のデスクに真っ直ぐ歩いた。
そして、大仰な背もたれの付いた、革張りの柔らかい椅子に浅く腰を下ろした。
後ろから誰も着いて来ない、入って来ないのを確認してから、鎧下に着る飾り気のないシャツとズボン姿のまま、デスクに突っ伏して雪は泣いた。
彼女がポードに降ろされた時から、隣国との大小の戦を何度も経験したが、自分が指揮を採って負けたのは、今回が初めてであったのだ。
悔しさと嫉妬、後悔と憐れみ、悲しさと怒りが一気に頭の中を駆け巡る。
デスクに突っ伏していたので誰もその顔を見る事はないのだが、しかし、声を上げず嗚咽もせずに、雪は顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
そこへ、イヌガル要塞で給仕係をしている少女が入って来た。
歳は十二歳くらいか。
濃い藍色のワンピースに純白でなくなった小汚ないエプロンを掛け、頭に白いレースの付いたカチューシャをしていた。
少し離れた目、丸い鼻、赤い髪、頬に派手に散ったソバカス。
決して美人とは言えないその少女は、机に突っ伏している雪のそばに、乾いたタオルと湯気の立っていないコーヒーを置いてから、床に転がる鎧を片付けていた。
しばらく後、突然雪は顔を上げて、
「私は…何で泣いている…」
と、呟いた。
突っ伏していた雪が突然顔を上げたのでビックリしながらも、少女は自分に聞かれたのだと思って、
「負けたのが悔しくて泣いておられるのでしょう?」
と答えた。
無難な答えだな、と雪は思った。
「勝敗は兵家の常だ。負けて悔しいなんて事はない」
と、乾いたタオルで顔を拭きながら、給仕の少女を見て答えた。
しかし、少女は何か物足りない顔でこちらを見ている。
視線に気付いた雪は気になって、
「どうした?」
と聞いてみた。
「敵に負けて泣いておられたのですか?」
給仕の少女は、いかにも解せない様子であった。
「さっきお前は、負けたのが悔しくて、と言っただろう!どういう事だ?」
雪は先程のリンダの独り言からイライラしていた。
言葉と同時に額に力が入る。
「常勝雪と言われて傲っていた自分に、油断があった自分に、そして少しくらい隙を作って負けてもいいかと、これくらいなら負けないかと配慮を怠っていた自分に腹が立っておられるのでしょう?」
少女の物言いの形は失礼ではない。
しかし、その内容はかなり無礼で屈辱的であった。
雪は怒りに任せて怒鳴り散らそうと思った。
しかし、その前にその少女の言葉の内容を理解しようと頭を働かせた。
少しの頭を巡らせると、少女の言う通りで彼女は何も間違っていないことが分かる。
「…確かに、私は傲っていた…」
雪はまだ頭に上らせた血で顔を真っ赤にしたまま、椅子に深く腰掛け直してため息をついた。
「ですが、これは戦略でしょ、雪様?」
給仕の少女はいたずらっぽく笑った。
雪は何の事か分からなかったが、何も答えず、ただ黙って少女を見つめた。
少女は語った。
「あの常勝雪に勝ったのです。常勝破りのモーリスとか、負けずのモーリスとか噂されるでしょう。今度は敵が傲る番です。そして、その傲り、油断が頂点に達したときにそれを打ち負かして雪辱を果たすのです…」
黙って聞いていた雪の面の色は、赤から元の白色へ戻って、表情もいつもの無表情になった。
「お前、名前は?」
「エーマと申します」
「エーマ、フラン軍の総指揮モーリスは飾りだった。あの戦の実質的な作戦指揮はフラン軍のミツカイ、ヒーナが採っていた」
それを聞いて給仕の少女はしまったという顔をした。
それを見た雪は、ニヤリと笑みを浮かべて聞く。
「エーマ、私は、蜘蛛のように張り巡らしたお前の網に、まんまと引っ掛かったのか?」
それに、給仕の少女エーマは、観念した様子で話し始めた。
「…はい、正直に申し上げます。私は立身出世を夢見て、ここで給仕の仕事をしておりました。雪様のような、立派な方が此処へ来られる事だろうと予想して…」
「私がここで落ち込み、泣いているのは好機だと思ったわけか…。そこでわざと本人が目をそらしたくなるような事実を突き付け、私を試してみたと?」
雪の言葉で、エーマは頭を掻いた。
「さすが雪様、明察です…」
「だが、お前に言われずとも、そのうち私も気付いただろう。茎草とは、強い風が吹いて倒れないと、それと解らぬものだ…」
「えぇ、雪様ならそうでしょう。ですが、早く気付かないと機会を一つ失います…」
「…機会?」
「第一に、雪様は初夏に戦い、畑を無暗に踏み荒らさせませんでした。わざわざ町を出て南西のベリーの丘で決戦された程です。第二に、町に拘らず、被害が少ないうちに撤退なさいました。兵力は無駄にならず次の戦で使えます。第三に、これから実りの秋を迎えます…」
得意気なエーマの話を聞きながら、雪は右手で頬杖をつき、左手の人差し指でデスクの上をトントンと叩いていた。
「今すぐモナリに戻って奪い返せ、と?」
「はい、雪様なら簡単かと…」
「残念ながらそれはできない。物資的にも、資金的にも。それに、もう兵に休暇を与えたからな…」
雪は無表情だったが、その顔にはほんの少し、本当に残念に思っているようなほころびが感じられる。
「ならば、秋の収穫の後、ですね」
「この秋、奴等に収穫させて、それを掠め取れと?」
雪は愉快そうに微笑んだ。
「やっと笑って下さいました…」
そう言ってエーマも微笑む。
「私はずっと落ち込んでばかりいるような人間ではないぞ?」
「えぇ、私も一生を賭ける主が、殺しても死なないような方でないと困ります」
そう言い放って微笑むエーマに、雪はこの娘の良いところを見いだした。
「エーマ、お前は今日、たった今から私の給仕係兼参謀だ。但し、条件がある。その減らず口はそのままで、私に遠慮せず思った事を進言せよ。約束出来るか?」
エーマはにっこりと微笑み、元気よく返事をした。
フラン国の首都プリスの町の中心に建つプリス城は、城を囲う四辺の壁、堀の長さが全て等しい正方形である。
囲う堀の幅は五メートル程、深さも三メートル程で、それほど深くも広くもない。
城壁の高さも三メートルと、人の身長分はゆうにあるのだが、高くそびえ立つというには少し低い。
しかし、城の周りに背の高い建物を建てる事は禁じられている為に、城壁の上に突き出ている物見塔からは町の中心部までは見渡せる。
城壁の一辺の長さは千メートルあり、内側には、訓練施設や地下牢を備えた兵舎、兵器や最新技術の研究所、病院、池のある庭園、井戸のある裏庭、明かりとりの為に建物の真ん中に作られた噴水を備えた中庭などがある。
その中庭の噴水近くに、第八師団の隊長達が集まっていた。
夏はいよいよ盛り、まだ朝方だというのに汗ばむ程に陽が照りつける。
噴水の水はジャバジャバと音を立て、キラキラ光りながら受け皿の池へ戻って行く。
受け皿の縁には、その水を飲みに、あるいは浴びに、小鳥達が集まり羽根を休めていた。
その小鳥達が驚いて飛び立つ程の声が上がった。
「またポード軍が攻めて来るって!」
そう叫んだのは第八師団に入った海賊上がり少年ローグである。
「えぇ、麦の収穫はもうすぐでしょ?」
ヒーナの問いかけに、その場にいる十人ほどの男達全員が頷いた。
「だったら、収穫後、すぐに襲って来るでしょう」
それを聞いていたロウが、
「それじゃぁ、奴等の狙いは貯め込んだ麦…まるで強盗じゃないですか…」
と、言ってヒーナを見つめた。
「敵から奪う兵糧は、自軍の兵糧の三倍の価値があるといいます…」
ヒーナはそう言いながら、皆の顔を順番に見ていった。
「パン一切れはパン一切れだろ?敵から奪ったって増えはしない…よな?」
ローグが間抜けな質問をしたので、ヒーナは微妙な笑顔を返した。
その直後、ロウが馬鹿な質問をする息子の頭にゲンコツを下ろした。
「なんだよ…」
などとブツブツ言っていたが、ファーゼも同じ疑問を持ったようで、何かを指折り数え、隣に寄り添うよに立っているセリングと何やらコソコソ話していた。
「皆さん、私は今回、この手勢で敵の拠点を攻めようと思います…」
ヒーナの瞳には微かな輝きが見てとれた。
ヤードが、
「イヌガル要塞を攻め落とすのですか?」
と聞く。
「雪がそこに居ればそうなります。ですが、目的は敵の攻撃を防ぐ事です。わざわざ要塞を攻め落とさなくても目的は達せられます」
セルドが、
「雪はどうでるでしょうか?」
と聞いた。
「ここを出る頃から、イヌガルを攻めると吹聴します。あの雪の事です。イヌガル要塞に籠るでしょう」
ガモが、
「万が一、負けて敗走する事があれば?」
と聞いた。
「雪はここぞとばかりに追撃するでしょう。その勢いのまま、モナリに押し寄せる事になり、モナリは危機を迎えます」
腕組みをしていたアルガが、
「何か要塞を落とすいい作戦がおありで?」
と聞いた。
「私の力を使えば、防壁は意味を成しません。ですが敵はワザワザ籠るでしょう。そこから引き摺り出す方法が大事です」
ファーゼが、
「朝食後に眠りに行かれるのは作戦の一つですか?」
と聞いた。
「それもあります。今回の作戦は私の力に頼る愚策です。ですがまだ、実験と検証が足りません…。あと、早くても一ヶ月はかかるかと…。それまで皆さんには訓練をしていて欲しいのです。訓練には私も出来る限り参加します」
ゴルドの私兵団隊長ヴァンサンが、
「任せて下さい、我らが勇猛な兵士として鍛え上げましょう!」
と胸を張って大きな声で言った。
「有難うございます。確かにそれも必要ですが、皆さんに訓練して欲しいのは、どんどん変わる命令の伝達速度や方法、一見不可能な事を命令された時の対応です。私も余計な指揮をしないように訓練しますけど、壁にぶつかったり、川や崖に塞がれ、その上でなお前進命令が出たらどうするか、などの訓練をして欲しいのです…」
ベッヘルは意地悪い笑みを浮かべて、
「つまり、今度の戦は無茶な命令が多くなる、って事かなぁ~?」
とたずねた。
ヒーナは言葉の代わりに大きく頷いて答えた。
それを見てベッヘルが真顔になる。
「実際、ちゃんと勝てると思って戦うんですかい?」
「勝てるかどうかは分かりません。私達の目的は勝つことでは無いからです。敵の侵攻を食い止める、それさえできれば、イヌガル要塞なんて落とす必要はありません…」
ヒーナの顔は暗かった。
そこまで話すと、皆一様に押し黙った。
話そうと思えばいくらでも言葉は出る。
しかし、この不安と緊張を消すには、いくら言葉を継いでも足りない事を、無意識で感じとっていた。
ヒーナの背後に立っていたソフィアが、
「そろそろ寝ませんと…」
と、ヒーナに届くくらいの声で囁いた。
「夏が終わってから出発します。皆さんよろしくお願いします…」
そう挨拶してヒーナはくるりと振り返ると、大きなアクビをして城にある自室に下がって行った。
「今日の朝食…、いえ、夕食は夏野菜とチーズのキッシュです…」
と、中庭に残された隊長たちに聞こえるソフィアの声が、だんだん小さくなっていく。
フラン、ポードの両軍は秋に激突する準備を調えていた。
月日は往来を往き来する旅人のように、目まぐるしく入れ替わり、暑い夏はすぐに終わりを告げた。




