第1話:ふたりの光
遠くで響く和太鼓の地鳴りのような地響きと、夜空に抜ける笛の甲高い音。
屋台の威勢のいい売り声や、行き交う人々の弾けた笑い声が、熱を帯びた湿気とともに押し寄せてくる。
そんなお祭りの喧騒から逃れるように、私たちは神社へと続く薄暗い坂道を歩いていた。
坂を上るにつれて、背後の賑やかさは少しずつ遠ざかり、代わりに夜の静寂が足元から満ちてくる。
彼の右手には、夜風に揺れる真っ白なわたあめがあった。
「それ、なんだかちぎった雲の欠片みたいね」
何気なく呟いた私の言葉に、彼は少し困ったように、けれど愛おしそうに目を細めた。
「……そうかもしれないな」
返す声は、すっかり静まり返った坂道に優しく溶けていく。
人間の服をまとい、人間と同じように歩く彼。
けれど私は知っている。
彼の背中には、普段は人々の目から巧みに隠されている、大きくて美しい白銀の翼があることを。
彼はこの街の人間ではなく、いつか遠い空へ帰っていく、奇跡のような光の住人なのだ。
彼は大きな指先でそっとわたあめをちぎり、口に運んだ。
その瞬間、はっとしたように動きを止める。
「消えた。……何も残らないんだな」
「そうだよ。口に入れた瞬間に、すぐ溶けちゃうの。人間の作るものはね、そういう儚いものばかりだよ」
私の言葉に、彼は自分の手のひらを見つめた。
そこにあるわたあめが、夜の湿気を含んで静かに小さくなっていく。
「儚い、か。僕の翼も、この世界に長く留まるほど、こうして少しずつ失われて消えていくような気がするんだ」
どこか遠くを見つめるような彼の声に、私の心臓がきゅっと冷たく縮んだ。
分かっていたはずだった。
彼がここにいられる時間には限りがあることも、人間のふりをするために、彼が代償を払い続けていることも。
切なさに耐えかねて、私は彼のシャツの袖をそっと引っ張った。
「ねえ……もし、その翼が全部溶けてなくなっちゃったら、あなたは人間になれるの?」
彼は立ち止まり、じっと私を見つめ返した。
その瞳の奥には、人間には決して真似できない清らかな光が宿っている。
「分からない。でも」
彼はわたあめの袋を左手に持ち替えると、空いた右手で私の手をそっと包み込んだ。
人間よりも少しだけ体温の低い、だけどひどく優しい手のひら。
「もし僕がすべてを失って、ただの透明な存在になったとしても。きみがこの手を覚えていてくれるなら、僕はここにいたことになる」
夜風が彼の背中をなでる。
その一瞬、彼の肩の向こう側に、光の粒子で編まれたような大きな白い翼が、幻のように、だけど確かに羽ばたくのが見えた。
「忘れないよ。絶対に」
私はその少し冷たい手を、強く強く握り返した。
溶けていくわたあめと、消えゆく彼の世界。
その境界線で、私たちはただ静かに、お祭りの灯りが消えていくのを見つめていた。
(第1話・おわり)




