第三十一話 <言葉を投げ合う二人>
「フラン軍はどうでるかな?」
リンダが雪にたずねた。
「あのミツカイなら捕虜交換に応じるだろう。しかし…」
雪は無表情で、議論中らしきフラン軍の陣営を見ていた。
何を話しているかは聞こえないが、何が話されているかは重要でない。
雪の問題は、どういう結論が導き出されたか、である。
その意思決定に、フランの新しいミツカイが関与しているにしても、遠目に見る彼女の立ち居振る舞いから、それほど強い権限は持っていない様子がうかがえる。
今朝の攻撃は明らかにフランの新しいミツカイの方針とは違う。
とすると、それ以外の師団長が暴走気味なのかも知れない。そしてそれを、あの小娘では抑えきれないようだ。
「戦闘の準備をしておけ」
雪は独り言のようにボソッともらした。隣で控えているジャンはそれを聞き逃さずに伝令兵を呼ぶ。
「ここでやるのか?」
リンダがたずねた。
「そうなる。町の中だが、広場からは後退だ」
雪はそうリンダに答えると、話していた伝令兵とジャンを呼びつけ、
「本隊を薄くして、左右両軍に兵をまわせ」
と指示した。
「捕虜はどうする?」
とリンダがきく。
「殺すか、連れていくか…相手の出方次第だな。何も返事を寄越さずに仕掛けてきたなら、殺すしかない…」
雪は表情に表さずにそう言いはしたが、内心は穏やかではない様子が言葉の端々に表れていた。
そうこうしているうちに、フラン軍の騎乗の使者が白旗を掲げてやって来た。
「フラン軍の総指揮モーリスの言を伝える!」
雪は握り拳を二つ作って、使者の次の言葉を待った。
「捕虜交換後、速やかに撤退されよ。もしモナリの住民に危害があらば、我らフラン軍の全力を以て天誅を下すであろう!以上だ!」
使者の言下、
「心配は無用だと伝えよ!」
と、雪は叫び返していた。
そしてすぐに何かを隠すように下を向く雪。
顔は見えないが、雪の顔から地面に、何かが一滴、ポタリと落ちた。
それから二度ほど使者が往復して、細かい段取りがされ、捕虜の交換が実現した。
捕虜の交換に立ち会ったのは、ミツカイ同士であった。
「私はポード軍総指揮、雪です。あなたが、フラン国が新しく下ろしたミツカイですね…」
「はい、ヒーナです…」
ヒーナは答えて雪を見つめた。
雪はヒーナより四、五歳ほど上だろうか。
外見はそれくらいだが、雰囲気は先生として学校に赴任して来たとしてもおかしくはないような、大人びた空気を帯びていた。
――― これが、雪…ずいぶん大人びた人… ―――
そんな事を思い、雪に少々気圧されていると、雪の方からヒーナに声をかけて来た。
「丘の後背を突いた作戦は見事でした。その力の使い所も見事です」
「ありがとうございます」
ヒーナが礼を言うと、雪は、
「あなたの戦略は、私の裏をかく見事な作戦でした。ただ、朝の突撃は頂けません。あれでは兵が無駄死にです。突撃は、あなたの指示ですか?」
と、淡々とした口調で聞いてきた。
ヒーナはそれに、
「いえ…あ…はい…。私のミスです…」と曖昧な返事をしたのだが、雪はそれで事情を察したのか、満足してうなずいた。
そこで、ヒーナも疑問を口にしてみた。
「あの…私の力…白金の濁流は、あの時、確実にあなたを押し流した筈です。なのに何故…」
「何故生きてるのか、って?」
雪はヒーナの言葉を継いだ。
ヒーナはうなずいた。
雪は「うーん」と唸って少しだけ考えてから、
「軍事機密として教えられないわ。…でも、あなたが私の質問に答えてくれたら特別に教えて上げます」
と提案した。
それに、ヒーナは、
「はい」
と答えた。
「じゃあ、単刀直入に聞くわ。あなたがあの力を使えるのは、一日に一回きりですか?」
雪はその質問と共に、頭の中を見透かすような鋭い眼光でヒーナを見据えた。
「はい、一回だけです。でも、これからの訓練によっては、増えるかもわかりません…」
ヒーナはあっさりと白状した。
雪はヒーナから視線を外し、一呼吸置いてから、
「何で助かったのか、私にも分からないのです…ただ、リンダの空気になる力で助かったのは事実。丘から遠い場所まで押し流されましたが、リンダと私、空気になった二人以外は、みんな消えてしまいました…」
と言うと、ふぅと、薄いため息をついた。
「ミツカイとはね…」
と、雪が言葉を続ける。
「単に神を殺すだけの、戦争の駒ではないのです。ここの人々に新しい文化や技術をもたらす、そういう側面もあるのです」
雪のその言葉に、ヒーナは少し顔を上げて、眼を輝かせた。
その様子を見てヒーナの心情を見透かしたのか、雪はそんなヒーナに、
「戦争は嫌いですか?」
と、問いかける。
「はい、殺し合いは異常です…。多くの生物がある中で、殺し合いをするのは人間だけだと聞きます。戦争なんてせずに仲良く暮らせませんか?」
ヒーナの訴えを、雪は鼻で笑った。
「あなたは戦争を嫌いかも知れない。でもその一方で、あなたの力がないと虐げられ、あるいは生きていけなくなる人々も出てくるのではないですか?」
「それは、攻めてくる側がいるからです」
「攻める側には何の理由もないとでも?」
「いえ、戦争が起こるのは、互いの正義を貫くためだと知っています」
「だったら何故、この世にはどうしようもない悪意というものが有ることを考慮しないのですか?」
「悪意…?」
「その悪意を挫く為の戦争も、あなたは反対するのですか?」
「それは…」
「例えば、集落に襲い来る山賊への攻撃、圧政に抵抗する為の蜂起、無実の罪で受ける処刑の前の脱走、暗殺者の殺害、これらの暴力もあなたは認めないと?」
「それは自衛ではないですか?」
「自衛と言うなら、他国に侵略されないように、自ら侵略戦争を仕掛けるのもまた自衛ですね…」
「解釈の線の引き方かと思います。境界線を何処に求めるのか…」
「万人の常識に差異がある以上、その境界線は常に揺れ動きますね?」
「広い意味での自衛、自らが滅ぼされない為に強大に成ろうと他国を侵略するのもまた自衛とも取れます…しかし、それを認めてしまっては侵略戦争の全てが正義になってしまいます…」
結論など出る筈もない議論、しかし、ヒーナは少しだけ胸が高鳴り、瞳は輝いていた。
こういう議論を楽しいと感じた。
言い争い、意地の張り合いかも知れないが、ヒーナも雪も瞳を輝かせて思考を練り、言葉に乗せ、それを相手にぶつけていた。
周囲の兵は、捕虜の確認が済むまで、黙ってそれを聞くしかできなかった。
ヒーナと雪の討論も一段落した頃、
「捕虜の確認を終えました」
との両国の報告に、二人は討論の時間が終わる事を知った。
もう雪と話せる機会があるかは分からない。
雪は、
「私にとっては有意義な時間でした。私はイヌガル要塞に退きますが、来年までにはまた必ずここ、モナリに戻ります」
と言うと、くるりと反転した。
そして一歩進んでから顔だけをヒーナに向け、
「その時にそんな弱腰では、モナリはすぐにポードのものとなるでしょうね」
と言ってくすくすと笑った。
ヒーナも負けじと、
「侵略者には容赦しません。二度とポードの地に戻る事は叶わないという覚悟で来てください」
と、胸を張り、鼻をフフンと鳴らして言い返した。
雪はヒーナに振り返らず、挨拶代わりに右手を上げて自陣に戻って行った。
夏の日差しが照りつける中、ポード軍の中に動きがあり、しばらくしてから順序良く、ポード軍は東の門からモナリの町を出て行った。
その日の夜には東門が閉じ、モナリの町からはポード軍の姿が消えた。
これは、フラン軍がモナリの町を奪還した事を意味する。
その日の夜、モナリの町はお祭り騒ぎになった。




