第二十八話 <門を挟んで>
「雪様!西門が破られました!」
その報に、早目に夕食を採っていた雪はパンを放り投げて立ち上がった。
「いよいよ来たか!」
向かいで同席して食事をしていたリンダが、勢いよく椅子を蹴った。
雪は口をテーブルクロスで拭うと、後ろの壁に立て掛けてあるなぎなたを取る。
「第二師団は、クリドは戦闘中か?!」
雪の言うクリドとは、ポード軍第二師団の団長である。
「それが…」
伝令の兵士が口ごもる。
雪は腰の短剣を確認する手を止め、伝令兵を見つめた。
「…不可解な事に、敵のミツカイは例の力で西門のすぐ北側の壁を破壊。その後、引き返したとの事で…」
伝令兵の声はだんだんと小さくなった。
彼自身もこの報告に自信がないのであろう。
それもそうだ。
普通は壁に大きな穴が空いたら、ここぞとばかりに攻め立てる。
そこから侵入しようと躍起になるだろうから。
「どういう事だ?!」
リンダが困惑して叫んだ。
雪か伝令兵かどちらに尋ねているのかは分からない。
「敵の様子は?」
雪は腰にさす短剣を持ったまま、元の椅子に腰掛けて伝令兵に聞いた。
「それが、朝からずっと同じように、さながら門の前で軍事演習をしているようだと…」
雪はなぎなたを背後の壁に立て掛けて直し、また座り直すと、テーブルに放り投げたパンを拾った。
「なんでだ?!」
リンダがまた叫んだ。
「とりあえず座れ、それから飯を食え」
雪はリンダに向かってそう言うと、伝令兵に「ご苦労だった、下がれ」と命じた。
「なんで、攻めてこない?!」
リンダはなおも納得いかない様子で叫んだ。
「私に聞くな、敵に聞いて来い。いいから座れ、そして飯を食え」
雪は、もう落ち着いて、残りのパンを頬張り、スープをすすっていた。
「だから、壁の穴はどうするんだよ?!何で開けたのに攻めてこないんだよ!」
立ったまま、納得のいかないリンダはその疑問をぶちまけていた。
「私はヒーナとかいう小娘じゃない。だからあいつが何を思ってるかなんて知らん。だか、予想はできるな…」
雪は涼しげな顔でカップの白湯を飲んでいた。
「それを聞いているんだ!」
リンダはイライラしてテーブルクロスを握り締めていた。
「私はフランのミツカイではないから、正確かどうかはわからんが…まぁ推測するに、こちらを揺さぶっている、といったところか」
雪は落ち着いて、皿にあったキッシュにフォークを刺す。
「ゆさぶる?…ゆれてないぞ?!」
リンダが不思議な顔でたずねる。
「お前は十分揺さぶられているだろ。敵の思う壺、期待通りの反応だろうな」
雪はフフフと笑った。
それに少しムッとして口を尖らせながら、
「動揺、混乱を誘うって事か…」
とリンダが言うと、雪が、
「守りの壁が無いだけで、かなり心理的に追い詰められるだろう。このまま壁を破壊し続け、モナリを丸裸にでもするんじゃないのか?」
と、まるで他人事のように楽しそうに笑った。
「笑い事じゃないだろう!」
リンダがまたイライラして叫ぶ。
冷徹な顔に戻った雪は、
「もしお前が、城壁や門に簡単に大穴を開ける力があったとして、どうする?」
とリンダに尋ねた。
「もちろん、穴を開けてそこから攻め込む!当たり前だろ!」
「それでは三流だ」
雪は鼻で笑った。
それにまたムッとしたリンダは、
「穴が開いたら門なんて役に立たないし、壁も意味がないだろ!さっさと攻めればいいじゃないか!」
と怒鳴りながら両手を振り回した。
「それでは普通に攻めるよりは少ないかもしれないが、味方に多くの被害が出る」
と雪は冷静だった。
「当たり前だろ、戦争だ!」
とリンダ。
「まぁ落ち着いて座れ。そして食べろ」
と、雪はリンダをなだめて、フォークに刺さっているキッシュをかじった。
雪に促されたリンダは、椅子に乱暴に座ってテーブルに頬杖をついた。
「いいか…」
口のものをスープで押し流した後、雪が説明を始めた。
「より被害を少なく町を手に入れるには、中に居る敵の軍隊が退いてくれるのが一番だ。目的はモナリの町から我々が出ていく事だ。何も戦って血を流す必要はない」
「そんな都合よく敵が退いてくれるか?」
リンダはそう言いながらも、ふてくされてパンをかじり出した。
「壁のない町を守るとなったらどうだ?守れるか?我々はあの丘で敗戦している。その上、逃げ込んだ町から壁が消えたらどうする?」
「どうする?って…その時は再度戦いに出るか、ポードまで逃げるか…」
「そうさ、相手はそのどちらか一方を求めている。この町から我々が出れば、それで奴等は勝ちだ」
「降伏勧告か?」
「そうだな、無言の降伏勧告…いや、この場合は脅迫だな」
雪は無表情でそう言うと、テーブルクロスで口を拭いて立ち上がった。
「この町を出よう!」
「決戦か?!」
また椅子を蹴って飛び上がったリンダに、
「いいから、座って食え」
と雪は言った。
「手負いの兵士から順次退却だ。平野部の手前のイヌガル要塞まで退く」
イヌガル要塞はかつてポード軍の西の国境を守っていた要塞であった。
そこまで退くという事は、モナリの町を明け渡し、事実上ポード軍の敗北を意味する。
雪はくるりと回転してリンダに背を向けた。
そして背後の壁に立て掛けていたなぎなたを、背中に回して肩から吊るした。
「どこに行くんだ?」
とリンダ。
「嫌がらせだ」
雪はニヤリと頬に笑みを浮かべて立ち去って行った。
夕食を済ませたヒーナは、宿営のテントに引きこもった。
そこで、伝令が運んできたエリーゼからの手紙や、フラン国からの書簡を読んでいた。
給仕見習いのセナが飲み物を持ってきていたが、それに口をつける事すらなく、ただゴワゴワの羊皮紙を次々紐解いては読みふけっていた。
脇にはヤード、ベッヘル、ローグ、ファーゼ、それにアルドが座って何やら話し合っていた。
他の隊長達、セルドやガモなどは、自部隊の者を集め、それぞれの宿営で部隊編成をしているようだ。
集まった隊長達が話し合っていたのは、今日の訓練のような軍隊運動で見つかった問題点を踏まえ、兵士と補給隊との入れ換えや担当箇所の変更を相談していたのである。
そこへ、伝令が入って来た。
「ヒーナ様、ゴルド様からの伝言です」
ヒーナはそう言われて顔を上げた。
ベッヘルがやれやれといった顔をしている。
そこで伝令の兵士が伝言を伝える。
「今日のような事で戦闘と呼べるのか、いつモナリに入れるのか、との事です」
それを聞いた隊長達はため息をついた。
「おいおい、あんたも師団長なんだから、攻め取る方法を考えて献策すればいいじゃないかぁ~」
ベッヘルが薄ら笑いでそう言うと、伝令兵は申し訳なさそうな、複雑な顔をした。
「私の策に従ってもらっているのです、そんな事を言うもんじゃありません…」
ヒーナはベッヘルを諌めた。
「しかしですねぇ…ヒーナ様、籠城戦を主張してたのはあいつなんですぜぇ~」
と、肩をすくめてベッヘルが言う。
それにヤードが反応して、
「壁に穴が開いたので、主攻論に変わったのでしょう。無理もありません、突破したい場所に穴が開いたのですから」
と言ったのだが、それはヒーナに説明しているようでもあった。
「状況によって意見が変わるのは良将の証ですな…」
アルガが黒いコーヒーを飲みながらそう言っていたが、皮肉っているようにも聞こえる。
伝令兵は何か言いたそうに苦笑いを浮かべていたので、「どうしたのか?」とベッヘルが問う。
すると、言い難そうに、
「夕方のヒーナ様の力を見て、ゴルド様は大層驚いておられまして…」
と答えた。
それを聞いて隊長達が笑った。
だが、驚いたその後で、ヒーナに対して暴言を吐いている姿も容易に想像できた。
「そんな力があるのなら、とっとと攻め滅ぼせ腰抜けが、とか言ってただろう~?」
と笑いながらベッヘルが伝令兵に問うのだが、伝令兵は苦笑いを浮かべるだけであった。
そんな困った様子の伝令兵に、ヒーナは、
「壁を破壊して敵の心を崩します。ですから、今夜は夜襲を警戒して下さいと、お伝え下さい」
と伝令を与えた。
それを受け、かしこまってテントを出ようとする伝令兵を、ヒーナは慌てて呼び止めた。
「それと、温かくして寝てください。大事なお身体です。テントの中は熱いくらいで丁度いいと…」
伝令兵はまたいい返事をして駆け出した。
はたしてその夜、雪が降りだした。
これは間違いなくポード国の指揮官、雪の仕業であろう。
ヒーナの言葉通りになったので、ゴルドは慌てて暖を取って悔しがっていたという。
だが、その夜にポード軍からも、ましてフラン軍からも夜襲はなかった。




