第二十二話 <力自慢>
ヒーナ率いるフラン軍第八師団はホルンの町へ後一日という距離まで到着し、宿営を準備した。
日暮れ後、隊長たちが集まり、野営テントの中で作戦会議を開いていた。
戦闘前の緊張感がテントの中の空気を支配していた。
それなりに広いテントの中にはランタンが等間隔にいくつも設置されておりそれなりに明るくはあったが、電気を知るヒーナにとっては心許なくも感じる。
敵襲に備えてテーブルを出さずに、全員が立ったまま地面に置いたホルンの町周辺の絵図面を取り囲んだ。
隊長の何人かが、手持ちのランプで絵図面を照らす中、伝令隊長のガモが斥候からの情報をまとめて話していた。
ホルンの町はバレイユ川下流の肥沃な穀倉地帯にあり、人口も約二万程でフランの中では三番目に大きな町である。町自体は河口にできた三角州の真ん中にあり、その回りは高さ二メートルもない壁に囲まれている。
二メートルに満たない壁では、何の防衛にもならない事から、人々は壁のない町ホルンと呼んでる。
ホルンのある三角州へ渡る橋は三本設置されており、一番太い橋が西側から町に入る「ホルンの始まり橋」という橋だ。
東側には南北二本の橋がかかっていて、北側の橋は小さな中州を経由する。
橋の幅は「ホルンの始まり橋」の半分もない。北側の橋に至っては、二人が余裕を持ってすれ違うのも難しいくらいの幅しかない。
町を囲む壁の北側には大きな門があり、普段はそこから町に出入りするようになっている。
自然とポード軍はこの北門の前にある畑の中に陣取っていた。
そして何故か、簡単に乗り越えられそうな低い壁を乗り越えず、目の前の北門を攻撃していた。
攻めるポード軍は第三師団で二千の兵士を引き連れていた。
指揮官は力自慢のスベンという身長が二メートルを越える大男である。
「力自慢の」と冠名があるように、素手で兜ごと相手の頭を粉砕したとか、暴れる大牛を組伏せたとか、そういう逸話のある人物であり、彼の率いる軍はこれまた大男が多く、家ごと薙ぎ倒して進軍すると恐れられていた。
対するフラン軍はホルンの町に駐屯していた兵が、モナリの町へ援軍に駆け付けた為、守備兵三百を残すのみで、攻撃が始まってまだ三日だが、陥落寸前であるとの事だ。
ヒーナは、最初はガモの報告を頷きながら聞いていたが、次第に押し黙っていき、ついには目を閉じてしまった。
そして、情勢を黙って聞いているヒーナの表情は段々と曇っていった。
ガモの報告が終り、ヤードがその後に、
「何か不可解な事でもおありですか?」
と付け加えた。
ゆっくりと目を開いたヒーナは首をかしげた。
「そんな勇猛果敢な部隊なら勢いに乗って一日でホルンの町を落としそうですが…」
「そうですね」と言わんばかりに頷いて他の隊長たちも同意する。
「確かに、ポード軍の第三師団らしくない…」
うーんといううめき声の中で馬面のラグンがそう呟いた。
「慎重に戦っているのか、何かを待っているのか…」
ヒーナもそれを受けて、考えながらつぶやく。
「だとしたら、やっぱり北のモナリの町の攻防戦が関係あるんですかね?」
という白波のロウの問いに、ヒーナも、
「関係するならそうでしょうし、少なくとも関係なくはないでしょうね…」
と答えると、眉間に皺を作ったまま、両手を組んでテントの中をうろうろ歩き回った。
「敵の目的がホルンの町の陥落以外にもあって、しかもその為に何かを待っているのなら…」
そこまで呟くと、ヒーナは歩みを止めて集まっている一人一人の顔を見た。
「こちらは少しでも早く、ポード軍を退けましょう!」
ヒーナがそう決心してからは作戦会議は滞りなく進んだ。
翌日、昼はそのまま行軍せず、斥候だけ出して夕方に宿営を片付け始め、ヒーナたちは夜中に行軍を開始した。
日が明けない内に「ホルンの始まり橋」近くに到着。
そこで小休止をとり、夜明けに橋を渡り始めた。
幅広の門が正面に見える畑の中に、沢山のテントが築かれ、そのテント群の真ん中にある一際大きな幕舎に、早朝伝令が駆け込んだ。
中央に鎧を装着している最中の武骨な大男がいた。
給事係の少年が二人、それを手伝っている。
幕舎には同じような大男が十人くらい、それぞれ配下の者に鎧の装着を手伝ってもらいながら雑談していた。
伝令は幕舎に飛び込んですぐにうずくまり、その大男たちに向かって、東側の橋に今朝出現したフラン軍千程が、休憩を終えて今、橋を渡っている事を告げた。
「フランの新設師団か…それともフラン軍の本隊が釣れたか?…」
野太い声で大男の一人が呟いた。
最近フラン軍には新しい師団ができ、その新設の第八師団には千人程しかいないと報告を受けていた。
数といい出現した方向といい、戦慣れしていなさそうなその行動といい、新しい師団と考えるのが妥当だろう。
「これで奇襲のつもりか!?」
中央で鎧を着ているひときわ大きな男が叫んだ。
直後、大きな笑い声が幕舎に響いた。
「カハハハハ!稚拙な巫女殿の浅知恵よ!」
大男たちが口々に笑いあった。
中央で鎧を着ている大男が、まだ途中なのもそのままに、全員に号令をかけた。
「グレバー隊二百のみ、ここに残ってホルンから打って出るネズミどもから後方を守れ!それ以外の者は東の橋に集結、突撃せよ!女子供の部隊に戦争の恐ろしさを教えてやれ!」
ヒーナたちは早朝行軍を開始したものの、敵の反応は意外に早かった。
長さ数百メートルはあろう大きな橋を渡りきった所を少し離れた場所で、橋の三倍くらいの幅の列を作って、武装した兵士たちが並んでいた。
彼等の鎧や盾、はたまた剣や槍、斧などが朝陽を浴びてキラリキラリと、時折目を射るかのように輝いていた。
数的には全軍であろうか…。
いや、ホルンの町の守備隊に挟撃される恐れを懸念し、最低でも百や二百程は後衛として残しておくだろう。
ということは、あの数は動員できるほぼ全てを投入している。
「敵はほぼ全兵力ですね…」
ヒーナが呟くと、
「そうですね」
とヤードの返事があった。
今回右翼指揮をする部隊長、馬面のラグンが、
「こちらに割ける兵力全てでしょう」
と同意した。
「それはかえって好都合」
そう言ったのは左翼指揮を担当するセルドであった。
「今のところはこちらの作戦通りだが…」
副師団長ヤードは今回中央前衛でヒーナを守りつつ戦うことになっている。
「勝負は時の運、気を引き締めましょう」
ヤードの言葉に、ヒーナは緊張した面持ちで頷いた。
問題はどこで開戦するかであった。
橋上に部隊を留めておくと敵の弓兵の的になる。
このまま進軍して突撃するしかないと思っていたが、そんな心配をする必要はなかった。
ポード軍第三師団は隊列が整った時点で、大男を先頭に橋に向かって突撃してきたのだ。
こちらも進軍しているせいで、味方を誤射する危険が大きく、弓矢は使えない。
両軍が激突したのは、「ホルンの始まり橋」の東側、橋を渡りきって三角州に入ってすぐの場所であった。
右翼、左翼共に素早く展開し、橋上にまだ兵は残ってはいるものの、押し込まれた状態ではなかった。
布陣的にはまずまずだ。
激突してすぐに、怒号や絶叫、金属のぶつかり合う音、砂埃と血しぶきが舞い、血の臭いが辺りを覆った。
悲惨な光景に顔を歪めながらも、ヒーナは防戦に徹した。
「貴様がミツカイか!」
中央の一番大柄な男が叫んだ。
全身黒光りする面妖な模様の鉄鎧で覆われ、ヒーナの背丈はあろうかという大剣を振り回していた。
――― この大男が力自慢のスベンね… ―――
大男からの大剣の一撃。
剣を盾代わりに構えて、まともに受けたヒーナは後方へ吹き飛んだ。
ヒーナを守ろうと大男へ斬りかかった義勇兵が、一刀の元に切り伏せられる。
「もろい…もろい!!」
大男はそう叫びながら剣を振り襲いかかる。
ドンドンドン!ドンドンドン!ドンドンドン!
第八師団から太鼓の音。
それを合図に第八師団前線の兵士が一気に後退した。
追いかけるポード軍。
しかし、重装備のポード軍は少し足が遅い。
後退するフラン軍歩兵から、弓を構えた弓兵の列が現れる。
先頭の列が弓を斉射。
打ってすぐに後ろに下がって次の列が斉射。
それをしばらく繰り返した。
ドンドン!ドンドン!ドンドン!
太鼓の音の後に合わせて弓兵が後退し、兵士が一気に前線に斬り込んだ。
「よく練られている…」
スベンは素直に感心していた。
練度が高い上にミツカイの部隊は士気も高い。
例え組伏せているような状況であろうとも、太鼓の音で一目散に撤退する。
飛び掛かってきた兵士を大剣で切り伏せながら、
「少し甘く見すぎたか…」
と呟いた。
スベンや直属の配下になる十人ほどの大男たちは分厚い鉄鎧を着ている。
その為に、頭や首などの鎧の隙間に矢が命中しない限り、弓矢で殺される事はまずない。
腕や足に矢が刺さったとしても蚊に刺された程度、たいしたことではない。
頭や首などの急所に当たらないように、武器を顔前に構えれば、正面からの弓矢でまず死にはしない。
ただ、他の兵は違った。
連射される弓矢でバタバタと倒れている。
雑兵が減って敵兵に囲まれ、何人もの兵士に絡めとられれば、子飼いの大男たちも危うい。
ミツカイの小娘はそれを狙っているのか、打ち込んでも後ろに飛び退きながらかわす。
これではいつまで経っても致命傷など与えられない。
何度か太鼓の音、弓兵と歩兵の入れ換えがあった。
こちらの兵も、太鼓の三連打で弓矢を警戒して構えるようになった。
ポード軍第三師団持ち味の、どんな障害も蹴散らして突き進む突進力がない。
スベンはイライラして痺れを切らしていた。
ドンドンドン!ドンドンドン!
また太鼓の三連打だ。
歩兵が後退して弓兵の列が出てくる。
「今だ!この機に乗じて突撃だ!我に続け!!」
スベンの号令に、同じように焦れていた大男たちは気勢を上げた。
「師団長に続け!!」
「来た…」
ヒーナは撤退しながら右翼のラグンと左翼のセルドを交互に見た。
二人はヒーナを見て頷いている。
「退却!太鼓を連打して!退却!!」
ヒーナは叫んだ。
「太鼓を連打!退却だ!」
ヤード、ラグン、セルドも指示を出し大声で号令を飛ばす。
ドドドドドドドド…!
太鼓が連打される。
前に出ようとした弓兵も慌てて反転し、後ろに駆け出した。
「追え!ここにミツカイの墓を立てろ!」
スベンは全軍に追撃の号令を下した。
フラン軍はヒーナの指示で、退却し易いように、橋上の部隊をあらかじめまばらに配置していた。
前衛から真っ先に退いてきた兵が後衛の隊列に衝突しないように、逃げ場を作っていたのだ。
さらに、先程の弓斉射の際、負傷兵は後退させ、さらに後衛は反転させ、戦場に背を向けるように指示していた。
その下準備があった為か、退却に滞りはなかった。
しかし、橋に差し掛かった所で、橋に入りきれなかった左軍の兵士たちの一部が橋の脇に溢れていた。
「ヒーナ様、勝利を!」
セルドが叫んでそちらに方向転換した。
あっ、と思ったが、ヒーナは何も言えなかった。
悲しい顔しか出来なかった。
そんなヒーナに、セルドは左拳を突き上げて微笑みを返した。
配下の数名の兵士がセルドに続く。
――― 必ず助けに戻ります ―――
声には出来なかったが、ヒーナは心に誓って走った。
すぐに石橋の上に突入し、重い装備を抱えて全力で駆けた。
間もなく、ポード軍が橋の入口に到達し、左軍の一部は完全に橋の脇に取り残される。
橋の上では、ヤードの部下数名が敵に再三、反転突撃をかけたり、盾を一斉に投げ捨てて足元を撹乱したり、弓矢の援護射撃をしたりと助けてくれて、ヒーナはなんとか橋を渡りきる事ができた。
橋を渡り終えると、ヒーナは急停止して後ろに振り返った。
まだ肩で荒い息をしている。
足を肩幅に開いて迫り来るポード軍の兵たちを睨む。
そんなヒーナを見た後続の味方の兵たちは、あわあわと、慌ててヒーナの前から避難する。
そのまま、ヒーナは両手を前に突き出し、手のひらに殺意を集中する。
先頭のスベンは橋の中央、ヒーナの正面から迫りくる。
その両脇にはスベン同様、黒い鉄鎧に身を固めた大男たち。
スベンはミツカイの奇妙な動作にかまわず、雄叫びを上げて剣を振りかぶって走った。
あと少し、あと数歩で、こちらを睨んでいる生意気な小娘に切っ先が届くだろう。
「その小生意気で得意気な顔を引き裂いてやる!」
スベンは両腕に力を込め、剣を握る腕に血管が浮き出る。
その瞬間、ヒーナの両手の平から純白の光の線が現れ、円を描き始めた。
すぐに円ができ、光の円盤がヒーナの両手の前に完成した。
その刹那、光の円盤から真っ白な光の濁流がごうごうと溢れ出し、橋の上にぱっと広がって、ヒーナの目の前にいたスベンはもちろん、あらゆる者を飲み込んでいった。
数秒後、光が去り、それに飲まれた兵たちの姿は何処にもなかった。
「消えた…?」
追走していたポード軍の隊長も含め、多くの兵が消滅していた。
「あのミツカイは癒し手ではなかったのか?!」
橋上にわずかに残った敵兵たちは驚愕しながら、一瞬でポード軍の隊長たちが飲まれた光の濁流を振り返った。
橋上はもちろん、橋を渡ろうとして橋の手前に群がっていた兵士までもが、光の通った一直線上にいた者全てが消え去っていた。
残ったポード軍の兵たちは狼狽と驚愕の表情で、がらんとした橋の上とフラン軍のミツカイを交互に見た。
ヒーナはまだ両手を突き出したままでいた。
鳥が一声鳴き終わるくらいの間、両軍の兵たちはまったく動かなかった。
最初に動いたのは橋の上にいたポード軍の残兵たちである。
彼らの一人が悲鳴を上げて橋を逆走し始めた。
それを見た残りの兵たちも慌てて逃げて行くのが見える。
ポード軍に退却の号令がない。
当然だ、第三師団長を始め、ポード軍の隊長たちは光に飲まれて消えてしまったのだから。
これは実質的な敗走である。
それを見たヤードが、
「追撃しましょうか!」
と聞いた。
彼にしては珍しく少し高揚しているようだ。
すでに味方のフラン兵たちが走ってこれを追い掛けている。
「町への入り口を占拠して下さい!敵を深追いせず、町に入りましょう…」
ヒーナは肩で息をしながら、素早く答えた。
それを聞いた副隊長ヤードから号令が飛び、周りの班長クラスの兵士が次々とそれを叫んで伝える。
「門を確保!深追いせず町に入れ!!」
フラン軍は「ホルンの始まり橋」を再度渡った。
今度は追撃する側だ。
フラン軍第八師団は、橋の脇で全滅寸前だったセルドたちを救出し、ホルンの町の門前に宿営しているポード軍に勢いに任せて襲いかかった。
スベン戦死の報を受けたポード軍の後衛は、戻ってくる味方を回収する余裕もなく、テントもそのままに、散り散りになって慌てて撤退していった。
同日夕方、ヒーナ率いるフランの義勇兵たちが胸を張ってホルンの町に入った。
このホルン救出戦では、ヒーナ率いるフランの死傷者は八十人程度であった。
対するポード軍の死傷者は千人程にのぼり、降伏した捕虜も含めると千二百人程の兵に上る。
何よりの損害は、ポード軍第三師団長である力自慢のスベンをはじめとする勇猛果敢な大男の部隊を一瞬で失った事であろう。
ポード軍はこの後、第三師団を解体し、残兵を他の師団に振り分けている。
ヒーナは実質的にポード軍の一個師団を壊滅させたのであった。




