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わたあめ  作者: 天月 和宙 -sora-


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14/20

第14話:つながり続ける熱


 保護施設でのボランティア活動は軌道に乗り、人間の病院での仕事と両立しながら、私は目まぐるしくも充実した日々を送っていた。


 ハルはすっかり大きくなり、私が疲れて帰ると真っ先に玄関まで迎えに来てくれる、かけがえのない家族になっていた。


 そんなある日、私の携帯に遠野くんから一枚の写真が送られてきた。


 それは、以前遠野くんから「いつか決心がついたら贈りたい」と話を聞いていた、上品なデザインの指輪の写真だった。


『急だけど、来月結婚することになった。お前には一番に伝えたくてさ』


 添えられた短いメッセージを目にした瞬間、思わず「うそ、本当!?」と声が漏れて、胸の奥からじんわりと温かい祝福の気持ちが溢れ出していった。


 相手は、遠野くんが大学時代から大切にお付き合いをしていた、同じ医療系の優しい女性だった。


「遠野くん、本当におめでとう……!」


 声に出して呟くと、胸の奥がぎゅっと温かく締めつけられた。


 共に「世界の裏側の熱」を共有し、同じ傷を抱えて走ってきた大切な仲間が、一歩先へ進んでいく眩しさと、どこか誇らしい寂しさがこみ上げてくる。


 結婚式の当日、私はお祝いの席にいた。


 タキシード姿の遠野くんはいつもより少し緊張していて、だけど隣に立つ奥さんを気遣う姿は、すっかり頼もしい大人の男性だった。


「来てくれてありがとな」


 披露宴の合間、少しだけ二人で話す時間ができた。


 遠野くんは照れくさそうに頭を掻きながら、私を見つめた。


「俺さ、お前がいたからここまで来られたんだ。朔のことがあって、あの時は二人ともボロボロだったろ? お前が必死に前を向いて、命に向き合おうとしてる姿を見てたから、俺も逃げずに実家の跡を継ぐ覚悟が決まったんだよ」


 ずっと、私が遠野くんの存在に救われてきたのだと思っていた。


 いつでも不器用に、だけど確かに私のことを気にかけて、隣にいてくれた遠野くんに。


 けれど、彼もまた、私を見ていてくれたのだ。


「私の方こそ……遠野くんがずっと気にかけてくれて、傍にいてくれたから今日まで歩いて来られたんだと思う。朔が想いを委ねたのが遠野くんで、一緒に乗り越えてきたのが遠野くんで、本当に良かった。ありがとう」


 式が終わり、心地よい疲労感に包まれながら、私は夜道を一人で歩いていた。


 遠野くんの幸せそうな笑顔が頭に焼き付いている。


 と同時に、私の心には、ある一つの「気づき」が静かに広がっていた。


 遠野くんが人生の新しい門出を迎えた。


 それは、私たちがあの日からずっと握りしめていた「過去」が、ついにそれぞれの「未来」へと昇華された証でもあった。


『お前はさ、自分のことになると本当に鈍いよな』


 いつだったか、遠野くんに呆れられた言葉が耳の奥で再生される。


 私はこれまで、朔が遺した雲を守ることと、目の前の命を救うことに必死で、自分自身の幸せや、身近にある大切な「繋がり」を、どこか置き去りにしていたのかもしれない。


 アパートの前に着くと、街灯の下に見覚えのある人影が立っていた。


 それは、ボランティア活動を通じて知り合い、最近、私の保護活動を一番近くで手伝ってくれている同世代の男性だった。


 彼は、私が仕事で遅くなる日にはハルのお世話を引き受けてくれたり、施設の重い資材を文句一つ言わずに運んでくれたりする人だ。


「あ、おかえりなさい。結婚式、どうでした?」


 彼は私の姿を見つけると、少し安心したように、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 その手には、缶コーヒーが握られている。


「遠野くん、すごく格好よかった。……どうしてここに?」


「いや、今日、結婚式だから少し寂しくなったりしてないかなって思って。……ハルの様子を見るついでに、ちょっと顔が見たくなって。……あ、これ、ちょっと冷めちゃったかもしれないけど」


 彼は少し照れたように視線を泳がせながら、私に缶コーヒーを手渡した。


 ほんのりと残る缶の温もりと、彼が待っていてくれた時間の長さが、私の手のひらを包み込んでいく。


 その瞬間、私の胸のなかに、新しい熱がすとんと落ちてきた。


 これまで私は、あの日の熱だけを命綱にして生きてきた。


 けれど、今の私のすぐ傍には、私を心配し、真っ直ぐに手を伸ばしてくれている人がいたのだ。


「……ありがとう。私、ちょっと寂しかったのかもしれない」


 私が素直にそう言うと、彼は驚いたように目を見張り、それから本当に愛おしそうに目を細めて微笑んだ。


「これからは、僕が隣にいますから。何があっても、一緒に背負います」


 その言葉は、これからの日々を共に生きていくのだという、確かな温もりを持った力強い約束だった。


 部屋に戻り、静まり返った空間でハルを抱きしめる。


 部屋の隅のわたあめ機を見つめると、ゴトゴトという音は、いつもよりどこか穏やかに響いていた。


 そこから湧き出る白銀の糸が、優しく私の背中を押し、もう過去だけに縛られる必要はないのだと告げている気がした。


 朔が遺してくれた雲は、私の心の奥底で、今も大切な宝物として生き続けている。


 けれど私は、今を生きている。


 傍で支えてくれる存在の大きさに気づいた私の心は、また一つ、新しい温もりを受け入れて、未来へと動き出そうとしていた。



(第14話・おわり)

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