第2話:芯の熱
お祭りの翌週。
私は放課後の誰もいない家庭科室で、文化祭のために借りてきた古いわたあめ機を前にしていた。
窓の外からは、部活動に励む生徒たちの掛け声や、夕暮れの乾いた風が吹き込んでいる。
ステンレス製の丸い投入口に、静かにザラメを流し込む。
スイッチを入れると、ゴトゴトと重く、どこか懐かしい振動を伴う音が室内に響き渡り、やがて熱せられた甘い香りと共に、細く白い糸を引き始めた。
割り箸を手に持ち、私は中心の回転皿へとそっと近づけていく。
「熱っ……」
わたあめを作るという行為は、幼い頃に見たお祭りの楽しげな様子よりも、ずっと繊細で、どこか危うい。
中心にある回転皿は、油断すればすぐに火傷しそうなほど熱せられ、激しい熱を絶え間なく放っている。
その熱と静かに対話するように、少しずつ、少しずつ白い糸を絡め取り、塊を大きくしていくのだ。
熱を恐れて離れすぎればまとまらず、近づきすぎればしぼんでしまう。
「器用だね、人間は」
背後から、耳に心地よい静かな声がして振り返ると、いつの間にか彼――朔が窓際に佇んでいた。
夕日に照らされた彼の輪郭は、先週のお祭りの夜よりもさらに淡く、制服のシャツ越しに見える背中が、どこか光に溶けて透き通って見えた。
「これ、中心がすごく熱いんだよ。油断したら、本当に火傷しちゃうの」
私が割り箸を動かしながらそう言うと、朔はゆっくりとわたあめ機に近づき、その激しく回転する熱源をじっと見つめた。
「僕たちの命の生まれ方に似ている」
彼はぽつりと、愛おしむように呟いた。
「僕らの世界の生き物はね、強烈なひかりの熱から生まれるんだ。熱くて、眩しくて、触れればすべてを消し去ってしまうほどの純粋な熱。そこから生まれ、その圧倒的なひかりを優しく包み込み、調和を保つようにして、僕らはこの白い羽を美しく大きく育てていく。熱をただの破壊にせず、命の輝きに変えるために羽があるんだ。」
彼は寂しそうに微笑み、自分の少し透け始めた手を、そっとわたあめの熱にかざした。
「じゃあ……」
私は割り箸を回す手を止めずに、彼を見つめた。
「あなたの羽が溶け始めているのは、その『調和』を失いかけているからなの?」
「いや、逆だよ」
朔は私の一歩手前で足を止め、その澄んだ瞳で真っ直ぐに私を見た。
「人間であるきみに出会って、きみの手の温かさを知ってしまった。あの日、きみが僕の羽を美しいと言ってくれた瞬間から、僕のなかにきみへの想いが灯ったんだ。きみに触れ、きみを愛しいと想うたび、僕の芯にある熱が、今までになく激しく、純粋に燃え上がるのを感じる。……あまりにその熱が強く、尊すぎて、外側の羽が耐えきれずに、世界へ溶けていってしまうくらいに」
その言葉が、私の胸の奥を激しく締め付けた。
私と出会い、私たちが惹かれ合うからこそ、彼はその身体を削られていく。
私が彼を愛し、彼が私を愛そうとするその優しさに呼応するように、彼の美しい白銀の羽が、役割を終えるように一枚、また一枚と静かにほどけ、光の粒子となって世界へ還っていくのだ。
「だったら、私は……あなたと離れた方がいいの?」
私の声が、情けなく震えた。
これ以上、彼を失いたくない。
彼の羽を、存在を、私のせいで消したくない。
そんな恐ろしさと戸惑いが、私の心を支配していく。
けれど、朔はゆっくりと首を振った。
そして、火傷しそうなわたあめの熱をかわすように、そっと私の手の上から、両手で包み込んでくれた。
「離れたくない。人間は、火傷しそうな熱さと調和しながら、こうして大きな、甘い塊を作っていくんだろう? 僕も、きみと一緒に進みたいんだ。この羽がすべて溶けて、ただの熱そのものになってしまうとしても。きみを愛する熱を、僕は手放したくない」
彼の重ねた手は、お祭りの夜の冷たさが嘘のように、驚くほど熱かった。
機械のゴトゴトという音の向こうで、彼の背中から、光る白い羽の破片がふわりと剥がれ落ち、わたあめのように儚く空間に溶けて消えていくのが見えた。
(第2話・おわり)




