第二十六話 <モナリの町へ>
「前進せよ!」
「前進だ!」
各部隊長達からも号令が飛ぶ。
第八師団は丘を下り、右に流れるポード軍に襲いかかった。
フラン軍の兵達が、次々にポード軍と激突するも、その勢いは止まらない。
―― いつもより、なんか…強くなった!? ――
斜面を下るヒーナはそんな味方の様子に息を飲んだ。
「すこぶるいい気分ですな!」
ヒーナの後方でセルドが叫んだ。
「みんなミツカイ様の演説で意気が上がっています!このまま押しきりましょう!」
ヒーナは左軍を意図的に先行させ、右軍を下げ気味にしていた。
それは、北側、モナリの町に逃げたくなる心理と、南に突破されても厄介な追撃戦になる事を見越しての用兵である。
何とか挟撃を免れたいポード軍から見れば、東西から押し寄せる敵軍が合流し東西と南は敵にふさがれているように見える。
そこへ、東の丘の上から来るフラン軍の右軍が遅れている為に、北側が開いているように見え、好都合な逃げ道が出来ている事になる。
それを見れば、指揮官がいなくなった戦場では、自然とポード軍は北へ逃れて行く。
北側にある囲いの切れ目に向かって流れるポード軍は、その数をどんどん削られていった。
ヒーナは右軍に弓兵を多く配置し、ポードから見て北側の出口付近に、集中して弓を撃たせた。
やっと囲いを抜けても背後から弓矢に撃たれ、ポードの兵達は次々に倒れていった。
「周して囲わず…」
ヒーナは先人の教訓を現実として知った。
「雪様!ご無事で!」
ポード軍第六師団の兵達が次々に参集してきた。
最初は本当に戦場で戦っていたのか、鎧もまっさらで武器も無傷の者や、すすで真っ黒になった裸同然の者などが集まって来ていたが、徐々に負傷兵が目立ち始める。
「負傷兵はそのまま、先にモナリの町に行け!」
雪の号令が飛ぶ。
「雪様もモナリに入って下さい」
ランベールという隊長が言う。
「何を言う!ここまで引いてきた兵士が、私の姿を見つけられないと何と思うか…」
雪の言葉を聞いたランベールは額に皺を作って下を向いた。
そして、
「ですが、いずれここも敵襲を受けるでしょう。本当に雪様を失う事になった方が、我らの失望は大きいのです!」
と、白い息を飛ばしながら反論した。
そんなランベールを、力強い眼光で見つめていた雪だが、やがて、
「わかった…」
と苦笑しながら吐き出した。
そんな雪を見てランベールも微笑む。
「ここはこのランベールにお任せ下さい」
と畏まって礼をすると、丘の方に向き直った。
ふわふわと舞い降りる綿雪の中、敗走するポード軍がこちらに来る。
その後ろから怒号と砂塵、血煙が迫っている。
ここに弓矢が届く距離まではまだ余裕がある。
しかし、間もなく、敗走する兵達が敵軍を連れて来るだろう。
「ランベール!」
雪の声にランベールが振り返った。
雪は複雑な表情で他の兵が乗ってきた馬にまたがりながら、
「死ぬな!」
と命令を下した。
「死んだら軍法会議かな…」
ランベールは微笑みながら呟いた。
ヒーナは丘を背後に、右翼を引き下げ気味に指揮していた。
しばらくして全部隊が丘の斜面を下りきると、アンナに水を頼んで、現状の戦の流れに任せた。
アンナが木製のカップに入れた水を持ってくる。
その冷えきった冷たい水を一気に飲み干すと、今度は右軍を軸に、北向に展開するように指示し始めた。
そんな時であった。
「ヒーナ様!」
追撃体制に入った第八師団に、白馬に乗った立派な騎士がやってきた。
傍らには数名の騎乗した近衛兵がいる。
その中に居たガモが馬から飛び下りてヒーナの近くで膝まついた。
「第五師団のゴルド様です!」
ガモの言葉に騎士達の方を見ると、浅黒い肌、金髪、碧眼の男がヒーナの近くで下馬してやってきた。
「初めまして、ヒーナといいます」
挨拶をしようと頭を下げるヒーナを、その銀色に輝く鎧の男は牽制しながら「時間がない」と手短にフラン軍第五師団長ゴルドだと名乗り言葉を続けた。
「ミツカイ殿はこのままモナリを包囲されるつもりか?」
「はい、この機に乗じて…」
「ならば何故追撃をする?!何か考えがあっての事か?」
意外な言葉にヒーナはたじろいだ。
「モナリには既に敵の第二師団が駐留している。このまま行っても籠城戦になるだろう」
反論しないヒーナに、ゴルドはなおも畳み掛ける。
「籠城されれば、持久戦になる。そのとき、敵の数は少しでも多い方がいいのだ」
「でも…!」
ヒーナは反論しようとしたが、ゴルドは続けた。
「それとも、ミツカイ様の兵は、あなたの言うことを聞いてくれないのですかな?」
ゴルドは嘲笑を浮かべていた。
「わかりました」
そう言うとヒーナは全軍停止の命を下した。
ドンドン! ドンドン! ドンドン!
すぐに太鼓が響く。
第八師団は追撃体制に入ったばかりであったが、即座に停止して次の合図を待った。
そんな軍の統制に、ゴルドはかなり驚いた様子であったが、「それでよいのです…」と頷いた。
「ヒーナ様…」
前線からムリカという小隊長が急いで戻ってきた。
その様子を見て傍らに居たガモが「控えよ」と制した。
ムリカはヤード配下の班長である。
進軍を止めた意図を探りに来たのであろう。
「心配いりません…」
ヒーナはそう言うと前線の兵達を見渡した。
みんな戦闘もしていないようで、武器のぶつかり合う音はない。
しかし、勢いを無理矢理止められたせいか、妙な緊迫感と興奮と殺気が漂っていた。
「これより第八師団は、モナリの町に直進するのでなく、一度北に進路を取り、寒くない場所へ出てから西進してモナリに向かいます…」
ヒーナの言葉に
「かしこまりました!」
と、ガモがいつもより大ぎょうに返答した。
「北へ進軍!」
「右軍右向け!」
「左軍を上げろ!」
号令が飛び交う中、ヒーナはじっとゴルドを見つめていた。
「それでは、我が師団も北進して後にモナリに向かいましょう」
満足そうな笑みを浮かべながら、ゴルドはマントをひるがえして自軍へ戻って行った。
雪の降りしきる中、騎乗のヒーナはふと思い出していた。
そういえばエリーゼも言っていた、フラン軍の中にはミツカイに反感を持つ者も多いと。
彼らは何年も何十年も戦場を乗り越え、厳しい訓練をしてきている。
なのに産まれも育ちも何処とも知れない少女に、全指揮権を奪われるのだ。
確かに面白くはないだろう。
ゴルドもそう思っている大勢の中の一人なのだろうか。
そんな事を考えていると、やがて吐き出す息が白くなくなってきた。
かわりに、お腹がぐうぐう鳴り出した。
ヒーナは全軍停止を命令し、休息を取るよう指示した。
間もなく食事の準備をしている炊事の煙が方々から上る。
ヒーナのところでは荷馬車から折り畳み式の椅子と、テーブルが運び出された。
そのテーブルに厚目のテーブルクロスをかけて、木のフォークとスプーン、それに水の入ったカップが置かれた。
やがて何人かの師団長がヒーナの元に訪れたのをきっかけに、遅めの昼食が始まった。
アンナが最初にパンを一切れ持ってきて全員に配り、次にヒーナの前に置いたのは、魚とジャガイモのトマトスープだった。
樽の中で保存用に塩漬けになったニシンをぶつ切りにして鍋に入れ、ジャガイモと潰したトマトで煮る。
途中で魚の臭みを消す為の香草を入れて、味を調える。
戦場の為か、香草が少ないのか、魚の臭みがまだ少し残っているものの、このトマト煮は結構美味しい。
戦場でこんな料理が出るということは、取り合えずの祝勝会といったところか、第八師団の隊長達は料理を味わいながら談笑していた。
「しかしあの雪は、しぶといですなぁ~」
スパイスのきいたワインを飲みながら、ベッヘルが呑気な事を言った。
「私は、彼女を確実に白金の光の中にとらえました。なのに、まだ生きているなんて…」
ヒーナが首をひねった。
「冷気の力で盾を作った…のでしょうかね?」
ヤードがそう言うと、
「とにかく、あれでも死なないヤツがいるって事だなぁ」
と、ロウが呑気にワインを飲む。
その後に、「それに」と真顔になって続けた。
「ミツカイを殺すのが今回の目的じゃないからな」
そう言った後、髭に付いた葡萄酒を右手てぬぐった。
「確かにそうです、そして取り合えず目的は達しました。」
ヒーナは腑に落ちないながらも、少し明るい表情で同意した。
「兵の様子がまだピリピリしています、しばらくはこの変な緊張は無くならないでしょう…」
ヤードは心配そうだった。
「まぁ今回は、アイツの顔を立ててやっただけさ~」
ベッヘルは相変わらずの口調に戻っていた。彼の言うアイツとは、第五師団長のゴルドであろう。
「囲むのがヤツの作戦。だけども、我らのミツカイ様はそんな下策はとらないさ、ねぇ?」
と、ベッヘルはヒーナの顔を見た。
「最初に、今回は強行軍と言いました。それは、モナリの町を落とすまで強行しようとしたからです」
ヒーナの作戦はこうだった。
川の東側を北上していたのに、川を挟んだ西側に出現したという事実を作る。
ついでに背面から丘の上に陣取るポード軍を襲う。
例えその場で相手を敗走させなくても、ポード軍は地理的に優位だろうが、挟撃されている状態の方を嫌うだろう。
だから、いずれはモナリまで退却する。
川の東西に関係なく、今いる西側の門も、東側の川に面している門も攻撃可能という事は、ポード軍にも知らしめたのだから、敵はいずれか一つの門に兵を集中出来なくなる。
その場でポード軍が崩れ、敗走すれば追撃して門を閉じる間もなく内に入り込む。
それが無理でも、分散して兵力が少し減った門を、ヒーナの白金の光で破壊して、一気に流れ込むという作戦であった。
「今日はこのままモナリまで行って、それから決戦です!」




