第二十四話 <ベリーの丘の上>
モナリの街を北西に少し行ったところに、土地の者からベリーの丘と呼ばれている小高い丘がある。
斜面の所々には草木が生い茂り、そこに時期になればそこにブルーベリーやラズベリーが生る。
初夏、地元の者はここに生ったベリーを狩りに行って、パイなどにするのである。
その丘の上に、黒と白の正方形が規則正しく交互に並んだ模様の陣幕が張られた幕舎がある。
「雪様!スベン様を破ったフラン軍に動きが…!」
その幕舎に、ひょろっとした男が飛び込んできて叫んだ。
「斥候の話ですと、昨日の朝、東の橋を渡り北上したとの事です!」
「川の東側…間違いないのか…?」
幕舎の中央に置かれた大きな机の正面中央に位置取って座っている色白の少女から、りんとした声が響く。
ひょろっとした男は。
「斥候がワザワザそこを強調したので間違いないでしょう…」
と答えながら、その少女の隣の空いている椅子に腰かけた。
「という事は、モナリの奪還を狙ってるのか…」
ワザワザ川向こうへ回り込んで行軍するという事は、途中の橋が落とされてる以上、もう川の西側に来ないということになる。
すなわち、モナリの町の南西側で対峙しているこの戦場に向かっていないという事だ。
先にモナリの町を攻略し、フラン軍のものとなった町と、今対峙しているフラン軍の第三、第五師団とで挟撃しようという作戦なのであろうか。
「おとなしく第三、第五師団と合流すればいいものを…」
雪はそうつぶやきながら考えた。
もしくは、町を攻め取られ挟撃される危険を嫌って、丘の上の雪たちがモナリの町に戻り、籠もる事を期待しているのかも知れない。
つまり、相手の行動は、こちらに選択をせまっている。
「相手も少しは手の打ち方を考えられるようだ…」
茶色い瞳に笑みをたたえて雪はつぶやいた。
「フラン軍の第八師団だったか?」
誰彼ともなしにそうたずねながら、雪は胸の前で腕を組み、右手で自分の顎をもてあそびながら考え込んだ。
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このままだと、フラン軍がモナリに到着するのが明日。
今モナリには、ポード軍第二師団の長クリドと守備兵三千足らずが残っている。
この数なら、例え向こうが凄い力のミツカイでも少しは持ちこたえるだろうし、もしかしたら退けるかも知れない。
この戦場はあと二、三日で片付ける予定だ。
と、なれば、ここのフラン軍を退けてからモナリに戻って守備戦に加勢しても足りる事ではないか。
「よし決まった、我が軍はこのまま、今目の前にいるフラン軍を壊滅する。あと数日で雪を降らせる!全軍、手を抜かずに奴等を疲労させよ!」
翌日早朝、雪が幕舎から出て前線に向かう隊長に指示を出していた。
昨晩小雨が降っていた為か初夏だというのに少し肌寒い。
時折雲間から朝日が顔を出すと、少女の白い肌が輝いて発光しているかように、輪郭が淡く光った。
雪は茶色の瞳だけ動かして、夜襲から戻ってきた、背の高いひょろっとした男を確認した。
笑いながら大声で、配下の兵士たちと戦果を話している。
どうやらフラン軍の大隊長くらいの敵を仕留めたらしい。
「ジャン!ご苦労だった」
雪が声をかけると、胸の前で腕を折り曲げ、恭しく一礼した。
ジャンと呼ばれたそのひょろっとした男は、大隊長と思われるフラン兵を倒した事を報告し、連れていた配下を解散させると、自らのテントに向かって行った。
それと入れ違いに、短い銀色の髪の、顔立ちのハッキリした少女が歩いてきた。
彼女の銀髪もまた、時折雲間から現れる朝日の光を浴びるとキラキラと輝いた。
「リンダ…まだ居たのか…」
雪は一瞥しただけで、その少女を見ずに言葉を投げた。
視線は丘の下にいる敵陣の様子を探っている。
「もう傷も治った。私に夜襲をさせろ!もっと大きな戦果を出せる!」
リンダはヒーナを襲撃した後、傷を負ってモナリの町まで戻って来て、そのまま療養していた。
モナリの町を奪還しようとするフラン軍出撃の報を聞くと、奪還軍に対する作戦会議に無理矢理出て雪の作戦を知った。
そして自分も活躍しようと、傷が完治していないにも関わらず、雪に付いて戦場にまで出て来た。
しかし、師団長の雪に傷を完治しなていない者は使わないと言われ、今日までテントでふて腐れていたのであった。
「今回は敵の頭が二つあるという所が鍵なのだ。一つにしてしまっては、いささかやり難い…」
淡々と述べる雪には感情がないかのようであった。
「両方倒す!必ず…」
と、意気揚々と反論するリンダの言葉を、雪は言葉で遮る。
「この前のような失敗だってある」
リンダはぐうと唸って、返す言葉を失った。
青い瞳に悔しさが滲み出る。
そんな様子をちらっと見た雪は、
「最初に、出番はないと言っただろ」
と続け、また戦場に眼を向けた。
「なら、今日は前線の指揮を任せてくれ!完治した腕試しをしたいんだ」
そんなリンダの言葉に、リンダの方を見ずに、雪は両腕を組んでウーンと唸った。
「バルト!」
雪が目の前にいた大隊長を呼ぶ。
「今日、お前とお前の隊七百はリンダの指揮下に入れ」
バルトと呼ばれた男は短く返事をしながら、右腕を胸の前で折り曲げて礼をした。
「いいかリンダ、私の師団は命令違反に厳しい。逆らったら例えミツカイと言えども…」
雪がそこまで言うと、分かっていると言わんばかりに、
「感謝する!必ずやいい戦果を上げて返ってくる!」
と答え、バルトを伴って前線に出るべく、丘を下りて行った。
日の出からかなり時間が経っている。
たぶん雲の向こう側で朝日は昇りきっているだろう。
準備が整ったポード軍の第一陣が、リンダの指揮の元、丘を下ってフラン軍に攻め込んだ。
この日のフラン軍は脆く、リンダの一軍はフランの陣中深くに分け入る形になった。
「あまり敵中に入ると囲まれるぞ…」
コーヒーを飲みながら、戦況を丘の上で見ていた雪が呟いた。
夜襲で大隊長を失って混乱でもしているのだろうか。
この調子だと、後一息で敵を撃退できる。
三、四日後には、フラン軍を蹴散らし、モナリに凱旋していることだろう。
それなら、この肌寒さや曇り空も悪くないように思える。
雪は両手で抱えた木のカップを傾け、いい香りの黒い液体をゆっくりとすすった。
その時だった。
バタバタと足音が聞こえ、後ろから伝令が来た。
「雪様、背後からフラン軍急襲!その数は一千です!」
雪は耳を疑った。
背後に誰が来たって?フラン軍?千?
伝令の言葉を頭の中でもう一通り復唱してから、
「そんなバカな…」
と、ようやく声が出た。
コーヒーの入ったカップを投げ捨て、雪は無言で丘の背後が見える位置まで走った。
近衛兵が慌てて雪を追う。
「そんなはずはない」
そういう思いしか頭に浮かばない。
前にはフラン軍。
数は揃ってる。
一部ではない、第三、第五師団の全軍…なら背後の軍は…
「まさか…」
見下ろすと丘を登り始めている兵士が見える。
確かに、数は一千程だ。
この近くにいる一千程の兵と言えば、フラン軍第八師団なのか…。
奴等は川向こうを北上していた。
そのままだとモナリの町の東側の門にしか行き当たらないはずだ。
川をどうやって渡ったのだ。
何より、この陣には今、まだ朝食をとっている兵士たち、夜襲から帰って眠っている兵たちもいる。
雪は着いてきた数名の近習の兵士たちに向かって叫んだ。
「敵襲をふれまわれ!誰でもいから中隊長以上を呼んでこい!」




