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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第二章 実戦
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第二十七話 <奪還の前に>

北へ進軍中も、兵士達の殺気や興奮は収まらなかった。

「ヒーナ様、兵に息抜きをさせるべきです」

ベッヘルが珍しく真顔で声をかけてきた。


体に付いた筋肉も度胸も多分に持っている彼が、何かを心配しているのは珍しい。

「…何か、変ですか?」

ヒーナは素直に聞いた。


「この状態は、いわば、激怒して拳を振り上げたものの、落とし処を失って腕を上げたまま、みたいなもんです」

ベッヘルは眉をひそめた。

「次が全軍突撃、なんて事なら、この上ない破壊力がでるでしょうが…」

そう言うとヒーナを見つめて続けた。

「慎重にジワジワ締め上げるような、例えば籠城戦のような作戦を取るのなら、ますます行き場がなくなり、溜まりに溜まった鬱憤は簡単に爆発する事になるでしょうな~」

ベッヘルは最後はニヤリと笑っていた。


彼が何を言いたいかは分かる。

実戦経験豊富な彼がそう言うなら、このままでは危険が大きいのだろう。


「そういえば…」

ベッヘルはそう大きな声でつぶやくと「朝飯も食ってないし、腹が減ったなぁ~」とお腹をさすった。


それを見たヒーナは少しうなって、

「雪が降る寒い中でご飯を食べるのは、ちょっと…」ともらすと、

「じゃあこの寒気を抜けたら昼飯にしましょう!」

とベッヘルが笑った。


「…それでは、後ろの第五師団が…」

そう言いかけるヒーナに、ベッヘルはぐっと近付き、

「モナリを囲うだけなら、あっちの数だけでも十分でしょうな」

そう言って片眼をつむると、

「雪が降らない所まで行ったら全軍停止して飯だ~!」

と号令をかけた。


伝令隊長のガモが少し前に出てヒーナの顔を見た。

ヒーナが頷いたのを確認したガモは伝令隊に号令をかけ、旗を持った騎馬が各部隊に散っていった。




茶色や赤のレンガでできた家々がつくる町並み。

軍隊が隊列を作って往来出来るほどの広さの石畳の道路。

その大通りがモナリの町の東西に一筋に通り、ちょうど中央に「心臓」という名前の広場がある。

心臓広場の北側は地下に牢を有する兵士の宿舎があり、有力者や役人、権力者の家々が建ち並ぶ。


また、南側には町の役人や有力者が集まる議事堂を有する役舎があり、西隣は巨大な木造の馬車駅舎、東隣は広い市場が設けてある。

この市場は一般家庭に小売り販売する市場ではない。

一般家庭に小売り販売する商店に卸売りする市場なのだ。

よって、大量の食品、調味料、雑貨などの生活必需品が集まる。

文字通りのモナリの心臓となる広場であった。


その広場の役舎の奥にある議事堂の中央にある大きな議会の間。

その議論の場で、雪は中央の議長席に腰掛け、隣の席の上に足を投げ出して座り、兵達が次々に持ち来る報告を聞いては指示をするという作業を繰り返していた。

その傍らには脱ぎ捨てられたブーツが散らばっている。


「雪!どういう事だ!」

そんな報告に割って入ったのがリンダであった。

遠くからでもこちらを目指してくるのが分かるくらいに大きな足音が議事堂に響いていた。


そして、雪を見付けると足早に歩み寄り、青い目を白黒させて雪にくってかかった。

「門の事か?」

ゆっくりと雪が答えた。


「そうだ!早く門を閉じろと命令しろ!」

納得がいかないリンダは唾を飛ばしながら怒鳴る。


雪は面倒だと言わんばかりの顔で

「まだジャンが帰っていない」

と、顔にかかった唾をぬぐいながら答えた。


「だがこれではどうぞ通って下さいと言ってるようなもんだろ!敵が攻めてきたらどうする!」


それを聞いて、雪は小さなため息をつきながら、

「じゃあ何で敵はまだ攻めて来ないんだ?」

ときいた。


リンダは言葉につまった。


雪がモナリに到着して最初の命令は、門を開け放ってかがり火を炊けというものだった。

確かに町の西の門は、どうぞ通って下さいと言わんばかりに開け放っており、そのわまりには門番すらいない。

だが、フラン軍はまだ攻めて来てはいない。


「なんで…攻めて来ないんだ…?」

リンダは最初の勢いがウソのように、たじろぎながら雪にたずねた。


「私は計略を好む。それは敵も味方も共に知るところだ。そんな私がワザワザ門を開けて通って下さいと言ったら、お前が敵なら通るか?」


「…そ、それは…考えるな…」


「だろう。それに今回の敵は複数の師団だ。思いがけない状況を目の前にしたら、まず話し合う。そして話し合いに時間がかかる」

そこまで言って一息ついた後、雪は「それに…」と続けた。

「帰っていない味方も多い。今は立て直す時間も必要だ」

リンダは納得せざるを得なかった。


「他にも理由はある。東側の門は閉じてあるのは、攻め入るなら西からにして貰いたいからだ。東から入られたら退路が無くなるだろう。それに、あのミツカイの力…」

雪は忌々しいモノを見るような表情になった。


「白金の光か…」

リンダが口を挟む。


「あぁ…。あれなら、門は閉じていようが無意味だ…」


「確かにな…」

リンダが神妙な顔で納得した。


「まぁ、心配するな。こんなサービスをするのは明日までだ。今夜の内に門は閉じるさ」

雪はそう言って微笑んだ。




第八師団はモナリの町の西門前で第三、第五師団と合流した。

合流後すぐにフラン軍第三師団の伝令兵が来て、ヒーナに第三師団の団長の幕舎で会合がある事を告げた。


各師団長は数名の部下を連れて、第三師団のテント群の中央にある、ひときわ大きな幕舎に集まり、師団長たちの会合が行われた。


幕舎に入って来たヒーナの姿を見るなり、ゴルドが開口一番、

「ハッキリさせておきたいのだが」

と、居丈高に声を上げた。


「このフラン軍を指揮するのは第三師団長のモーリス殿だ、異論はあるまいな?」


この世界では複数の師団が集まって戦闘する場合、特例を除いて、数字の若い師団の長が総指揮を取る事が慣例となっている。

しかし、その特例というのが、主にミツカイの師団が混ざった場合で、そういう場合は、ミツカイが総指揮となる場合も多い。


ゴルドはヒーナにそれを確認したかったのであろう。

ヒーナは、ゴルドではない、もう一人の騎士を見た。


胸板厚く今にもはちきれそうな銀色に輝く鎧、その鎧からのびる逞しい両腕。

そしてお腹も大きく、帯びている長剣が短剣に見える程である。

色黒で赤毛で赤髭の初老の大男だが、どこか柔和な雰囲気を感じた。


――― この人が第三師団長のモーリス? ―――


少女に見つめられているのを知ると、その騎士はニッコリ微笑んで近付いてきた。

ヒーナが慌ててお辞儀をして名乗ると、「おぉ、あなたが新しいミツカイ殿か!」

と、声を上げて笑った。


このにこやかな騎士は第三師団長のモーリスだと名乗ったところで、

「前の解放戦は見事でしたな」

とヒーナを褒めた。


ヒーナが少し照れながら短く礼を言うと、

「今回も何か策がおありですかな、ミツカイ殿?」

と穏やかにたずねた。


ヒーナはこくりと頷いた。


「聞かせてもらえますかな、ミツカイ殿」

初老の大男は、そう言いながら真ん中にあるテーブルにヒーナをうながした。

少女はエスコートされるがままに椅子に腰かけると、モーリスとその近習の騎士たちも、ゴルドやその部下たちも続いてテーブルについた。


「私達は今まで、策略が出来るということを、策略が得意な相手に見せ付けてきました」

ヒーナの言葉にモーリスは穏やかに微笑みながら頷いた。

ゴルドも、動きはしなかったが反論しないところを見ると同意しているようだ。


ヒーナが続ける。

「策略で生きてきた人は、最後の決戦にこそ、策があると思いがちですが、現実はそうでもありません。それまでの積み重ねで、あっさりキングを取れたりするものです…」


「戦場はチェスとかいう遊びとは違う!」

ゴルドが苛立ちを口にした。


それにモーリスが笑顔を崩さずに、

「遊びとは違うでしょうが、計略を考える者の心理としては戦場でもゲームでも同じ、という事でしょう?」

と、ヒーナに同意を促した。


ヒーナは静かに頷いて続けた。

「敵は色々仕掛けてくるかも知れませんが、力押しを貫くのが一番の策です」


ヒーナはゴルドの高圧的な態度に一瞬たじろいだ。

しかし、ゴルドの言うがままにヒーナの戦略を崩され、結果的に自軍に妙な緊迫感と興奮が生まれ、それが今も漂っている。

これ以上自分が意見を言わないで振り回される訳にはいかない。

味方がもっと酷い事になるかも知れない。

大切な第八師団の面々を、無駄な危険に晒したくはなかった。


「今、モナリの門は開いています。攻めるには絶好の機会です!」


「バカな!それこそ雪の作戦だ!」

ゴルドは激しく反論する。

「ポード軍第二師団は無傷でモナリに残っている。その上に、雪もまだ生きているのだぞ!」


「ですが、軍としては相当な深手を負っています。わざわざ門を開けてくれている今攻め込めば、難なくモナリを落とせるでしょう」

ヒーナはゴルドとにらみあった。


「そうか…」

重い口を開いたのはモーリスであった。

「ミツカイ殿は今攻めろと言うのだな?」

現下、ヒーナは答えた。

「そうです!」


「ならば何故、追撃して敵に猶予を与えずモナリに攻め込まなかったのですかな?」

ヒーナは言葉につまった。

ゴルドのせいであるが、そのゴルドを見るとニヤリと微笑を浮かべていた。


「実際は第八師団がここへ到着したのが、我々がここへ到着しただいぶ後、我々が宿営を建てた後でしょう。聞けば食事と休憩を済ませてきたそうではないですか…」

そうだそうだとゴルドの近習たちが口を出したが、モーリスはそれを厳しい視線で制した。


「我々の兵も少し休ませてはもらえませんかな…」

ヒーナは何も言い返せなかった。


「その代わり、と言ってはなんだが、明日の朝からの作戦は、あなたにお任せしましょう」

初老のモーリスは柔らかな笑みでそう返した。




翌朝、ヒーナは第八師団を率いてモナリの町の西門前に立った。


そして、早朝から統制のとれた軍隊運動を門の前で繰り広げた。

しかし、決して戦闘に及ぶような行動は避けた。

交代で昼食を取ってからも、軍事演習のように門の前で兵を展開しては上げ、また回転させては再展開、ということを繰り広げた。


夕方、ヒーナは十人程を引き連れて門の前に立つと、両手を突き出し、光の川を放出して門の北、左側に大きな穴を開けた。


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