第十二話 <拙い牢破り>
宴会の後、夕方頃になって、ヒーナは兵士達と二人の海賊を伴って海岸を後にした。
後方で待機させていた百の兵士たちの宿営に合流するためであった。
そこで一泊後、フランの首都プリスへ向かった。
行軍中、ロウはとても饒舌であった。
自分の生い立ちから武勇伝、失敗談などを面白おかしく語っていた。
轡を並べて行くヒーナは、ロウの話を興味深く聞いていた。
時に笑い、悲しみ、そして怒り、そして意味の分からない所は聞き返して、ずっとロウの横を離れなかった。
しかし、それを実の息子のローグはおもしろくないという顔で見ていた。
ある夜、ローグが一人で夜風に当たっているのを見付けたヒーナが、ローグに話し掛けた。
ローグは、「プリスの町を見るのは楽しみだが、親父の様子が気に入らない」と言う。
ロウは普段、あぐらをかいて酒を飲み、面白くなさそうな顔をして若い者に説教をするそうだ。
「お父さんは、自分の足跡を語っているのではないですか。それは私でなく、あなたに一番聞いて欲しいのではないですか?」
「遺言か…やっぱり、あんたは親父を殺す気なのか?!」
「いえ、プリスからは無事に返します、私の命に代えても…」
ローグは下唇を噛んだ。
「なら、親父は何であんなに饒舌なんだ…」
その夜、二人はそれ以上何も語らずに、それぞれのテントへ戻った。
プリスに到着したヒーナを、民衆は熱狂的に出迎えたが、退治するはずの海賊が二人だけで、しかも捕縛の様子もなく、ミツカイと轡を並べて行軍している事に違和感を持つ者も多かった。
そんな事は意に介さず、ヒーナはそのままフランの宮殿に向かった。
白、青、緑、赤、紫、黄、黒といった色に染まった硝子がバラバラに嵌め込まれた窓。
真っ白い壁にその光が当たって色々な色に染まり、昼間は明るくも夢の中にいるように感じる。
女王フランはそんな謁見の間の奥、立派な玉座に鎮座していた。
ヒーナが入ってきてすぐ、フランは立ち上がった。
同行のヤード達がフランの前で膝まづく。
ロウとローグも周りの雰囲気に圧されてか、それを見て自然と膝まづいた。
ミツカイは膝まづかなくてもよいという定めがあるので、ヒーナは立ったまま礼をして、「只今戻りました」と恭しく言った。
女王フランは「ご苦労でした」と労う。
「よく帰ってきてくれました。それだけでも、私の気が休まります。今夜はよく眠れるでしょう」
ヒーナをじっと見つめ、そう言って微笑んだ。
「さて、その者達ですが、詳細は話さなくても分かっています。その海賊達に殺された者、略奪された者の無念や怒りや悲しみを慰める事が、それで叶うのでしょうか?」
フランは厳しい表情になった。
しかし、口調は穏やかであった。
ロウは部下や女子供の助命を願うだけで、死を覚悟してここへ来た。
もし叶えられなければ、フランに害を及ぼそうとすら考えていた。
しかし、実際に会ってみると、自然と膝まづいてしまうし、この苦言に対しても言い返す言葉が喉どころか頭にすら思い浮かんでこない。
身体も膝まづいたまま動かなかった。
それほど、フランの様子は威厳に満ちていた。
「こりゃ役者が違うな…」そう思ったがもう何も出来ない。
出来る事といえば、自分の過去の悪行を悔いる事くらいであった。
ヒーナがフランに反論する。
「だからといって、彼らを殺しては、彼らの家族がまた、恨みや憎しみを抱くのではないですか?」
ロウはその姿を見て、何故か目頭が熱くなった。
「無念や怨念を慰めるという理由で人を殺しては、その怨みはまた連鎖するでしょう。この国の中だけでその様な状態では、いつまで経っても外患に当たれません。彼らにその力を使って償いをさせてはいかがでしょうか」
ヒーナは尚も食い下がる。
フランは少し困った顔で、
「海賊の悪行は、それだけでその場で殺されても文句が言えない程のモノです。ヒーナ、あなたがその場にいたなら、彼らを生かしてはおかないでしょう」
と、穏やかな口調で言った。
ローグも何か言おうと思っていたらしいが、動くどころか、ぐうの音も出ずにいるようであった。
ベッヘルはそんな二人の海賊を、膝まづき頭を下げながら横目で見て、苦笑していた。
ベッヘルも彼の部下も、元は傭兵上がりの海賊、山賊と生きる為に悪事を繰り返していた事もあった。
数年前の軍役で、徒党を率いて傭兵に戻った。
それだけで、この二人といささかも違わない。
ヒーナはベッヘルの件を出してフランの弁に対抗する事も出来るだろう。しかしそれをしないようである。
内心自分の事を言われているようで心胆寒からぬ思いをしているベッヘルにとっては、それが有り難い事でもあったのだが、このままフラン様に押しきられてはヒーナの命が危ない。
ベッヘルは意を決した。
「フラン様、恐れながら、我々も元は彼らと同じ蛮行をしていました…ですが今は軍兵となる働いております」
フランはベッヘルの弁に毅然と反論する。
「自らを省みて行動を起こしたのです。その結果、あなた達は軍功を残しました。討たれるまで蛮行を繰り返して自省をしない、その差です。」
「ならば、彼らにも軍功の機会をお与え下さい」
「とにかく、その者達を入牢させなさい。明日、裁決を下します」
槍を構え帯剣をした衛兵がやって来て二人の海賊に退出をうながした。
ロウもローグも、固ったまま何もしゃべれず、衛兵に連れ出されるまで動けずにいた。
ヒーナは尚も食い下がる。
「フラン様、どうか…あの海賊達にも機会をお与え下さい。私は彼らが必ずしも悪だとは思えないのです…」
フランは相変わらず穏やかな口調で、
「罪のない人々の命を奪うのは悪ではないのですか?」
とたずねる。
「私は戦争の道具として召されました。それでは私も悪なのでしょうか?」
「戦争と強盗は違います」
フランは終始毅然としていた。
その時、フランはヤードに目で何か合図をした。
それを受けたヤードは、ヒーナに退出をうながした。
ヒーナは不本意な顔をしながら、謁見の間から連れ出された。
それまで、玉座の横で成り行きを見守っていたエリーゼが口を出した。
「フラン様、かかる国家の危機に、機会なく彼らを処断するだけでは、国家の弱体化をさらに深める事にもなりましょう。ここは猶予を与えご英断を賜りますよう…」
そうするとフランは「分かっています」と答えた。
「ヒーナを送り出す時に海賊の処遇は全て彼女の裁量に任せたのです。殺すも使うも、彼女が決めれば良いのです」
「それでは何故?」
エリーゼは疑問の声を上げた。
「問題はヒーナではありません。あの海賊達です。私があっさり赦してしまうと、反省の機会がありませんし、何より彼らに命を奪われた者達も浮かばれないでしょう」
地下牢は、プリスの中央に位置する宮殿の敷地内に建つ、離れになっている兵舎の地下に位置する。
ヒーナは兵舎の地下牢へ続く階段を下りていた。
ランプがなければ真っ暗であろう階段は、それを下りて行く前から臭気が漂っていたが、一段降りる毎に臭いはどんどんきつくなる。
排泄物、汗、血、カビの臭いが混ざりあって腐った臭いである。それだけで食欲はなくなり、逆に胃の中のものが込み上げてくる。
だが、ヒーナの足は止まらなかった。力強くどんどん下へ下りていく。
「ロウ!」
一番手前の牢屋にロウ親子は囚われていた。
牢屋には太い木の枠が格子状にはまっている。
その木の枠も変色したりしているし、光には黒い子虫が何匹も飛び込んでくる。
さらに、光の当たらない隅っこではカサカサと何かが蠢いている。
しかし、ヒーナはそんな事を気にせずに膝まづき、格子に顔を入れた。
普段ならそんな事は頼まれてもしないだろう。
「ロウ…本当にごめんなさい…」
ヒーナはうなだれてしくしくと泣いた。
ロウも格子に近寄ってきて膝まづいた。
「ヒーナ様…ワシはあんたに最後に出会えて、良かったと思ってる」
「…そう、泣いてる場合では無いですね」
ヒーナはそう言うと涙を拭った。
「明日、あなたたちが引き出され、謁見の間に連れ出されるでしょう。いや、そうでなくても、この地下牢から出る事になります。その時が脱出の好機です。いいですか、この地下牢から出て宮殿に向かうまでの場所が、一番外へ出れる門に近いのです。ですから、ここから地上に出た後、門の前あたりを通過する時に、衛兵を振りほどき、全力で門に走って下さい。そこで私の力で門をこじ開けます。宮殿からの兵は私の部隊が押さえますので、町の中へ逃げて身を隠しておいて下さい。それからはベッヘルが手引きします。あなたに変装した者を各門から外へ脱出させますがこれは囮です。その後タイミングを見計らってプリスを脱出しましょう…」
額にうっすらと汗をかきながら、真剣な表情で一気にまくしたてるヒーナの顔を、ロウは黙って見ていた。
しかし、ロウはどこか上の空であった。
ヒーナが話し終わると、ロウはうっすらと笑みを浮かべた。
「嬢ちゃん、あんたって人は…あのフラン様より、ワシらをとるのかい?そんな事をしたらどうなると思う?」
ロウは諭すように言った。ヒーナは暗い顔になった。
ロウは少し笑いながら首をゆっくり左右に振った。
「いいかい嬢ちゃん、日頃の行いの結果が今の状態だ、ワシに後悔があるとすれば、ワシの過去の悪行にだよ。こうなったのは自然の摂理さ」
「本当にごめんなさい…」
ヒーナは涙と鼻水を垂らしながらロウを見つめた。
木の格子にはその垂れ落ちた水分が染み込んで行く。
「嬢ちゃんがやって来なければ他の誰かに殺されてたろうし、嬢ちゃんのお陰で死ぬ間際に、海賊の分際でこの国の神様に謁見できた。そして、自分ってモノを知る事ができた。嬢ちゃんの案に乗って、本当に良かったと思ってるよ」
「約束があります、私の命を差し上げて…」
「そんな約束ごとしたかな?なぁローグ?」
ロウは白々しく首を半分後ろに向けた。
後ろで膝を抱えてうずくまっていたローグが「俺は聞いてない」と答えた。
「今日、フラン様に会う前は、ワシらがこんな生活になった文句を言おうと思ってたのさ。だが、会って見て、神様の偉大さを知った。同時に自分の矮小さを覚えたのさ。ここ数年、何かもやっと考えても出なかった結論が、やっと出たって感じだよ。むしろスッキリしてるんだぜ」
ロウはそう言って笑顔を見せた。
しかしそれも少しの間で、急に暗く悲痛な顔になって続けた。
「ただ気がかりなのは、息子ローグの事さ…あいつはろくに海賊家業もしてない。あの子だけは何とか助けてくれないか?」
あの海岸で会った時の、初老ながらも活力に満ちたロウの姿からは想像も出来ないほど、そう言って嘆願するロウは、か弱く少し老けて見えた。
「オヤジ!」
後ろで膝を抱えてうずくまっていたローグが、立ち上がって声をあらげる。
「よく考えろオヤジ!あんたは海賊やってて、俺より小さい子供も、その親の前で殺したろ?子供だからって容赦したのか?」
そう言われてロウの脳裏に過去の悪行が浮かんだ。
確かに、誰彼構わず皆殺しにした事もあった。
「その報いを俺が受けるだけだ」
ロウはローグの前にうなだれた。
「すまない…」
ローグが鋭い目付きでヒーナを見つめる。
「ヒーナ様、俺はオヤジと話がしたい。今日は下がってくれないか?」
「…でも」ヒーナがそう言いかけたとき、「時間ですぜ~!」と、ベッヘルから声がかかった。
彼は階段を下りてきていたが、体半分を残して完全に下りず、階上の様子を伺っていた。
「でも、まだ…」
そう言ってしぶるヒーナに、小さなため息をついて近付いた。
「先に言ったでしょ。次の見張りは堅物で融通が効かない、いくら払おうが人質を盾に脅そうが職務を全うするような男ですって~」
そう低い声で言いながら頭をかいた。
「だから、行けよミツカイ!」ローグもヒーナを急かせた。
「しょうがねぇな~」と言いながらベッヘルがヒーナの手を引いた。
「ミツカイ様、くれぐれも…」ロウは何とも言えない顔でヒーナに言葉をかけた。
こうして、ヒーナはベッヘルに引っ張られながら薄暗い悪臭の中から出てきた。




