第三十話 <心臓広場を望む>
「雪様、防壁が!」
叫びながら転がり込む伝令兵に
「分かっている!」
と叫び返した雪は、背中になぎなたを吊るしている最中であった。
執務室代わりにしていた議会堂の、椅子ばかり並んでいる広い部屋に、伝令兵と雪の声が響く。
「クリドは無事か?!」
いつも冷たい鉄のように冷静な雪が少し焦っている。
「クリド様は門の左右に開いた穴に当たっておられますが、北側に開いた穴に対して突如猛攻になったのに加え、南側に新たな穴では、広場までの撤退も時間の問題だと…」
「だろうな…。構わん、被害を最小限にして撤退せよと伝えよ。それと、広場を通り過ぎて東門側に伏せろと。追撃をうけたら頼むぞ、ともな」
伝令兵がその命を受け、返事をして去るのを見もせずに、雪は配下の伝令兵に向かって、
「ジャンを呼べ!」
と叫んでいた。
しかし、伝令兵と入れ違いに入って来たのはリンダだった。
雪の期待した顔が一変し、小さな溜め息をついた。
「雪!私があのミツカイをやってこようか?!」
リンダは目を吊り上げながらそう怒鳴った。
「無用だ、逃げる役に立たん。ミツカイでない方が押し寄せる」
面倒臭そうに雪が答えた。
「だが、片方は足止めできるぞ」
「出来ない。今は、ミツカイをやれば第八師団が激怒して押し寄せるだろう。第五師団の方をやっても同じだ。制御のない怒れる人の群れは恐いぞ…」
そう言いながらも、何時もより冷静でない雪の様子に、リンダは少し驚いていた。
「雪…負けるのは初めてか?」
リンダがそう聞いたとき、
「雪様!お呼びですか?!」
と、慌ててジャンが駆け込んできた。
「予定より少し早いが撤退だ。しかし、敵が迫っている。切り札をここで使う、準備を頼む」
雪の命令に、ジャンは少し考えてから、
「広場でよろしいですか?」
とたずねる。
「それで良い…私もすぐに広場に向かう」
雪は落ち着かない様子でジャンと共に議会堂を出て行く。
置いて行かれそうになったリンダも慌てて後を追いかけた。
ヒーナ率いる第八師団は町の防壁を突破た。
すぐにヒーナはヤードを隊長にして義勇兵三百の部隊を作り、第五師団救援に向かわせてから、フラン軍総指揮モーリスのいる第三師団に伝令を出した。
三百の部隊とはいえ、背後から攻められるのを嫌ったポード軍は後退し、戦場は町の中に移る事になる。
そして、第五師団はやっとモナリの町に入った。
入ってすぐに町の門を開き、中央の心臓広場へ後退する敵への追撃を開始した。
門が開いた事で、門や防壁の上で戦っていた少数のポード軍兵士たちは降伏した。
「降伏ですか?」
第三師団も町に入る事を伝えに戻って来た伝令兵によって、ヒーナはそれを知った。
「はい、西門に残されたわずかなポード兵だけですが…」
その西門は、北側と南側の両脇の壁に穴が開き、もうすでに門の意味などない。
「有名無実とはいえ、その名の部分に人は頼ってるって事さぁ~」
乗っている馬を撫でながらベッヘルが言った。
戻って来たヤードが、
「ゴルド様はそのまま突撃されます、我々も追撃しなくていいのですか?」
とたずねると、
「はい、追撃はしたいのですが…この大通りを見てください…」
と、ヒーナはモナリの道を指した。
それは西門から中央の広場を通って東門につながる、モナリの町の中央を東西に走る大通りだ。
「私には、この大通りが、伏兵に絶好の雑木林に見えます」
確かに、ヒーナの言う通り、大通りに面した建物は大きく、裏手は家々が密集している。
渡り板を何枚か用意すれば、屋根づたいに広場まで行けそうである。
「右側の屋根の高さが一定ですね…」
ヒーナが言う右側、つまり東西を貫く大通りの南側は、高くて大きな建物が建ち並び、その屋根の高さが同じであった。
これは恐らく日照の問題であろう。
通りを挟んで北側は、むしろ低い建物が多く、その屋根の高さもまばらである。
「伏兵がいるなら北側ですね。右の屋根から矢を放ち、右手の屋根に注意が行ったところで、左から伏兵が出て攻撃する…」
と、ヒーナが話している最中に、先を行く第五師団の先頭に弓矢が浴びせられていた。
ヒーナの予想通り、南側の屋根に射手が出現した。
「いけない…ヤードさん!ロウさんと一緒にこの大通りの二辻北側を進んで伏兵を探して下さい!」
ヒーナの指示が飛ぶ。
合点したヤードはロウの部隊と共に、つむじ風のように部隊を率いて行った。
「いいんですか~?あれでうちの半数が行っちまいましたぜ?」
ベッヘルはそう言うと、
「何もあんな奴を救うことはないのに…」
と、小声で付け加えた。
「指揮官への個人的な感情はどうあれ、味方を助けるのは当然の事です。逆の立場でも、第五師団は同じことをしてくれるはずです…」
ヒーナは憮然とした顔でそう言うと、心配そうに大通りを見た。
しばらくすると、左の建物の間から、大通りに槍を持った兵士が飛び出して来た。
ポード軍の伏兵だ。
同時に屋根の上から射手が去っていく。
ここまではヒーナの予想通りである。
だが、その伏兵は、すぐに次々と路地に引っ込んで行く。
どうやら、ヤードたちが到着し伏兵の背後を突いたようだ。
第五師団が壊滅的な打撃を受ける前に間に合った。
ところが、町の中央を目指していた第五師団の本隊らしきかたまりは、前進もしなければ後退もしない。
不審に思ったヒーナは、自軍に前進を命令し、大通りを東へ行く。
程なくして第五師団の動かない大きなかたまりと合流した。
第五師団の先頭の部隊は、既に広場に達するほど先に行っていて、ヤードやロウもそこにいる。
大通りの真ん中で大きなかたまりになってなかなか動き出さないのは、ゴルドの自身のいる本隊のようである。
ヒーナの姿を見ると第五師団の兵士達が本隊の真ん中まで通してくれた。
かたまりの中央に出たとき、その動かない原因は、ゴルドが負傷している為だとわかった。
右腕に矢、左大腿に槍傷を負って流血し、地面に倒れている。
特にその左太ももの傷は深く、立ち上がるのも辛そうであった。
ヒーナは馬を降りて駆け寄った。
ベッヘルたちも同様に下馬し、ヒーナに着いていく。
「馬を渡します、それに乗って後退して下さい」
ヒーナが言うも、ゴルドは、
「馬は有り難く頂こう。だが、この程度の傷で後退できるか!」
と、頑としてヒーナの言うことを聞かなかった。
「ゴルドさん、今あなたを失う訳にはいきません。お願いですから後退して下さい…」
心配そうな顔のヒーナも、ゴルド相手に頑なに譲らない。
立ち上がろうと、部下の肩に捕まるゴルドは、何度もよろけ、見ていて危なっかしい。
その時、
「ゴルド様!」
と、伝令兵が飛び込んできた。
「先頭のナゲリ部隊広場に到着。しかし、心臓広場には敵が待ち構え、第六師団の捕虜を盾に交渉を要求している模様です!」
夏の日差しが暑い。
鎧やその下着が汗でべっとりと肌に張り付き、早く鎧だけでも脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。
馬上のヒーナですらそうなのだから、走ったり戦ったりしている兵士たちはもっと辛いだろう。
ヒーナたちはフラン軍第三師団の到着を待って、第三師団長モーリスと共にモナリの町の中心にある心臓広場に向かった。
第五師団長のゴルドも応急手当てを受けたが、誰の制止も聞かずに広場に轡を並べた。
心臓広場は、結構な広さがあり北東、北西、南東、南西の四方に噴水が設置されている。
四つの噴水は全て、上下の二つの水盆で成され、上の水盆を支える支柱にはそれぞれ、北東はクジラ、北西はイルカ、南東はシャチ、南西はサメの彫刻が彫られている。
下の水盆が人間の腰の高さになるように設計してあり、馬や牛や山羊などの水のみ場となって縁が汚れないように工夫がされている。
ポード軍は、北東と南東の噴水の間に一列に並んで陣を張っていた。
中央に雪とリンダがいて、その前には縄で縛られた捕虜がひざまずかされ、一列に並べられていた。
捕虜は皆一様にうなだれている。
第三師団長のモーリス、第五師団長のゴルド、それにヒーナが心臓広場に着いたときには、ヤードもロウも、第五師団の先頭にいた部隊の面々も、捕虜を前にどうしたらいいか判らず、にらみ合いの状態であった。
本隊が到着したのを見たポード軍は、白旗を揚げた騎乗の使者を一騎出した。
「ポード軍総指揮、雪様の伝言である!フラン軍の捕虜となったポード軍兵と、我々の捕虜を交換し、我々の撤退を追わないと約定あれば、我々はモナリを去る!以上である!」
フラン軍の兵達はざわついた。
「どうですかな、ミツカイ殿?」
モーリスは伝令兵の去っていく姿を眺めながらヒーナにたずねた。
「ここまで押し込まれておいて、なんと身勝手な条件ではないか。問答無用、徹底交戦だ」
荒い息の下からゴルドが吐き捨てる。
ヒーナはゴルドの言葉を遮るように、
「私は…捕虜交換してポード軍を帰した方がより建設的かと思います…それに、ゴルドさんも安静にした方が…」
と、答えた。
それを聞いたモーリスは、ふぉふぉふぉと笑いながら、
「戦争屋が建設的とは…皮肉ですな」
と言ってアゴヒゲをさすり、少し考えているようであった。
そして一呼吸くらいの後、
「相手があの雪ですからなぁ…」
と言ってまた考え込んだ。
三者が考え込んでは思考も議論も進まない。
そこでヒーナが所感を述べた。
「事ここに至ってはもう雪に策はないと思います。あえて言うなら、南の屋根に弓兵、北の路地に伏兵で奇襲するくらいでしょう。もし追い出し、または追撃戦をするなら、陣形はかなり慎重に組まなければなりません…」
「どういう事かな?」
と、モーリスがたずねる。
「大通りに本隊、南に右翼部隊、北に左翼部隊とします。ですが、右翼、左翼共に隘路になりますので、攻められる側にとって有利です。両翼のどちらか、もしくは両方が敗走したら本隊は二方、もしくは三方から囲まれる形になります。これを嫌って両軍が動かない、後手必勝の策をとると、町の人たちの生活が成り行かないでしょう…」
うーむとモーリスが唸りながら、
「昼間は当然外に出れないし、夜は見張りの兵に敵と思われて殺される可能性もあるか…町を取り返す為の戦が、町の人々から嫌われる事になるか…」
とまた考え込んだ。
そこにゴルドが、
「しかし戦いが長引くとも限らない。ここは押して勝ちを得るべきた。何より最初は、ミツカイ殿自身が押せと言っていたのだぞ…」
と、肩で息をしながら言った。
馬上であるとは言え、傷が深いのであろう。彼の顔は青ざめ血の気が引いている。
ヒーナはそんな様子を見て、
「聞いて下さいゴルドさん、あなたは安静にしなければいけない。私はあなたも、フラン軍の兵も、もうこれ以上一人も失いたくはないのです…」
と、悲しそうな顔で訴えた。
「ヒーナ殿、あなたの言う策に従えば、確かに損兵なくモナリを手に入れられたでしょう。しかし、ゴルド殿の命をかけた突攻があったからこそ、あの雪から、捕虜の交換という条件を引き出せた…」
モーリスは穏やかな口調であった。
「これ以上に有利な条件を引き出せる事があるやもしれませぬな…」
そう言うモーリスに、ヒーナは反論した。
「これ以上の有利な条件ってなんですか?今以上を引き出す為の犠牲に見合うものなのでしょうか…」
「雪を倒すという事だ」
ゴルドが口を挟んだ。
「雪を捕虜か殺すか出来れば、ポード軍はもう攻めては来れない」
ゴルドはそう言いながらも苦しそうだった。
「我らの使命は何だ!戦争から生きて帰る事ではない。フランを敵の侵略から守る事だ!」
ヒーナはゴルドに何も言い返せなかった。




