第6話:共通の秘密
文化祭前日の夕方。
もうすぐ完全下校のチャイムが鳴る時間だというのに、私たちはまだ物理準備室にいた。
明日の本番に向けて、わたあめ機の最終チェックをするためだ。
ゴトゴトと重い音を立てて回る回転皿に、私がそっとピンク色のザラメを投入する。
ふわりと甘い香りが立ち上り、白い糸を引き始めた。
その熱の向こう側で、遠野くんに貰った湿布を背中に貼った朔と、遠野が並んで割り箸を構えていた。
「おいおい朔、手首の返しが甘え! もっとこう、円を描くようにだな……あ、クソッ、丸くならねえ!」
「遠野君、そんなに力を込めたら割り箸が折れてしまうよ。こうして糸を優しく掬い取るように……あ、僕のも歪になってしまった」
器用そうに見えて意外と大雑把な遠野と、丁寧すぎるあまり形がイビツになってしまう朔。
できたてのわたあめを袋に詰めていく私の目の前で、まったく噛み合わない男ふたりの作業がなんだか可笑しくて、つい口元が緩んでしまう。
「……なあ、朔」
遠野が、ふと割り箸を回す手を止めて呟いた。
「お前、やっぱり……『普通』じゃないよな」
私は、わたあめを袋に結ぶ手をピタリと止めた。
心臓が跳ね上がるのを感じる。
朔の正体が遠野くんにバレてしまったのかと、息が詰まるほどの恐怖が胸を襲う。
しかし、遠野が向けた視線は、朔の背中ではなく、夕陽が差し込む窓の外だった。
「昼間、お前がクラスの机を止めたときさ。お前の背中から、煙みたいな白い光の粉がぶわっと舞うのが見えたんだ」
遠野は自嘲気味に笑い、自分の右目の下を指先でトントンと叩いた。
「クラスの連中は誰も気づいてねえ。……でも、俺には昔から見えちまうんだよ。この世界のすぐ隣にある、変な光とか、世界の境界線みたいなやつが」
朔は驚いたように目を見開いた。
そして、静かに遠野を見つめ返した。
「遠野君、君も……『あちら側』の気配を感じられるのか」
「ああ。昔、大病して死にかけた頃からな。……あの日、神社の下り坂で二人がわたあめ食ってた時もさ、朔の頭の上に綺麗な雲の破片みたいなのが浮かんでて、直感で『普通の人間じゃねえな』って思った」
鳥肌が立った。
遠野は朔の正体を知っているわけではない。
けれど、「他の同級生には見えない世界の裏側」をかすかに感じ取る目を持っていたのだ。
「でさ……だからこそ気になるんだよ」
遠野の声が、少しだけ低く、真剣なものに変わる。
西日に照らされた室内で、舞い散るほこりと一緒に、朔の周囲の空気がかすかに揺らめいていた。
「お前、さっきからずっと透けて見えるぞ。その光の粉が舞うたびに、存在が薄くなってるっていうか……お前、大丈夫なのか? なんか、今にも消えちゃいそうに見えるんだけど」
私は、手元にあった割り箸を落としそうになり、ぎゅっと握りしめた。
遠野は正体を知らない。
ただ「見えたまま」を口にしただけだ。
しかしその言葉は、明るい夕光の中でも誤魔化せないほど朔の限界が近づいているという事実を、容赦なく突きつけてきた。
朔は否定しなかった。
ただ、自分の熱い手のひらをそっと見つめ、それから私を振り返って、いつものように穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。……でも、遠野君にそう言ってもらえて救われたな。僕がここにいたことを、僕の『異変』に気づいて心配してくれる人が、この世界にもう一人増えたんだから」
遠野という友人の存在は、朔にとっての温かな救いであり、同時に、二人の残された時間が残りわずかであることを告げる、静かな警鐘でもあった。
(第6話・おわり)




