第十三話 <神の思惑、少女の疑惑>
翌日早朝、ヒーナの私室に最初に来たのはエリーゼであった。
扉を開けると、昨日着ていた革鎧を着たままで、朝日が差し込む床に腰を下ろして座り込んでいるヒーナがいた。
エリーゼは、床に座り込み真っ赤な瞳のヒーナの姿を見て、多少驚きながらも「フラン様がお呼びよ」とヒーナを連れ出した。
気持ちのいい朝日の差し込む謁見の間には、既にロウとローグが連行されて来ていた。
二人は縄で繋がれている訳でもなく、背後や周囲に衛兵がいる訳でもないが、縄を打たれたように中央の赤い絨毯の上でひざまずき、うなだれていた。
そして、二人の後ろには、ヒーナの配下の義勇兵部隊の隊長、班長たちも、ベッヘルの部隊の者も集められていた。
――― これでは計画が実行出来ない… ―――
ヒーナは悲痛な顔になった。
フランはそんなヒーナに全く構わずに口を開いた。
「最初に聞きます。海賊ロウ、何か言い残す事はありますか?」
ロウはハッとした顔を上げた。
何かものを言える機会があるとは思ってなかったようで、慌てている様子が見てとれる。
「この期に及んで、何も言う事はありません。ただ我が過去の悪行を悔いるのみです…」
ロウはうつむき加減でそう言うと顔を上げた。その顔はどこか晴れやかでもあった。
そしてなおも言葉を続ける。
「ただ一つ、海賊と約束をしたと思っている娘に言いたい。下らないことを考えずに己の使命を果たせ、と…」
それを聞いたフランは、ふふふと声に出して微笑みながら、
「心配いりません。フラン国のミツカイは海賊との約束を守るでしょうし、使命も立派に果たします」
と言った。
フランの言葉に、傍らに立つエリーゼの顔もゆるんだ。
女王はヒーナに微笑みかけた。
「ヒーナ、私は海賊の討伐をあなたに任せました。最初から海賊の処断は貴方に全面的に任せています。千や万の兵を付けて送り出したかったところですが、フランの現状では三百の義勇兵くらいしかつけられませんでした。あなたが討伐の途中で兵力を増強するのに何の異論がありましょう」
そう言って、フランは微笑みながら皆を見渡す。
「皆、朝早くから御苦労でした。浴場と朝食を用意しています。体を洗って、食事をして行きなさい」
未だに状況が掴めないロウとローグ、それにヒーナの三人は呆然としながら退出するみんなの後をついて行った。
そこに先導する給仕係はいても、衛兵はいない。
「ヒーナ、あなたは少し残りなさい」フランはヒーナの背中に声をかけた。
皆が謁見の間を辞し、衛兵までもが退出して、フランとヒーナ、それにエリーゼの三人だけが広い空間に残った。
赤い絨毯の上でフランの間近まで進んだヒーナは、フランの隣に立っているエリーゼを、まともに見る事が出来ずに、少しうつむき加減になって目をそらした。
「ヒーナ、あなたはもうすぐ帰ると言ってましたね」
フランは悲しそうでありながらも優しく語った。
「…はい…」
ヒーナはうつ向きながら小さくうなづいた。
「さて、困りましたね…」
フランはヒーナの顔をみつめた。
ヒーナはそれを感じてより下を向いた。
「今回、兵士になる元海賊が、あなた以外の誰かの言う事をきくかしら?」
フランがそう言うとエリーゼが口を出した。
「それにベッヘルの部隊、他の師団でもて余していたので、独立的な遊撃隊としていたのですが、これと合わせるとしても、果たしてうまくまとまるものやら…」
そうしてため息をついてから、
「誰かに束ねて貰えればあるいは…」
と、エリーゼはヒーナを覗き込むようにして言った。
うつむき加減のヒーナが上目遣いで見ると、エリーゼは意地悪な顔をしていた。
「もし適任の部隊長が見付からない場合は、海賊隊もベッヘル隊も義勇兵も、解散って事になるかも知れませんね…」
エリーゼが尚もヒーナに圧力をかける。
「あら、そうなったらまた海賊に逆戻りかも。困った事ですね」
フランがそれに同調したところで、ヒーナは顔を上げて言った。
「分かりました、私が彼らの隊長になります!」
ヒーナがきっぱりそう言い切ったのを見て、エリーゼは目一杯悲しい顔をした。
「折角の申し出だけど、少しだけここに残る、なんて人には任せられないのよ…」
エリーゼはそう言うと首を左右に振った。
「もっと大きな功績を残して貰えれば、問題はないでしょうけどね…」
フランも暗い顔で続けた。
「分かりました、まだこの世界に残ります。ここで、大きな功績を立てるまで…」
ヒーナが仕方なく困った顔でそう言うと、エリーゼはにんまり微笑んだ。
フランも手を叩いて喜びながら、
「そうですか、思いもよらなかった事ですが、それは適任です」
と言った。
「それでは…」
エリーゼが間髪おかずに続けた。
「ヒーナは遊撃隊として義勇兵三百、ベッヘル隊の三百、それに海賊も足して、およそ七百の部隊を率いる大隊長になるわね。名目上は海賊退治に成功して昇格って事で、明日発表するわ」
エリーゼはニコニコしていた。
「それでは、彼らを宜しく頼みましたよ、ヒーナ」
フランは優しく微笑みかけた。
「…はい…」
何か釈然としないものを抱えながらも、ヒーナは頷いた。
それを確認すると、エリーゼはスカートをつまんでフランにお辞儀をし、ヒーナを伴って謁見の間を辞した。
謁見の間を出て短い廊下を歩き、螺旋階段を下って、階下にある食堂へと向かう。
エリーゼ付きの給事係セレナが食堂へと案内した。
二人で並んで歩いていると、
「先に言っとくけど」
とエリーゼが突然真顔で低い声で話しかけた。
「あなたの幼稚な企みは全部、フラン様にはお見通しだったのよ。それをお目こぼし下さった上に、あなたの願いは全部お聞き入れ下さった…」
エリーゼの言に、ヒーナはうつむいた。
「一方あなたはどう?子供のようにタダをこね、一切周りが見えず、自分の部下にまで裏切者の真似事をさせようとした」
確かに不安と焦燥から、すぐバレるような拙い計画を吹聴した。
エリーゼの叱責に、ヒーナは一言も返せず、ただ宴会のバカ騒ぎが聞こえる廊下を、下を向きながら歩いた。
「今度、フラン様を裏切るような矮小な真似をしたら、私が、あなたに率先して罰を下すわよ」
そう言ってヒーナを見るエリーゼの視線は冷たかった。
すでに大食堂の扉の前まで来ていたが、エリーゼは扉を開けようとする給事を止めてヒーナに向き合った。
「わかった?」
エリーゼはヒーナを見つめた。
「…はい…」
ヒーナはエリーゼの顔を見る事もなく、力なく頷いた。
それでエリーゼは軽く溜め息をついた。
「なら、この件はもう問わないわ。食事を取って、それから湯浴みをしなさい。今日はゆっくり休むといいわ」
そう言って笑い声が漏れ聞こえる大食堂の扉を開けた。




