第十一話 <海岸での宴>
ヒーナは砂浜を歩いていた。
足に海水がかからないように、波打ち際から少し離れていたが、ねっとりと絡み付くような潮風が身体に当たる。
質素だが心のこもった葬儀でアンナを見送った後、ヒーナは、同じミツカイであり、フラン国軍の総司令官となっているエリーゼに、この国にまだ残る事を伝えた。
エリーゼはとにかく、何か任務をこなして気を紛らわせるように配慮して、ヒーナに海賊退治を命じた。
そして、ソフィアという新しい給仕係も付けた。
そういう訳で、ヒーナは主都プリスから南に三日ほど行った海岸線まで訪れていた。
足元は砂浜で歩き難い。潮の混じったねっとりした風と、足元を奪われる砂のせいで、前に進むのもおっくうになる。
左手にある海の雄大な眺めがまだ救いであった。
進むにしたがって、次第に、砂浜の右手が崖になってきて、斜面に木々が生えている。
行軍し続け、崖の高さが身長の何倍にもなったくらいで、砂浜に幾つかの小舟が上げられているのを見つけた。
砂浜に面した崖に生えている木まで、長いロープで結ばれてる。
崖に幾つか大きな穴が開いている。
この穴の奥は広い洞窟になっていて、そこが海賊の隠れ家だそうだ。
ヒーナ達はとうとう海賊のアジトまでたどり着いた。
「海賊の数は百人程なんですか?」
ヒーナは浜に上げられている小舟を見ながら問いかける。
「そうです、が、戦えるのは百人程ということです。中には女子供がいるかも知れませんが…」
と、ヤードが答える。
ヒーナは黙ってうなずいた。
敵はこの地に棲息する長年海賊家業をしている荒くれ共だ。
すでに数十年も放置され、その数は海の猛者が百人といわれている。
対して、こちらは倍の数がいるとはいえ、半年前まで農民をしていた義勇兵である。
ブルア守備戦では作戦が功を奏して、戦うというよりは、罠に嵌めるという戦いであった。
果たして、今回も大丈夫だろうか。
普通に考えて、真正面から戦っては勝ち目が薄いだろう。
―――ポーンの群れがクィーンやナイトの群れに勝つようなものか…―――
「ミツカイ様、どうするのですか~?」
ベッヘルが鋭い視線でヒーナをとらえながら質問する。
口調は呑気な感じであるが、態度はまさに、ヒーナがどれ程の者か見定めようとしているかのように、横柄であった。
「…戦いたく、ありません…」
ヒーナがそうつぶやくと、ベッヘルはあきらかに失笑した。
「戦わないで奴らを捕らえるってのかい?」
ベッヘルは尚も嘲笑した。
「はい、敵と言えどもフランの人なんでしょう?」
「そりゃそうだけど、そのフランの善人を脅かす存在なんですぜ~?」
ベッヘルはまたからかうような口調になった。
「私はどちらも傷つけたくないのです。それに…どっちが悪で、どっちが善かなんて、とてもあやふやなモノです…」
その言葉を聞いたベッヘルは鋭い視線に戻った。
「奴らに善があるもんですかい?」
ベッヘルは慎重な口調でヒーナにたずねる。
「自分たちが悪い事をしているとしても、そうせざるを得ない理由があって、その理由を通ったら、人は悪行を正義に出来るのです。例えば戦争がそうです。戦争し合う者たちに悪はありません。こちら側が正義なら、あちら側もまた正義なのです…」
「ほぅ…言うねぇ~」
ベッヘルはニヤリと笑って素直に感心した。
「それに彼等、白波海賊団は、滅多に人を殺さず、貧しい者から奪わず、子女をさらわないと聞きました…」
「だけど、だからって奴等を傷付けたくないってのはおかしかないかい~?されども海賊、だぜ~?」
「えぇ…そうです。だけど、戦う相手が違うように思うのです…」
「じゃあどうするかね~?」
ベッヘルの表情はにこやかだったが、目は鋭くヒーナを見つめていた。
「…ここで大騒ぎしましょう!」
何かを思い付いたらしく、ヒーナは顔を上げて微笑んだ。
「ヒーナ様?何を…」
ヤードがいぶかしげにたずねる。
「私達の素性も使命も明かした上で、あそこで酒盛りしましょう」
ヒーナが指差した場所は、係留してある船の向こう、さらに海賊の住む洞窟の近くだった。
「食事の用意をして下さい」
ヒーナはそう言うと、みんなに支持しながら自分もてきぱきと働いた。
しばらく緊張の食事が続いた。いつ海賊が来るかわからない。しかし、それでも酒が入ってくると、みんなめいめいに食事と酒を楽しみ始めた。
「まったく、やっと着いたよ~」
ベッヘルは小声でぼやいた。
周りには、彼の海賊時代からの屈強な部下が揃っていた。
みんな、崖の上から岩影に身を隠しながら洞窟の様子を伺っている。
そんな男達の後ろに、身ぐるみ剥がされ、縄で縛られた男が二人転がっていた。
この縛られた男は、海賊の見張りである。
ヒーナ達の飲み食いが始まると、一人が洞窟に知らせに行った。
それを見て、ベッヘルたちはその見張りが発った場所へ密かに向かい、この二人を捕らえたのだった。
「あのお嬢ちゃん、ホントに十四なのかい~?」
ベッヘルはそうボヤきながらも、少し笑っていた。
「そうですか?普通の子供にも見えますぜ、戦いたくないとか…」
ベッヘルの部下コールという人相の悪い小太りの男が答える。
この男は先のブルアの山賊退治で、骨遊びという山賊団の頭と偽ってスパイ活動をしていた男で、古くからの信頼出来る部下である。
「こんな役を俺らに回すところなんて、かなり胆の座った名将か、余程のバカでないと出来ないさなぁ~」
「確かに、傭兵も海賊も裏切り者も揃ってますからね、うってつけだ」
そう言って笑うコールを、ベッヘルは真顔で見つめて、
「そうだろ~?」
と言って笑った。
その崖の下では、海賊たちがぞろぞろと穴から出てきて、目の前で騒ぐヒーナたちに向かって剣を抜いた。
「あんたら!ここを何処だか知ってるのかい?」
先頭の色黒の大きな初老の男が笑顔でそう言ったが、彼の目は笑っていない。
赤いバンダナ、銀色のヒゲ、筋肉が多い厚い胸板も太い腕も日焼けして真っ黒で、上半身は茶色い麻布を羽織っている。
幅広の曲刀を腰から下げ、上と同じ麻のゴワゴワしたズボン、膝から下は革を包帯のように巻き付けてブーツの代わりにしてあった。
他の海賊達は剣を抜いている者も多いが、この男は腰にぶら下げた曲刀も抜かず、両手を胸の前で組んでいる。
「何処って、この辺を荒らしている海賊達のアジトの前ですよね?」
ヒーナがきょとんとして答えた。
「分かってるんなら話が早い、宴会なら他所でやりな!」
銀のヒゲの男は目を見開いて恫喝した。
それにヒーナは困った表情で、
「そういう訳にはいかないんです…」
と答えた。
「我々はフラン様の命により、ここの海賊を退治しに来たんですが、でも…戦いたくないので宴会をしているんです…」
そう言い終わらないうちに、ヤードが葡萄酒の入ったカップを持ってきた。
ヒーナはカップを受け取るとその男に差し出した。
「どうぞ?」
男は少し驚いてカップをのぞきこんだ。
芳醇な葡萄酒の香りが鼻を突く。
カップの中には濃い紫色の葡萄酒が波打っていた。
たっぷり胡椒まで入っている。
「あぁ…そうですね…」
ヒーナはそうつぶやくとカップを引っ込めて、口元に運び、中の葡萄酒を一口ゴクリと飲み込んだ。
途端にむせ返りながら、再びカップを差し出した。
「…すいません、お酒はあまり飲めないんです…」
そう言いながまた咳き込んだ。
男は仕方なく差し出されたカップを受け取り、部下たちが見守る中、ゴクゴクと一気に流し込んだ。
「じゃあ、命令を達成出来ないな」
飲み終わると、男はそう言って大声で笑った。
「そうなんです、だから困って宴会してるんです…」
ヒーナはそう言うとヤードが持ってきた水を飲んだ。
「そうかい。嬢ちゃんは戦う気がないかも知れんがな、あんたの部下は結構ヤル気あるみたいたぜ?」
そう言うと男は周りの義勇兵を睨んだ。
「そうなんです、だから困ってお酒を飲ませてるんですよ」
ヒーナはたじろぎもせずにそう答えた。
「そうかい。で、酔ってどうしたいんだ?」
再び運ばれてきた葡萄酒を受け取りながら、男がたずねた。
「その前に、あなたがここの海賊の頭領だと思いますが、名前を教えて下さい」
と、ヒーナが答えると、その男はまたバカ笑いをして、ロウだと名乗った。
ヒーナも自分がミツカイとして最近降ろされたこと、早く元の世界へ帰りたいこと、ブルアの山賊を退治して、またここへ海賊退治に来るように言われ、義勇兵二百を率いてここへ来た事を話した。
あまりにもずけずけと内情を明かすミツカイに、ロウは驚いていた。
「で、酔って、酔わせて、その後どうするんだ?」
その質問に、ヒーナは真顔になった。
「ロウ、あなたをプリスに連れて帰ります」
ヒーナのその言葉に、様子を見ていた海賊達が剣を構えて、弾かれたようにロウの前に立ち、ヒーナに切っ先を向けた。
それと同時にヤードがヒーナの前に立ちはだかる。
遅れて義勇兵も剣を抜き放った。
「待ちな!」
ロウがドスのきいた声で叫んだ。
「戦わないで!」
ヒーナも自軍を制する。
「まだ話は終わってねぇや、なぁ、嬢ちゃん?」
片眉を上げてロウは笑った。
「はい、まだ何も言ってません」
ヒーナは答えなが、前に立っているヤードを押し退けた。
「連れ帰ってなんとする?」
「フラン様に許しを得て、皆さんを軍として雇います」
「ワシらがやって来た事を知っているのか?おそらく許しなんぞ得られないだろうが、許しを得られなかったらどうするんだ?」
ロウは顔面では笑っていたが、その瞳は静かな怒りを潜ませていた。
「ロウ、あなたはちゃんと話せる人です。だから、これから私の考えを言います。間違ってると思ったら、あなた自身がその曲刀で私を斬ってもかまいません」
ヒーナはそう言うと一歩前に出て、腰の小剣を外して砂浜に置いた。
そして、まっすぐにロウを見据えた。
それを見たロウは真顔になって、すらりと曲刀を抜くと、ヒーナの真正面まで歩み寄り「聞こう」と、短く言った。
「あなた達はこの先も海賊をずっと続けるのですか?」
きいておきながら、ヒーナは言葉を続けた。
「あなた自身はそれでいいかも知れません。でも、その子や部下の若者はどうなるのです。小さな海賊団ならいずれ捕まりましょう。逆に大きな海賊団ならば、いつまでも黙って見過ごす訳にはいきません。いずれは討伐軍に駆逐されるでしょう。あなたはそれで良くても、女子供たちの未来が、望みが、あなたと同じでいいと思っているのですか?」
「お前に何がわかる!ワシたちにゃあ、海賊以外の道はなかったんだ…」
「だから、子供たちも海賊以外ない。それでいいと思うのですか?」
「…確かに、遅かれ早かれ討伐される。いずれにしろ、マトモな死に方はしないと思っているが…」
そこまで言ってロウはため息をついた。
「子供たちの未来なぁ…」
ロウは突然変異顔を横に向けて大声を上げた。
「おい、ローグ!」
しばらくして、目付きの悪い少年が出てきた。
「こいつは俺の息子だ。年は十六、これからってやつだ…」
ヒーナはそのローグとかいう若者をいちべつして後、ずっとロウを見ていた。
「着いていくなら、俺と、この息子のローグも一緒だ」
その言葉を聞いてヒーナが少しほっとした顔になったのを、ロウは見逃さなかった。
「待ちな、まだ交換条件が整ってないな。もしダメだったなら、お前はどうするんだ?」
「その時は、私の命を差し上げます」
ヒーナは即答した。
「未来ある若者が、簡単に命を手放すもんじゃない」
「はい。でも、あなたたちには、その未来を賭けているのです」
それを聞いてロウは大笑いした。
「みんな、剣を納めろ、酒を飲め!」
そう言いながらロウは空のカップを差し出した。
酒の入ったカップを受け取り、それを一気に飲み干してから、ロウがたずねる。
「ところで、ワシが条件を飲まない時はどうするつもりだったのかね?」
ヒーナは答える代わりに、「どいて下さい」と言うと、海岸の岩場の片隅、誰もいない方向へ向かって両手を付き出した。
少女の眉が寄った瞬間、両手の前に小さな光の棒が出現した。
その光が回転して円盤が出来上がった刹那、円盤から光の濁流があふれでて、まっすぐに岩場に向かって行く。
数秒後、岩場はきれいに消えて無くなり、海にも穴が空いた。
そこへ、途端に海水が流れ込んで穴を埋めていく。
ロウは持っていた葡萄酒のカップを落とした。
しばらくして、その海岸には静寂が戻ったが、酒を飲んでいた海賊たちも静かになっていた。
「この力を使う事になっていました…」
我に返ったロウは、バツの悪そうな顔をした。
ロウの代わりにその息子ローグが問いかける。
「それだけの力がありながら、どうして?…」
「同じフランの民同士、争いたくないからです」
「でも、生きる為には戦わないと…」
ローグがそう言いかけると、ロウが口を挟んだ。
「あっちじゃないのか?」
そう言って親指で崖の上を指差した。
彼は崖の上にベッヘルたちが居るのを見抜いているのだろう。
「それはさらに次の手段です」
それを聞いて暫く呆然としていたロウは、何かに弾かれたようにゲラゲラ笑い出した。
「こりゃ、交渉じゃなく、脅迫だな」
「いえ、強迫は最後の手段でした…」
「まぁ、二百ってわりには少ないからな。多少死んだって今からでも戦ってもいいが?」
「いえ、そうではありません…」
ヒーナは言いにくそうであった。
「どういう事だ?」
「崖の上の部隊もまた囮なんです…」
その言葉に、ロウは口を開けたまま何も言えなかった。
「崖の上から弓を射るとか、それは囮と言うか陽動で、既に本命の部隊は洞窟の中に入って…、その…人質を…」
「きたねぇな…」
「すいません、ですが、もう中止の合図は出しましたし、…その…あなた達は、自分達が戦って死ぬとか、そういうのには無頓着というか、いとわないというか…ですから、弱味を握らないと交渉出来ないんじゃないかと…すいません」
ヒーナは必死に言い訳していた。
そんなヒーナを見て、ロウは最初はあんぐりと口を開けていたが、だんだんと口元に笑みを浮かべ、しまいには、
「まったく、恐ろしい嬢ちゃんだよ」そう言って大笑いした。




