第3話:雨と涙
家庭科室の窓の外は、いつの間にか激しい雨になっていた。
彼の背中から、光る白い羽の破片がふわりと剥がれ落ち、消えていくのが見えたと同時に叩きつけるような雨音が、私の耳の奥で「彼の命が削れる音」のように響いて、頭がどうにかなりそうだった。
「私のせいで、あなたが消えちゃうなんて、そんなの嫌だよ……!」
床にへたり込み、涙が止まらなくなった私の前に、彼は静かに膝をついた。
わたあめ機はすでに止められ、部屋には甘い焦げた匂いだけが残っている。
「落ち着いて。僕を見て、大丈夫だから」
彼は私の震える両肩を、優しく包み込んだ。
その手の熱さは、やっぱり昨日よりも熱い。
それが怖くて、私は彼を突き放そうとしたけれど、彼の力は優しく、それでいて決して私を離さなかった。
彼は私の額に、自分の額をそっと寄せた。
目を閉じると、彼の記憶が、私の脳裏に直接流れ込んでくる。
それは、見たこともないほど高くて青い、彼の故郷の空だった。
その空には、ぽつり、ぽつりと、真っ白な真綿のような「雲」が浮かんでいる。
「僕の国ではね、誰かが亡くなったり、美しい思い出を遺したりすると、それが空に昇って、あの白い雲になるんだ。あれはね、『記憶を蓄える雲』。触れると、その人の生きた証が心にじんわりと溶け込んで、消えていく」
彼の静かな声が、雨音を突き抜けて心に届く。
「あの日、きみとお祭りで食べたわたあめは、あの雲とまったく同じ味がした。口の中で一瞬で消えて、愛おしさだけが残る。……僕はね、怖かったんじゃないんだ。嬉しかったんだよ。人間の世界にも、僕の故郷と同じ、美しい記憶の溶け方があるんだって」
彼の記憶のビジョンの中で、その白い雲が、私の目から溢れて止まらない涙の雫と重なるように、静かに解れ、消えていくのが見えた。
「僕の羽が溶けていくのは、きみを愛した記憶が、僕の中に収まりきらなくなって、世界に溢れ出しているから。僕にとってこれは、消滅への恐怖じゃない。きみという奇跡に触れて、僕の命が完成に近づいている証拠なんだ」
額を合わせたまま、彼は私の涙を、熱い親指でそっと拭った。
「だから、自分を責めないで。きみの心が嵐みたいに荒れてしまうと、僕の芯にある熱も、悲しさで凍りついてしまう。きみが笑ってくれるだけで、この熱は心地いい温かさになるんだ」
彼の必死で、だけどどこまでも穏やかな声を聞いているうちに、私の胸の激しい動悸が、少しずつ静まっていった。
ハア、ハア、と荒かった呼吸が、彼の呼吸のペースと同調していく。
彼の背中を見るのが、まだ少しだけ怖い。
だけど、彼のこの熱い手を離すことの方が、もっと嫌だった。
「……ごめんね。もう、泣かない」
私が小さく呟くと、彼は安心したように額を離し、ふっと柔らかく微笑んだ。
窓の外の雨は、いつの間にか、静かな小雨へと変わっていた。
(第3話・おわり)




